第十話 懊悩の涙~陛下の育児日記①
アルが下品ですみません。
あと、書いてから時間をおいて読み直すと、かゆくて削除したい衝動に駆られます。
わたしに甘々なモノは無理だ!
あとがきにて次回作のお知らせあります。
第十話 懊悩の涙~陛下の育児日記①
†▼▽▼▽▼▽†
我が名はアルティニオス。カスパルニア王国の国王である。
即位してはや五年ほど経った。もう立派に王の任務を務めあげている……と、思う。
そしてかわいらしく愛らしく食べてしまいたいほど愛しい最愛の最上級のとにかく本当に大切な我が子ヴィヴィアクリナが生まれて二年。彼女は二歳になった。とてもかわゆい。
話がそれたが。
最近、悩みが絶えない。いや、妻と結婚してからは悩んでばかりだ。
たとえば、世に言うマンネリ化を恐れるあまり寝不足になり、大事な会議をすっぽかしたこともある。
たとえば、世に言う人妻キラーの男どもの卑しい視線から妻を守るべく試行錯誤するあまり、自分でつくった罠にはまってしまったり。
たとえば、世に言う夫婦喧嘩なるものをしてみたいと意気込み、勢い良すぎて泣かれたりした。なにが「ケンカするほど仲が良い」だ、クソ!
その日はユリウスの給料を半分に減らしてやった。
さて、そんな悩み多き我であるが、最近またもや悩みが発生している。
そう、妻のシカト攻撃である。
これには身に覚えがある。そう、我が子ヴィヴィアクリナを妊娠したときだ。
当時はさっぱりわけもわからず混沌に陥ったのだが、ようは彼女の照れ隠し、サプライズである。告げられたときは本当に驚いたし、同時にうれしかった。そして、もし生まれてくるのが娘なれば将来夫になる男はぶん殴ってやろうと心に決めた。
また話がそれた。
で、妻のシカト攻撃ははじまってまだ三日だ。この思い当たる節に気づいたのは昨日の夜だ。悶々と頭を抱えていると、ふと気づいたのだ。
妻に会えない日々は本当につらい。辛すぎて首を吊ってしまいたくなる。
けれどさすがはフィリップ兄さまの選んだ侍女ということか、シルヴィとローザという名の彼女たちは、我を決してスーに近づけようとはしない。
たぶん、わかっているのだろう。
会えないのはつらいが、もし会えたなら会えたでそれもヤバイのである。同じベッドでともに過ごすのに手を出せないとなれば生殺し状態である。きっとその苦しさに、やっぱり首を吊りたくなるだろう。
あっぱれなことだ。侍女たちの手腕はすばらしい。おかげで欲求不ま――おっとペンが滑った。
でも、日に日に不安は募っていく。
本当に妻はふたりめを妊娠しているのだろうか?実はマジで僕をきらいになったんじゃないかな。だったらどうしよう……。
けれど、愛しの我が子とは対面を許されている。だからこの我が子を妻の分まで愛そうと思う。また会える、その日まで。
――『アルティニオス陛下の育児日記』より。
***
アルは決して臣下には見せない、満面の笑みで口をひらいた。
「とうさま、と、呼んでごらん」
言われた二歳児、ヴィーはきょとんと頭を傾げた。神秘的な色合いの瞳が、ぱちくりと瞬きされる。
アルは鼻血を抑え込むのに必死だった。ここ一か月、特に『自制』とか『制御』という技を身に着けた気がする。
部屋にはアルとヴィーのふたりだけ。乳母も下がらせ、親子水入らずを心底堪能していた。
ヴィーの小さな手はアルの指をぎゅっと強く握っている。アルの至福の一時だった。
「ヴィー、とうさま、だよ」
アルは再度、同じことを言った。
「ん?」
「と、う、さ、ま!」
「とーま!」
「と・う・さ・ま!」
「と、とーしゃ?」
「とうさま!」
「とーしゃま!」
「そう!」
アルは思わずぎゅっと我が子を抱きしめ、頭をかきなでた。これまた珍しい色合いの髪がぐしゃぐしゃになるのも構わず撫でまわす。
ヴィーは「きゃ~」と笑い声をあげ、褒められてよろこんでいるようだ。
これほど褒められたことはない。娘の心は高鳴った。
あまりに嬉しすぎたのだろうが、如何せんタイミングの悪い男はどこにでもいるものだ。
「失礼します」
そのとき、神妙な顔で部屋に入ってきたオレンジ頭――ユリウス。
すぐに顔を引き締めたアルと、ハッと顔を上げて駆け出すヴィー。
「とうしゃまー!」
叫び、そのまま彼女はユリウスに突撃して抱きついた。とはいっても、背丈的に彼の『脚』にしがみつくかたちだが。
瞬間、空気が固まる。
ユリウスはびっくりして、しかし足にしがみつく幼子に戸惑ったような笑みを見せ、しゃがむ。ヴィーは待ってましたとばかりに彼の首に腕を回して再度抱きついた。
再度、「とうしゃまー!」という魔王降臨の呪文を唱えて。
ユリウスは気づかない。アルがものすごい邪悪なオーラを発していることに。
アル自身は抑えようのないモヤモヤに怒っていたが……ユリウスに対しては八つ当たりというものだった。
このアルのヤキモチは、決してユリウスのみにとどまるわけではなく、この後、幾多の試練を越えねばならぬのだが……それはまた別のお話。
†+†+†+†+
さて――
アルティニオスが日記を記して一か月後――ステラティーナ王妃は体調を崩した。
「夏場の妊娠でしたので……水分が足りず……」
「今は幾分持ち直しておりますわ」
報告にきた侍女らも顔色が悪い。おそらくつきっきりで看病していたのだろう。
アルは静かに「そうか」と頷き、その場は収まった。
ただ、彼の心のなかは静寂に燃えていた。
不甲斐ない己に。
その日の夜。
アルはスーの寝室へ足を運んだ。皆を下がらせ、ふたりきりになった部屋で、寝ずの看病をする。
止められはしたが、一日だけと猶予をもらい、アルは必死に看病した。
苦悶の表情で目をつむっていたスーも、朝方になると幾分安らかな顔で寝入っている。
「ばかだな」
アルは妻の血の気のない顔をやさしく撫でながらつぶやく。
「避けられても、おまえのところに通えばよかった」
――そうすれば、体調の変化にいちはやく気づけたかもしれないのに。
「嫌われてもいいから、ずっとおまえの傍にいればよかった」
――たとえ嫌われても、自分はずっと彼女を好いている気持ちは変わらないのだから。
「はやく、元気になれ」
――おまえも、こどもも。
ぽたり、とスーの頬に雫が落ちた。
彼女のではない。己の涙だと気づき、アルはあわてて目を拭う。
年甲斐もない、泣くなど……そうは思っても、出てきてしまったものは仕方がない。
声を噛み殺し、三粒の涙を流した。
どんなに王となって力をつけても、頼りない自分に腹が立つ。
悔しくて、悔しくて、悲しかった。
「ばかだな」
かすむ視界に我慢ならず、目をとじる。
だいきらいで懐かしい暗闇。瞼の外はきっと光であふれているのに。
「ステラティーナ……」
「はい」
呟いた声に返事があり、びっくりして涙が止まる。開いた視界のなか、スーが弱々しく、けれどやさしく笑っていた。
「アルさま……まるでヴィーのようですわ」
「相違ない」
泣き虫な我が子を思い出し、アルも苦笑する。
スーは腕を伸ばしてアルの頬にある涙のあとを拭い、ゆっくりと笑う。
「ばかですね」
身体を起こしたスーに、アルは抱きしめられていた。
「本当にばかですね。わたしが勝手に驚かせたくて、避けていたんです。ごめんなさい」
「スー……」
おずおずと抱きかえし、アルはため込んでいた息を吐いた。
「わたし、こんなに好きなのに」
久しぶりの抱擁で、アルは幸せを噛みしめていた。
やがてどちらともなく離れ、苦笑をもらす。
「もう平気か」
「はい、アルさまのおかげでよくなりましたわ」
「嘘をつけ」
「本当です。ほら……お腹の赤ちゃんも、元気です父上、って」
スーはくすくす笑いながら腹をなで、つづける。
「夢でね、赤ちゃんが助けてくれたんです。『喉が渇いた』って。わたし、自分で暑さにバテているの気づかなくて……赤ちゃんに言われてはじめて気づいたんです」
だから、このこが助けてくれたの――そう愛おしげに言ったスー。
アルはやや複雑そうな顔をしたあと、ゆっくりとスーの腹に手を這わせた。
「……アルさま?」
「ん?いや……よくやった、と言っている、のだ」
スーはまじまじと夫の顔を見やる。
どこか焦燥としていて、悔しげな表情……
考えもなく、スーから口をついて言葉が出た。
「……アルさま……もしかして、まだお腹にいる赤ちゃんに、ヤキモチを妬かれたのですか?」
「は?」
きょとんとするアル。そして徐々に自覚したのか、唇を噛んでそっぽを向いた。
「わたしはアルさまも大好きですよ」
ふふ、と笑い、スーはアルの頬に片手を滑らせた。
「言ったでしょう、アルさま……わたしは、あなたの全部が好きなんです。目も、髪も……キズも、愛しております」
このあと、熱烈なキスがスーにお見舞いされたのは言うまでもない。
次回作のお知らせは下記のページにて。
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