第十五話 捧げる星の花名
第十五話 捧げる星の花名
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「――というわけで、新興国がいくつか見られます。小さな国がひとつの公国をつくったという話も聞きますし、遠いとはいえ、こちらも警戒するに越したことはないかと」
「情勢でいえば、親カスパルニア派と反対派で大きくわかれているものと思われます。国のトップはこちらに親交の意を示しているとはいえ、他の重臣のなかには反発する輩もすくなくないでしょう」
「わしの見立てですと、前国王の……その、ソティリオさまの強行した姿に畏怖の念を抱く者もいるのかと存じますゆえ」
「報告は以上です。こちらから使者は送りますか?」
「いや、向こうの出方をうかがったほうがいいだろう」
会議がおわると、アルティニオス王はため息をこぼした。国が平定すれば、他国に目を向けなくてはならない。いつどこでも、世界の何処かでは戦がはじまり、争いに身を投じている。そうでなければ内部で幾つもの派閥が目を出し、主を食らい尽くそうと首をもたげて……
このカスパルニア王国とて例外ではない。いつ足元をすくわれるかわかったものではないのだ。
(それでも、俺は王になりつづけよう――)
愛しい者たちを、たくされた国を、力がある限り護るために。守り抜くために。
(だが、今は……)
先日起こった忌まわしい事件を、アルは生涯決して忘れはしないだろう。
アルの敵は内外ともにすくなくない。戦乱を乗り越え王位についたとはいえ、それは仮初の和平だろう。
人はいつの世も、闘いのなかに身を置く。言葉通りの争いであったり、その裏に秘められた駆け引きであったり、種類は様々あれど、その血なまぐさい争乱や騒乱から逃げおおせるのは実に厄介だ。この王という椅子に座りつづけるなら尚更、逃れることはできまい。
百も承知だ。自分が他者に命を付け狙われることくらい、身に染みてわかっている。
だが――その火種が妻や子に向くことだけは耐えられない。どんな恥辱よりこたえる。
先日は第一王女が暗殺されかけた。おそらく、これからもつづいてゆくだろう危険。それは他の子や妻にまで刃を向けるかもしれない。
だったらこちらは相手以上の力をもって対抗しよう。たとえ他者に受け入れられない打開策だとしても、それで愛しい家族を護れるなら安いものだ。
(不甲斐ない父を許せよ)
たとえ恨まれようと。たとえ泣かれようと。
己が決め、信じた道を進もう。傍らには愛しい彼女がいる。自分の想いもある。
大事にしたい。護りたい。
大切な存在の笑顔を、安寧を、己の力の許す限り守り抜こう――そのために。
(まずは一手)
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「アルさま!フェリは武術の才がありそうですわ!」
嬉しそうな声でスーは言った。
「ミルは敏いとクリスまでもが認めておりますし……」
頬を赤く染め、興奮気味に我が子の話をする彼女が愛おしく、アルも自然と頬を緩める。
「ヴィーはあなたとそっくりの頑固者。そして人を惹きつける子だわ」
「ああ、相違ない」
少なくとも、人を惹きつけるのはスーと似ているせいだとアルは思っていたが。
周囲は、すくなくとも彼らをよく知る周囲の人間は、アルとスーを「親馬鹿だな」とあたたかい表情で見守るにちがいない。特にアルティニオスの王子時代からの変貌をよく知る者たちは、現在の彼の姿にある意味、絶望的な表情をすることもしばしばだ。
子らはすくすく育つ。それを護るのが親の役目だとアルは思っているし、放たれた暗殺者らも一網打尽にしている。抜かりはない。
スーだってニコニコしながら相手の懐に入り込み情報収集することもしばしばだ。言葉を交わさずとも、アルの欲しい情報、それでいてなかなか手に入らないものをスーは入手してたりする。
昔の彼女をよく知る者たちは、現在の彼女に目を見開くことだろう。曰く、したたかになっていると。母は強し、まちがいない。
ふたりは花畑を散策していた。頭上には満点の星が静かに輝いている。
赤い花畑は暗闇を彩り、肌寒い夜にはほのかなあたたかさを誘う。
虫の音を聴き、風にふかれ、互いのぬくもりを隣に感じて、ゆっくりと、長い長い散歩をつづけた。
「気づけばはやいものだな」
アルがぽつりとつぶやけば、スーもくすりと微笑する。
「そうですね。特にこどもたちの成長はめまぐるしいものがありますわ。寂しいようで……ふふ、うれしいものですわね」
深い緑色の目を細め、スーはアルに身を寄せる。
一瞬ぴくりと反応したアルは、しかしすぐに肩の力を抜いて、そっと彼女の腰に腕を回した。
「おまえは変わらぬな」
「そうですか?」
「ああ、いつでも……やさしいな」
いろいろな意味を込め、アルは『やさしい』と口にした。言葉にできない、様々な想いをのせて。
出逢いはおそらく、最悪だっただろうに。当時の自分を嬲り殺したくなることしばしば、甘い幻想の片隅でどす黒い過去に悶えることしょっちゅうのアルである。いつ何時、スーが昔のことを口にするかと内心怯えてもいた。
もちろん、彼女の笑顔を見るたびに癒されるし、幸せを噛みしめているし、彼女自身も安らぎを覚えてくれているのだろうとは思うが、それとこれとは別物である。
いやいや、たしかに涙目のスーはそそられるものがあるが……なんて思ってしまい、アルは己の頬を殴った。
「アルさまったら」
スーは諌めるように、けれど困ったように眉をハの字にして、アルの赤くなった頬を撫でると、彼の手に己の手を重ねてつなぐ。
手をつないで歩くという行為は久しぶりな気がして、アルは初心にも頬を染めた。気づかれたくなくて、顔をちょっとだけ背けてみたりもする。
先ほどより自然、距離があく。それなのに、どうしてか、緊張する。
お互いの熱はそれぞれの触れ合う箇所から伝わって。
じんわり汗ばむ手のひらに、言いようのない恥ずかしさを覚える。
「ステラティーナ」
ぽつり、とアルは名を呼ぶ。慈しみの込められた声で、切望するがごとく呼ぶ。
「おまえは、闇夜を誘う星のようだ。穏やかでやさしい夜をくれる」
言って、今まで以上に気恥ずかしさが込み上げてきた。アルは年甲斐もなく顔を真っ赤に染めてあわて、条件反射で眉根をひそめてしまった。
「あら、アルさま。また眉間にしわがよっていますわ」
「わ、わかっている。怒っているわけではない」
「知っていますよ」
くすくす声をたてて笑い、スーはつないだ手をそのままにアルの肩へもたれかかる。
「あなたはわたしに《花》をくれました。なにものにも代えがたい、深く強い想いのこもった花々を」
スーはじっと見つめた。きらきら輝くブロンドの髪をした、たったひとりの運命の王子さまを。宝石のようにきれいな青の瞳を。
その青に、底知れない感情が宿っている。冷たい色に熱いチリリとした熱がともる。奥底で揺れ動くそのきらめきが、好きだと思ったから。
最初はあなたの心が知りたくて。あなたの傍にいたくて。それだけで。
ふたりは向き合い、どちらからともなく近づく。
やさしい口づけは、いつにもまして甘美だった。
これからも困難は付きまとうだろう。それでも互いの存在があればこそ、想いがあればこそ、乗り越え幸せを手にできるのだろう。
闇夜の深い深い夜。王妃の髪色と同じ色をした花は咲き誇る。満点の星空に、月は柔らかい光でふたりをてらした。
王から捧げられた花を、彼の愛した星は生涯、大切に慈しんだという。
とある吟遊詩人がうたうその物語は後世にまで語り継がれ、彼女はこう呼ばれたそうな――
王がいっとう愛した、《王国の花名》――と。
【完結】
というわけで、『捧げる星の花名』でした。
スーのステラには星という意味があるので、こんなところで使わせていただきました笑
このたび、【王国の花名】がホントのホントに完結いたしました。
番外編も思った以上に書いてしまいましたが、楽しかったです^^
お付き合いしてくださった皆様、ありがとうございました。
関連作品はいろいろありますが……
子世代編【ネイの魔法】
あと、のちほど【つどいし】か単独かでフィリップの息子のお話も公開する予定です。
諸々含め、詳しいあとがきなどはブログにて。
お読みくださり、ありがとうございました!
【王国の花名】 / 詠城カンナ




