第十三話 ことばの真意~陛下の育児日記・改④
ギャグは本編のシリアスの反動なんだと…思います。
第十三話 ことばの真意~陛下の育児日記・改④
†▼▽▼▽▼▽†
第二子である第一王子が生まれ、国中が活気だった。次期国王が生まれたのだと、皆喜んでいたが。
どうやら、息子は身体が弱いらしい。スーが妊娠中に体調を崩したことからも心配だったが、胎児も病弱だと医師には言われた。
けれどスーは嘆いていない。生まれてきてくれたことが嬉しいのだと、そう笑っていた。
だから、我も……俺も、やらねばなるまい。息子が向かい風で苦しまぬよう。いや、逆境でも乗り越えられるだけのなにかを残してやろう。
決意新たに、今日も日記を綴る。
そうだ、息子はまだ喋れないが、娘はさらに多くの単語を話せるようになった。記念にいくつか記しておこう。
今まではすこしばかり解釈に手間取ったものもあった……が、まぁ、ほとんどは親子のつながりとでもいうのだろうか?アイコンタクトで伝わってきた。
たとえば、ある日あわててこちらに駆けてきた我が子が、
「とーしゃま!おーののしっ、みーく!とーしゃま、きれーきれー!くーす、ちゅーして、ヴィーに、ちゅーして!とーしゃま、たーい?!」
と涙ながらに訴えたのだ。
頭を捻り、すぐさま解釈する。『くーす』とはクリスのことだった気がする。
今までだいたい理解できた単語もあるし、自己解釈していた単語もあったので、あまり苦にならずにわかった。
つまり我が子は、
『お父さま!わたくしはおののくほどに感動いたしましたわ!お父さまがあまりにお綺麗で……けれど……それに嫉妬したクリスが、キスをしてきたのです!父さま以外にキスをされたのです……!お父さま、退治してくださいますか?!』
もちろん、我の返事は「よかろう」だった。
こんなこともあった。
「とーしゃま!ゆーりす、きらー!こーす、きらー!」
これはいとも容易く理解できた。つまり、
『お父さま!ユリウスは嫌いです。殺します、嫌いです!』
ということだろう。
なるほど、我が子ながらよい感性をしている。
ああ、本当にかわいい我が子……
そう、彼女にはユーモアもある。
「ヴィー、だーれだ?」
と自分の顔を指して尋ねる。
だれでも一度はしたことがあると思う。名前を呼ばせたくて、「とーしゃま」とあの愛らしい声で答えてほしくて口にする言葉だ。
ヴィーはにっこりと笑い、
「だーれ」
と口にした。
まったく!質問に質問で返すとは本当に可愛いやつめ!
あまりの可愛さに毎日娘の部屋に入りびたりになることも少なくない。
そのたびに彼女は、
「とーしゃま、るさい。かーしゃま、へん。とーしゃま、るさい、ぼぉか」
と笑うのだ。
これは……解釈が難しいが、おそらく、母親であるスーが赤子の弟に構いっきりで拗ねているのだろう。
大丈夫、俺はおまえの味方だぞ!
――『陛下の育児日記』より。
***
「陛下も随分慣れたものですねぇ」
珍しいことに、クリスが感心しきった声で言った。
アルはふふんと自慢げに鼻を鳴らす。
「それはそうだ。ふたり目だからな。オシメも子守唄もお手の物さ」
片手に娘、片手に息子を抱き、アルの顔は普段貴族の前では決してみせぬほど緩まりきっている。
クリスは分厚い書類にため息をついた。
「殿下たちとのふれあいは結構なことですが、そろそろ仕事もしてください」
「しているぞ」
「お忘れですか?一か月後に中枢議会があるのを!」
ため息を再度吐き、クリスはこめかみを押さえながら言う。
アルはしばしぐるりと巡視し、ああ、と思い出した。
たしかに毎年、この時期は議会の準備で忙しい。
「他にもありますよ。殿下たちの教育係をご自分で選びたいとおっしゃっていましたよね?書類はすでに送ったはずですが、いつお返事いただけるのですか?それからベルバーニへ派遣した使者からの定期連絡にも判子が必要でありますし、教会の弾圧を鎮静化した者らに報酬を与える授与式も滞っておりますが。あとは巷で大人気の海賊と、親の権力をカサにきた貴族のボンボンが衝突して後者が訴えてきてますし、その処理もいまだ済んでおりませんが?」
くどくど小言を並べる宰相に、アルはジト目を向けた。
「教育係を決めるのはまだはやい。それに貴族の愚か者は兄上がなんとか黙らせるだろう」
「言い訳はしないでください」
ぴしゃりとクリスは言い放つ。
アルは徐々にしどろもどろになった。
たしかに、ウィルが率いる海賊にいちゃもんをつけ、勝手に逆恨みした貴族の息子が訴えてきたが、あれは取り合う必要もないことだし、いざとなればウィルがどうにかするだろう。それくらいの力はあるはずだ。
また、教育係を早々に決めてしまえば、それだけ親離れの時期がはやいのではないかという不安がアルの心に巣食い、なかなか諾を出せずにいることは事実。
ベルバーニへ送った使者も、向こうと対立せずに交渉を勤め上げ、幼い王の後ろ盾として活躍していると大臣らも報告にきたし、教会の弾圧を鎮静化したのはほとんどセルジュだ。彼は褒賞を辞退しているし、式は開かなくともいいように思う。
そんなふうに考えるが、どれもすべては子供たちと一緒にいる時間を延ばしたいから、というのが本心で、それをクリスは実に見事にくみ取っているのだろう。だからサボりすぎた日はクギを刺しに来る。
「わかったよ」
クリスの視線に耐えきれなくなったアルは、渋々頷いた。
本当に。
この宰相は遺憾なく己の腹黒さを発揮してくれている。
***
そうそう、ヴィーの喋れる単語の意味がようやく幾つか判明したのだ。ランスロットがなぜか理解していたことは驚きだが、今回は助かった。褒美物の仕事ぶりだ。
以下に結果を記す。
・「かーしゃま」→「お母さま」
・「とーしゃま」→「お父さま」
・「しゅき」→「好き」
・「きれー」→「嫌い」
・「るさい」→「うるさい」
・「だーれ」→「黙れ」
・「みーく」→「醜い」
・「きらー」→「きれい」
・「ぼぉか」→「馬鹿」
・「しっ」→「嫉妬」
・「ちゅー」→「注意」
・「こーす」→「香水」
・「たーい」→「変態」
・「へん」→「大変」
この結果の一部には……愕然とした。なぜなら俺は我が子に言われてメモしておいた言葉たちを思い返してみて欲しい。
「とーしゃま!おーののしっ、みーく!とーしゃま、きれーきれー!くーす、ちゅーして、ヴィーに、ちゅーして!とーしゃま、たーい?!」
これは、
『お父さま!わたくしはおののくほどに感動いたしましたわ!お父さまがあまりにお綺麗で……けれど……それに嫉妬したクリスが、キスをしてきたのです!父さま以外にキスをされたのです……!お父さま、退治してくださいますか?!』
ではなく、
『お父さま!男の嫉妬は醜いんだよ!そんなお父さまは嫌い!クリスはヴィーに注意してくれたよ。お父さまが変態だ、って』
となる。
「とーしゃま!ゆーりす、きらー!こーす、きらー!」
これは、
『お父さま!ユリウスは嫌いです。殺します、嫌いです!』
ではなく、
『お父さま!ユリウスはきれいだよ!きれいな香水をもってるの!』
になる。
「ヴィー、だーれだ?」
と自分の顔を指して尋ねた答えの、
「だーれ」
とは、『質問に質問で返した』わけではなく、ただ単に、
『黙れ』
を笑顔で言ったに過ぎない。
娘の部屋に入りびたり言われた言葉、
「とーしゃま、るさい。かーしゃま、へん。とーしゃま、るさい、ぼぉか」
は、『母親であるスーが赤子の弟に構いっきりで拗ねている』のではなく、
『お父さま、煩い。お母さまは大変ね。お父さまがうるさくて、馬鹿で』
ということだ。
……なんかもう、『お父さま』じゃなくて『親父』って聞こえる。
まあ、慣れている。愛情の一方通行には、慣れているさ。
――『陛下の育児日記』改め『陛下の哀愁日記~父はつらいよ』より。




