第十四話 とある吟遊詩人との決闘~陛下の育児日記⑤
第十四話 とある吟遊詩人との決闘~陛下の育児日記⑤
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「約束を覚えていマスかぁ~?」
愉快な調子で、数年ぶりにアルの前に姿を現した男は、数年前から幾分容姿を変えていた。
***
奴が来た!なんて厄介なことだろう!
そしてなにより忌々しいのは、愛しの我が子たちが奴と面識があることだ!
俺の前に姿を見せるのは六、七年ぶりのはずなのに、奴は愛しの我が子たちとたいそう親しげに語らっていた……衛兵を呼んで、何度投獄してやろうと思ったことか!特に、奴に向ける我が子らのきらきらしたまなざしを見た瞬間は、頭のなかが真っ白になった。
奴の目的はなにか……それは言うまでもない。
おそらく、『我が子』を攫いにきたのだろう。だってめちゃくちゃカワイイもん。
すごいのだ。
長女はすでに弟王子の世話をすることを覚え、家臣のごとく引き連れ遊びまわっている。特に名案な遊び方は、ユリウスを馬役にして弟を馬丁に見立ててする『ごっこ』遊びだ。
一部そのときの会話を抜粋しよう。
「あねうえー。もーヤぁー」
「なに言ってるの!ばていは、カッコイイ仕事なのよ」
「あのっ、ひ、姫さま!どうかあまり激しく揺れないでください!バランス崩しますっ」
「まあ!ゆーりすってば、せくはらよ」
「はあぁ?」
「あねうえー。ははうえのトコ、いこー」
「だめ!母うえは、いまいそがしーのよ!」
「そうですよ殿下。お母君は殿下の妹君のお世話で手が離せないのです。あとで一緒に参りましょう」
「そーよ!ゆーりすの言うこと聞きなさい!代わりにあたしが、ミルのお世話してあげる」
「えー。ヤダー」
「なんでよっ!」
「ちょっ!まじで暴れないでください!落ちちゃいますよ!そしたら俺の首が飛ぶんですよ、物理的に!実行犯はアンタらのお父君なんですからねコンチクショー」
「ゆーりすのいうこと、わかんないー」
「ゆーりすのせくはら!」
「だからなんで?!」
姉としての自覚が出てきたのだろう。この調子で、きょうだいみんな、健やかに成長してもらいたいものである。
脱線してしまったが、つまりはこの子らのかわいさに、ついに奴もメロメロになったのだろう。隅に置けぬやつだ。
しかし意気投合はできまい。我が子をあの悪しき魔の手から守らねば……
――『陛下の育児日記』より。
***
「え~?別にワタシはお子さんを奪いにきたわけじゃあ……ただ、以前貸したままの『代償』をそろそろいただきにキただけでー」
「それが怪しいと言っている!こんなに愛らしいこどもを前にして攫いたくないわけがないだろう!」
「ん~、ソウ、まぁいいや……じゃあ、代償として、お子さんください。ひとりで結構ですよ、その溺愛ぶりですし」
「やらん!」
「えぇ~。くれるんじゃナイんですかー」
「やるわけないだろう!見るな!減る!」
「減りませんよぉ」
ケタケタと笑いながら肩をすくめる男――ヌイスト。
灰色だった髪はやや暗くなり、瞳の色も片方ちがう。顔つきも若干若返ったように見える。ただ、ひょろりとした背丈と、小馬鹿にしたような笑みはそのままだ。
「貴様……まだ目玉を集めているのか?」
記憶のなかの彼は変わったコレクターだったはずだ。
ごくりと生唾を呑み込み、ふたりのこどもを抱きかかえアルは後ずさる。
「目玉、デスか?ああ、もう集めていまセンよー。『代償』として、『寿命』に変えまシタから」
家族水入らずの団欒を邪魔しにきた男に恨めしいまなざしを投げつつ、アルは衛兵を呼ぶべきか思案した。
目の前の男の表情は変わらず、にっこり笑ったままだ。
こどもたちを自分の背後に隠し、アルはじりじりと後退する。ヌイストは動かない。
「では、なにをしにきた」
「デスから代償を……まーイイヤ。またあとにシマす」
面倒だし、とつぶやき、ヌイストは突然興味を失ったかのように肩をすくめ、壁によりかかる。
アルは警戒を解かぬままにらみつけたが、背後でなにやら我が子が蠢いているのを感じ、あわてて手を伸ばす。が、遅かった。
「ぎんゆうしじんのおにーさん!」
だーっとヌイストに向かって走っていったのは、長女のほうである。弟王子は怯えながらアルの背後に隠れている。
「おや、ヴィー」
馴れ馴れしい呼び方をし、男はヴィーの脇に両手を入れて抱き上げる。実に自然的な動作で、見るからに慣れていた。
「わーい!」
よろこぶ声をあげるヴィーだが、アルは我慢ならなかった。
腰に刺さる剣の柄を握りしめ、ヌイストをねめつける。
「貴様そこになおれっ!まさか娘にまで手を出そうというのでは……!」
「『娘にまで』って……他に手を出しタコトはありまセンけど?」
「スーの赤毛に手をかけただろ!」
「……根に持つタイプって言われマせン?」
アルは怒りに震えるが、ヌイストは飄々としたものだ。おそらく彼が本気で切りかかっていないことをわかっているのだろう。
なぜなら、彼のいとしごは男の手のなかにいるのだから。
「お義父さん、娘さんをください」
出し抜けに、ヌイストが真面目くさった顔でそう言った。
アルはくわっと目を見開き、口をあける――が。
「冗談ですよ」
なにか言う前にヌイストによって遮られた。
くっ、と奥歯を噛みしめ、アルは叫ぶ。
「ヴィー!はやくこちらへ来い!」
「いや!ヴィーはここがいいの!」
攻撃は大ダメージをアルに与えた。愛娘に言われるとかなりクる。
「ちちうえー!がんばってー!」
「息子よ……父はもうダメかもしれない」
ギャハハ、と腹を抱えて笑うのはヌイストだ。片手で器用にヴィーを支えながらも笑い転げている。
「貴様ァ!」
「だって!ヴィーってさすがだ……ホント最高デスよ!あははっ」
ヌイストの言葉に顔を輝かせたヴィーは、彼の首に回す腕に力を込めた。
「うれしー!」
「ちょっ!ホントにやめたげてよヴィー!お父上が死にそうなんデスけど」
「ええ~?」
しばし混沌とした空気がつづいたが、ややあってヌイストが目じりを拭う。
「あー笑った笑っタ。笑いすぎて息ができなくナルところでシたよぉ~」
ひーひー言っていた彼は、すっかりいつもどおりの笑みをたたえている。
ふいに、ヌイストはヴィーの髪に手をかけ、その瞳をのぞき込んだ。
「どーしたの?」
「ん……ヴィーの瞳はすてきな色をしているね」
「ほんとー?」
「うん、ホントですよ」
ニヤリと意地悪く笑い、ヌイストはアルにわざとらしい視線を投げかけたあとで口をひらいた。
「ヴィーの瞳なら、欲しいと思いマス」
「えー!?じゃあ、あげ――」
「あげるわけないだろう!さっさと逝け!」
ヴィーが皆まで言う前に、ヌイストの手から我が子をむしり取るように奪い返し、アルは荒い息のまま怒鳴った。
相変わらずの笑みでケラケラ声をたてて、ヌイストは窓辺に手をかける。
「今日のトコロはおとなしく身を引きマス。では、またイズレ――」
言うなり、男は窓枠から姿を消した。
一瞬アルは目を見張ったものの、こどもたちはとりわけ驚いた様子もない。おそらく、『毎回』こうなのだろう。
はぁ、と深いため息をついてアルはしゃがみこむ。
「どーしたの、ちちうえ」
「おなか痛いの?」
かわいい我が子は心配そうに顔をのぞき込んでくる。
アルは口端を上げた。
「大丈夫だよ」
言って頭をなでてやる。うれしそうに笑う声が、ほころばせる表情が、以前の己と重なった。
「母さまたちのところへ行くか?フェリも待ってる」
「うん、いく!」
「いくー!」
こどもは三人、家族は五人に増えた。
昔では決して想像できなかった未来――アルは自然と、頬を緩める。
***
この間、他国の士官に我が子を可愛がっている姿を目撃されてしまった。不覚だった。愛しの我が子を他者にさらすなど……後悔したって遅いが。
そいつがせせら笑いながら、「カスパルニアの王は親馬鹿ですな」と嫌味ともならぬ嫌味を言ってきた。馬鹿らしい。
親馬鹿でない親がどこにいるというのだ。こどもはみんな親に愛されている。
俺も、きっと愛されてた。たとえ勘違いでも、他のたくさんの『親』から愛されていた。
『親』とは血のつながりがなくともなれるのだろう。家族を築く両親が、他人同士で出来上がるように。
だから『俺』も『僕』も愛されてた。
いつかこどもは大きくなってしまうけれど、この手から飛び立つその日まで、親馬鹿になって愛そう。
そして巣立ったそのときは、隠れて親馬鹿になればいい。
ひとりではない。周りにはたくさんの友人がいるし、なによりステラティーナがいる。
子らの幸せがずっとつづくよう、俺たちは努力を惜しまないだろう。たとえ憎まれるような事をしてでも。きっと。
ああ、けれど。
娘たちの夫になる男は必ず一発殴らせてもらおう。
息子はまぁ……たくましく生きてくれればそれでいい。
――『陛下の育児日記』より。
***
「アルさま?」
「ん、ああ、すまない。書き物をしていたんだ。こどもたちは寝たか?」
「ええ、ぐっすり」
ステラティーナは、ゆっくりとほほえむ。
「ありがとう」
「なにがです?」
「いろいろ……幸せを、くれて」
「こちらこそ」
陛下は今宵、久しぶりに、彼女をひとり占めにした。
ヌイストのいう『代償』に関しては、本編第三部Ⅲの出来事を参照。
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