第十二話 はじめての……~陛下の育児日記③
第十二話 はじめての……~陛下の育児日記③
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夢をみた。
年頃に成長した娘がにっこりと笑って「わたし、この人と結婚するの!」と見知らぬ男を連れてきた。
髪が伸び、うつくしく年を重ねた彼女はスーにそっくりで、とてもではないが「諾」と言ってやることができない。
男はへらへらしながら、「娘さんください~。幸せにするんで~」と言いやがる。娘はぽっと頬を染め、うっとりと男と見つめあい唇と唇をくっつけ――!
周囲の止める声を押し切り、娘をたぶらかした男を殴り倒し、腰の剣に手をかけたところで目が覚めた。
本当にいやな夢であった。
しかし、その夢は現実をいやに生々しく突きつけてくる。
こんなに可愛くいとおしい娘も、時が経てば知らぬ男のもとへ嫁ぐのだろう。あの愛らしいぷっくりした唇も、すべすべな肌も、よその男のものになるのだろう……!
忌々しいっ!
こどもをもって、こんなに苦しい想いをするなど思わなかった。
――『陛下の育児日記』より。
***
やけ酒を呷ったアルの肩をたたき、グレイクは励ましの言葉を述べた。
「そんなにいやなら、『はじめてのチュー』くらいは奪っていいんじゃねぇか?」
「なに」
「だから、自分の愛娘なんだからキスくらいはふつうだろ?どこの親もやってるもんだぜ」
「そ、そうか……」
「ただ、そんな思いつめて考えた挙句にいたすと、なんだかアブナイ人になりそうですけどね」
グレイクとアルの会話を聞いていたロイがぼそりとつぶやくが、ふたりの耳には入っていないようだ。
「ていうか、もうしちゃってるだろ?ならいいじゃねぇか。溜飲下げろよ」
「ぐっ……!」
「ま、最後は奥さんに相談しな」
アルティニオスが本気で真面目に悩んでいることは、とてもではないが他愛のないことなのだと知る人間は少ない。面倒な外交に直面しているかのような表情で語るものだから、はたから見ればとんでもない悩みを抱えているように見えるのだ。
「けれど、どうしてイキナリそんな夢をみたのですか?」
ちょっと気になってロイが尋ねると、アルはおずおずと話しはじめた。
「実は、兄上から手紙が届いたんだ……」
「手紙?」
「これだ」
そっと懐から取り出した紙は、何度も読まれているようで、しわがよっていた。
『親愛なるアルーへ。
梅雨の季節も過ぎ、だんだんと熱い風が吹くようになってきたね。こちらは海の上で太陽の光と戦う始末だよ。そちらはどうだい?
さて、今回はさっそく本題に入ろうと思う。
ベルバーニの遥か西の遠方に位置する小国の集まりが、この度ひとつの公国として建国する動きが見られている。兵力はさほど多くないようだし、近々そちらに使者が派遣されると思うから気にする必要もないだろうけれど、権力者たちが小国のどこの王族でもない新しい者たちらしいから、一応頭に置いておいてくれ。
(中略)
で、次の本題なんだけれど。
娘はどうだい?アルーのことだ、すごくかわいがっていることだろうね。
僕の息子はやんちゃ盛りで、海賊たちにまじって泳ぎまくっているよ。あのこは妻に似て声がきれいだから、いつか歌でもうたうようになるんじゃないかって期待してる。
ああ、話がそれた。
いきなりだけれど、スーは僕にとって妹のようなものであると同時に、娘にも似たものだった。だから彼女の幸せを、アルーの幸せと同じくらい望んでいた。
君たちが結ばれ、とてもうれしく思う。そして少しさびしくも感じていた。
あの小さく、僕に頼ってきたスーは、今ではいちばんに君のことを思い浮かべるだろう。どんなに世界が敵になっても、あのこは君のほうにつくだろう。
これからも末永く、幸せになってくれ。
今更こんなことを言うなんておかしいと思うだろう?けれど、今だから言えるんだ。
君のことだ、結婚したてのときに言っていれば変に気を遣ったりするだろうと思ってね。
一児の父となり、娘をもったアルーに伝えておくよ。
娘がおとなになるのなんて、あっという間さ。そして父の手から離れて他の男の手をつかむのもね。
覚悟はしておいたほうがいいよ。だからそれまでの期間を、思い出にしてたっぷりかわいがって過ごしてね。
僕はスーとあまり長い時間をともに過ごすことができなかったから。これは後悔しているうちのひとつさ。
でも、彼女が手をとった相手が君でよかった。それだけは本心で喜べる。
では、いずれまた連絡するよ。
愛を込めて、ウィルより』
「……で、これを読んで娘がいなくなるのが怖くなったと?」
「ああ」
「……そうか」
「そうだ」
「……ま、がんばってください」
「…………」
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騒動の真実。
「とうさーまー!」
「ん?ヴィー。どうした?」
「ちゅーしよ!大好きなら、ちゅーするんだって!」
「っ、だ、だれから聞いたんだ……」
「とさま?」
「――っくそっ!かわいすぎる!だれだこんなカワイイこどもを産んだのは!スーか!」
「とう、さま……?」
「うぅ、でも……もし他人に奪われるならいっそ俺がヴィーの初キスを……」
「とうさま、へん」
……結局、この時アルが黒幕の名を知ることはなかった。
ただ、この数年後、図らずも賢い親馬鹿は娘をたぶらかした者の存在を悟ることになるのだが……それはまた別のお話。
***
おまけ
「ヴィーの初キス?」
アルから話を聞いたスーは、きょとんとしたあと、苦笑した。
「ああ、たぶんそれはアルさまじゃないですわ」
「えっ」
アルは本気で愕然としていた。この世の終わりのような顔をしていた。
すみません、小話ですが…笑
男同士の相談を書きたかっただけなんです。
現実ってそんなもん。
こどもの初キスは親に奪われるものですよね、きっと…(ぇ)




