第十一話 忠義を示せ!~陛下の育児日記②
第十一話 忠義を示せ!~陛下の育児日記②
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妻の体調は日に日によくなっていった。けれど、大事をとるそうだ。その間は面会時間も少ない。
ヴィーが寂しがるのは必須。なれば我の出番ということだろう。
ここ最近の我が子は本当にかわいい。だんだん喋れる言葉も増えてきた。「かーしゃま」とか「しゅき」とか「るさい」とか「だーれ」とか……いろいろ判別つかないのは追々調べていくことにしよう。
そうそう、昨日は本当に溺愛ものだった。
我を発見するなり、「とーしゃま」とやってきて、頭を突き出すのだ。これは「撫でて」の合図である。もうホントかわいすぎる!どうしよう、俺、心臓が破裂しそうだ!
ここまでくるのに、大変苦労した。
はじめはものすっごく怖がられ、あのかわいい瞳に涙を浮かべた姿なんてスーそっくりで!何度騎士たちに羽交い絞めにあって止められたことか!
だいたいあいつらは大袈裟なのだ。ただ抱きしめようとしただけであの反応……父親の権利を悉く奪うのだ。クリスなど「陛下が鼻血を止められたら許可します」と条件づけるし、本当、ここまでは大変な労力、それこそ血と汗と涙の結晶でここまできた。
よし。
目標は高く持とうと思う。この期間で、愛しの我が子に「とーしゃま、大好き!」と言わせるのだ!
敵はユリウスだ。今のところ。
奴は愛しの我が子に媚を売りやがって、減給してもめげないのだ。まったく雑草のようにしぶとい男である。
妻の体調回復期間ののち、家族三人――いや、四人になるのか。その四人で庭園でピクニックもいいだろう。よし、そうしよう。
体調が万全になったら、懐妊の発表をしよう。それまではただの体調不良で扱う。
最近は刺客がやたらと多いのだ。ランスたちがいろいろやってくれているようだが、ユリウスのようにしぶとい刺客たちに辟易している。いっそ軍事力すべてで駆逐してやろうか。
とりあえず、こちらの手の内を見せることは得策ではないので《影》は使わないでおこう。
そういえば……刺客のなかではヴィーを狙う者も少なくないとか。そやつらは八つ裂きにすべきだな。ただ死なせるのでは足りないくらいの罪なのだから。
おっと、話がそれた。
ともかく、明日から本格的な育児開始だ。最近は父親も育児に手を貸すべきだというし、そのほうが妻も喜ぶと聞く。かわいい我が子の面倒をみるだけで妻からの好感度アップなど、一石二鳥ではないか!
……と、いうわけで。
この日記もいよいよ本格的始動なわけだ。楽しみなことである。
――『陛下の育児日記』より。
***
第一子さまの育児は、アル、ランスロット、ユリウスの三人で行われることとなった。
女手がいないのは、一心にアルのせいである。
我が子を前にするとデレデレになるアル。この締まりない顔は他の者に見せられぬとクリスにダメ出しされ、結果男の人数が増えた。
しかし、ヴィーは気にしたふうもない。きゃっきゃ楽しそうに笑っている。
アルとランスとユリウスで育児のため、セルジュはスーの警護を一身に任された。ロイとグレイクはランスロットらに、「俺たちが騎士をまとめとくから安心しろよ!ハハハハ!」と申し出てくれたようだし、クリスはアルに、「僕が書類をまとめておきますから、しばらくは育児に専念していただいて結構ですよ」とにっこり告げたという。友人想いな家臣らに涙すべきか、あとが怖いと震えるべきか一瞬迷ったアルとユリウスであった。
育児の日々はいろいろな困難があったものの、それなりに楽しく、アルに関していえば幸せすぎて怖い日々であった。
さて、そんな日々がつづいていたある日のこと。育児メンバーに脱落者が出た――ランスロットである。
まだベッドで眠気眼だったアルを揺り起こし、ランスロットは「アル!スーが妊娠しているというのは本当か!」と聞いてきた。
驚き、桃の木、山椒の木。
「知らなかったのか?」
近しい者たち、ユリウスでさえ知っている事柄を、アルの右腕であるランスロットが知らぬなどだれが考えられよう。
「知らなかったさ!だれも言っていないじゃないか、そんなこと!」
たしかに、だれも言葉にしていないが、雰囲気で察していた。むしろ、アルがスーに避けられはじめてからは結構みんな知っていた。
涙さえ浮かべそうな友人にバツが悪くなり、アルはつい、「悪かった」と口にした。なにが悪かったのか自分でもよくわからない。
「いえ……俺が……気づけなかったから……」
悲壮にくれた顔でつぶやき、しかし次の瞬間キッと目をあげ、敬礼をとった。
ぎょっとするアルに構わず、ランスロットは真剣な面持ちで口をひらく。
「アルティニオス陛下、どうぞお暇をください。これは大事な任務だと心得ております……ヴィーさまのときにはできませんでしたが、今度こそは……」
「あ、ああ。よい、許す」
あまりに思いつめた表情だったので、アルは無意識のうちに許可を出していた。
ランスロットはそのまま、こくりと頷いて部屋を辞退していった。
育児メンバーがアルとユリウスのふたりになった。
アルは今朝方のことをユリウスに話して聞かせると、なにか思い当ることがあるようで、
「覚えていないか?ヴィーさまを妊娠されたとき……『今度お産みになられるときは教えてくれ。あわせるから』と言っていたような……?」
ユリウスは聞かなかったことにしたはずだった。が、一言一句違わず言えてしまった。
ちょっとショックでその場にうずくまる。
「あわせる……?なにをだ?」
「えっ?さ、さぁ……?」
よくわからぬまま月日は過ぎていった。
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ヴィーはユリウスにたいそう懐いてしまった。
「ゆーしゃん!」
顔を見るなり、パアッと輝く笑顔でそう言うのだ。たとえアルのあとにユリウスが部屋に入ったとしても、
「ゆーりす!……あ!とーさま!」
と。
アルの激昂は収まらない。覚えたはずの『制御』も失うほどに八つ当たりを繰り返した。
「なぜだ?なぜヴィーは僕より貴様に笑顔を向けるのだ、え?」
「し、知らねぇよ!」
にっこり笑みで、他国を恐れさせる微笑を浮かべて詰め寄るアルにユリウスはたじたじである。
「本当に知らねェ……あ、もしかすれば」
「もしかすれば?」
「……この前あげた菓子を気に入ったからじゃねぇのか?」
「菓子だと?」
アルはやや落ち着きを取り戻したようだ。ユリウスはほっと息をつく。
「おお。貰い物だけどな」
今日もあるぞ、と懐から包み紙を取り出す。二歳児でも食べられる、柔らかい菓子らしい。
「この間、小腹がすいちまって食ってたらさ。勝手に取られちまって」
「だれからだ」
アルの質問はもっともだった。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「…………………………シルヴィ」
負けたのはユリウスだった。
アルは強面に負けないほど恐ろしい『微笑』をもっているのだから。
「そうか、では次に作り方を聞いてこい」
気まずさなど感じないアルは、レシピを所望した。
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それは突然の吉報であった。
「ランスロット殿がおめでたらしいです」
報告にきたのはクリスだ。若干震えている。
「なにっ?」
「で、ですから……ランスロット殿が……」
「ランスロットがこども産むのか?!」
「そんなわけないでしょう、馬鹿ですか」
ユリウスの発言に幾分自分を取り戻したクリスは、改めて「ランスロットの細君が、ご懐妊らしいのです」と告げた。
「――って……つ、妻ぁあ?」
素っ頓狂な声をあげるユリウス。アルも激しく首を傾げている。
寝耳に水だ。
「それはどこのどいつだ?」
色恋沙汰の素振りなど微塵も見せなかったランスロットだが、顔は整っている。それに彼はそっち方面に関して天然だった。どこぞのだれに騙されたとも限らない。
アルの視線が厳しくなるのも仕方のないことである。
クリスは殊勝に頷いた。
「そっちの心配は、たぶん、いりません……」
やけに勿体ぶっている。無意識に身を乗り出し耳をそばだてるアルとユリウス。
クリスは静かにその者の名を口にした――
「ローザさあぁあんー!?」
瞬間、ユリウスの雄叫びとまごうことなき声が響く。
「うそだろ?あの人と?」
「ローザとは……たしか、スーのところの侍女か」
アルは落ち着き払ったものだ。内心驚愕しているが、ひとまず頭脳は彼女の素性がはっきりしていることに安心する。フィリップの選んだ侍女であるし、周りもとやかく言うまい。
安堵したアルの耳に、ユリウスの「あわせるってこのことだったのか」というつぶやきが聞こえたが、聞かなかったことにした。
数年後――カスパルニアの第一王子の専属騎士は、王子より数か月遅れで生まれたランスロットの実子が、見事勤め上げたという。
***
あいつの忠誠心は凄まじいと思う。軽く目を見張るほどにすごい。
だけど俺は救われた過去がある。あの天然さがなせる業もまた、素晴らしい。
あいつ……ランスロットが正式に婚約を発表し、結婚式も早々に上げると決めたらしい。なによりも、「アル!是非、俺たちのこどもはアンタの子の専属騎士にしてくれ!」ときらっきらした笑顔で言われたことがいちばんの驚きだった。
はやくもこどもの将来を決めているのかと訝しんだが、むしろあいつは確信しているみたいだ。己のこどもは必ず騎士になって仕えるだろうと、断言していた。
将来のことはまだわからないが……なぜか本当のことになりそうな予感がする。
――『陛下の育児日記』より。
番外編になってからアルが壊れた…改めて思い知りました笑
というわけで、ランスのお相手はローザさんです。
はじめはシルヴィがランスに片想いしてたり、ランスの初恋の相手であるベロニカさんに登場してもらったりいろいろしましたが、ハッ!とひらめいて。いちばん彼女がしっくりきたので。
ローザはツンデレになりそうです。なんて妄想しつつ…
ランスもキャラがね、初登場のクールで冷静沈着な(私のもってた)イメージがどこに消えたんだ、という感じですが、生温かい目で見てください。笑^^




