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王国の花名  作者: 詠城カンナ
《新婚編》&《育児編》
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第九話 大臣Cの独白



第九話 大臣Cの独白



†▼▽▼▽▼▽†



 僕の名前は……まぁ、大臣Cとでも言っておこう。

 なぜCかって?イニシャルじゃないよ。Aというほど日の当たる人物として取り上げられているわけじゃないので、まぁ、Cくらいかなってレベルさ。実際物語本編にも一度として登場してないしね。

 さて、僕は若輩者なんだけれど、大臣にはおじいちゃん大臣もたくさんいる。

 陛下にお子がお生まれになったのは有名な話だろう?そのときの話でもしようか。

 僕がまだ、その大臣の下で働いていたときのことさ。



 当時、城は暗黒時代を迎えていた――ってくらい、どよーんとしてた。だれもが口を滅多なことじゃ開けないくらいにね。

 なぜかはわかるだろう。ステラティーナ妃がお子を産むため離宮にてがんばっていたためさ。

 やがて暗闇にも一筋の光がともる――そう、第一子がとうとうお生まれになったのだ。

 その報せを陛下にお伝えにいくのは僕の役割だった。だから一心に走って、走って走って走って、走りまくって、転ばないように走って、足音を響かせないよう(だって陛下に「煩い」って殺されちゃうしね)走りまくって、そうしてお告げに言ったのだ。

 怖かったよ、相手は陛下。眼光なんて、さすがは陛下って感じで。でも、役目を全うするために、僕はがんばったんだ……


 結果はまぁ、ご存じのとおり。

 陛下の第一騎士になぎ倒されるようにして、僕ははじめての重大な役割を終えた。

 赤子は猿みたい――ゲフンゲフン!そう、人類皆猿!特に生まれたときはね。

 僕の上司である大臣……Eにしとこう。大臣Eは、きっと安心したのだろう。そのご威光ある第一子の姫さまを一目見て、

「よかった!傾国の美女にはなりえない顔だ!」

 と、叫んだ。

 たしかに、大臣のなかには危惧していた者もいたからね。陛下似のうつくしすぎるお子であったなら、将来いろいろ心配だもんね。

 そりゃみんな、内心こっそり胸を撫で下ろしたよ。それなのに、大臣Eは声高に叫んだものだから……

 あとが怖かったね。

 陛下の影での嫌がらせはあとを絶たず、結果的に僕が大臣になって、大臣Eが僕の部下Eになっちゃったんだから。

 なにが言いたいのかというと、陛下は姫さまを溺愛してるってこと。



 第二子のときもすごかったよ。

 なにがって?もちろん、大臣Eもとい部下Eがさ。



 第二子は待望の男児だった。

 今回も、結婚式のときのように、見せびらかして自慢したいけれど、閉じ込めて自分だけのモノにしたいという想いがせめぎ合っている陛下が、泣く泣くお披露目した王子さまだ。

 家臣らは皆それぞれ思うことはあっただろうけど、前例があるから口をとじて、それなりの賛辞を述べていた。

 のに、部下Eはパアアっと顔を輝かせて声高に、

「天使!なんだこの天使はぁああ!」

 と叫んだ。

 結果は……まぁ、わかるよね?部下EはパシリEへと降格さ。

 誉めたのに降格って厳しいと思うかもしれないけれど、部下EことパシリEは、殿下を見てぽーっと顔を赤らめて叫んだんだ。な?不躾を通り越して、ちょっと危ないだろう?

 陛下なんてこの世のものとは思えないほど軽蔑した視線を寄越してたし。ご自分を棚にあげて――ゲフンゲフン!



 第一子がお生まれになられはや五年……恒例の暗黒時代を乗り越える一陣の光が射しこんだ。

 そう、三人目のお子が生まれたのだ。

 そのころには、パリシEも大臣Eに返り咲いていた。すごい努力のたまもの、というより執念だと思う。軽く怖い。

 僕は部下に戻り、お子がお生まれになった旨を陛下にお伝えに行った。

 今度は学んだから、全身鎧をつけて行ったけどね。めちゃくちゃ重くて途中で倒れて、ユリウス騎士に脇に抱えられて運ばれつつ、報告をした。

 これまた三度目になる全力疾走で王妃さまのもとに向かい、対面を果たした陛下。


 そして数日後。


 なんていうか、懲りないんだ。大臣Eは。

 三度目になると、陛下も大臣Eにはお子のお顔を見せたくないみたいだったけれど、渋々、という感じでお披露目したらしい。

 大臣Eは性懲りもなく、目を真ん丸に見開き仰天し、

「まさしく冷酷の美女だ!!!」

 と叫んだ。

 我慢ならなかったんだろうね。陛下の鋭いチョップが大臣Eの脳天に直撃したよ。

 結局大臣EはパシリEに逆戻り、上司には僕じゃなくて、女の子がついた。すごくかわいらしい子だったんだけど、クリスさま曰く、「あれはルドルフさまの庶子ですから。きっと遺憾なくその能力をもって奴を従わせることでしょう」とおっしゃっていた。よくわからなくて首を捻ったら、ルファーネ大臣がこっそりと「腹黒狸の隠し子ということじゃよ」と教えてくれた。つまり、その女の子も腹黒ってことなんだね。

 ともかく、大臣Eはその女の子上司――名をリリさまという――によってうまく制御されたらしい。口にバッテンマークのマスクをさせられていたのを見て、とても涙ぐましくなったのは秘密だ。

 僕はルファーネさまの下について、数年後に出世した。


 こうして晴れて大臣職を手に入れた僕。大臣C。

 僕からの報告は以上だ。


 殿下と第二王女がお生まれになったときの様子は、次にだれかが語ってくれるだろう。

 そうだな……僕からいえることは……

 ランスロットさんて、いろんな意味ですごいんだね。



 そうそう、実は僕ね、のぞいちゃったことがあるんだ。まだ第一王子が生まれる前のこと。第一子の王女さまが生まれ、一年くらい経った時だ。

 わざとじゃないんだけど、たまたま残業で遅くなった夜のことさ。だれもいないだろうと小走りで庭園を通っていたら、なんと人の声がしたんだ。

 驚いて、急いで身に着けた秘儀『忍び足』を発動して様子をうかがったら――陛下と王妃さまだった!

 すぐに同僚や門番騎士の話を思い出したよ。ときたま、夜にこうやっておふたりは花をながめながら語らうことが多いらしい。

 なんてこった!

 無粋を通り越して、バレたら殺される!まちがいなく、陛下直々に殺される!

 だって陛下、すごいんだもん……普段のお姿からは想像できない、あまったるい顔で、やさしい声で、愛の言葉を王妃さまに語らっているんだもん!

 もし親しい仲だったら、今すぐ「なんでやねん!」てツッコミたくなるくらいにね!


「スー、お願いだからもう二度と俺を避けるなよ……もう離したくないんだ」


 ああ、聞かないようにしているのに聞こえてしまう自分が恨めしい……


「身籠ったこともしばらく隠したりして……きらわれたかと思ったぞ」

「心配でした?」

「もちろん」

「でも……わたし、秘密のある女のほうが……殿方は『もえる』、と聞いて……」

「………………だれに」


 結構長い沈黙のあと、陛下はそっと尋ねた。草陰からこっそりのぞいたけど、目だけは笑ってなかった。超怖ェ。

 おふたりは庭園にある噴水のそばで、白いベンチにナナメに向かい合うように腰かけていらっしゃった。陛下の大きな手は、王妃さまの両手を包んでいる。


「だれ、といわれても……そのっ……」

 王妃さまはしばらくしどろもどろしたあとで、ようやく口をひらく。

「ひ、秘密です」

「だれだ?」

 けれど陛下の尋問はつづく。

 よく王妃さまは耐えられるなぁと感心した。僕なら一秒ともたずに口を割ってしまいそうだよ。

 王妃さまは困ったように眉根を下げ、うつむき、やがてそっとうるんだ瞳を上げて……

「だめ、ですか」

 と可愛らしい声でおっしゃった。

 陛下がフリーズする。本当に固まっていた。

 心配した王妃さまが近づこうとするのを避け、陛下は頭を抱えた。

 気持ちはよくわかる。

 好きな子に涙目で上目づかいでしょ?かなりヤバイんじゃない?そうとう心臓にキたんじゃない?

 今にも抱きしめようと、陛下の手が震えているのが視界に入った。


「ぶふっ」


 笑ってしまった。

 あわてて口を覆う。が、すでに王妃さまには聞こえていたようだ。きょろきょろ辺りを見回し音の根源を捜している。なにコレ王妃さまめちゃくちゃ地獄耳じゃね?!

 絶体絶命である。ふたりの逢瀬をこっそりのぞき、しかも笑ったことがバレれば――打ち首なんて生易しいものじゃ済まされないだろう。

 ガクブル状態の僕に、しかし不幸中の幸いはあった。

 陛下には聞こえていなかったらしい。「なにかあったのか」と不思議そうに王妃さまに尋ねていらっしゃる。

 そりゃそうだよね、陛下今まで必死だったもんね。

 ふー、と大きくため息を出しそうになり――目を疑った。

 ふと視線をはずし横に滑らせた途端、鳶色の瞳と目が合ったのだ。あまりにびっくりしたので絶叫を上げそうになり……手で口をふさがれた。

 僕がふさいだんじゃなくて、第三者――この場合、第五者?

 目の前の陛下と王妃さまは再びふたりの世界に入ってしまっている。で、僕は鳶色の瞳と目が合ったまま背後から別の人物に口をふさがれている。

 どきどきバクバクしながら、そっと首を捻った。暗闇のなかでも目立つ、オレンジ頭――ユリウス騎士だった。

「喋るなよ」

 とドスの利いた声で言われ、もぎ取れるほど激しく首を縦に振った。陛下とはまたちがった意味で怖い人相の彼に、僕が逆らえるはずもない。

 そろそろと足音を立てず、僕はユリウス騎士に連れられその場をあとにした。

 背後から、鳶色の瞳の彼もつづいて。




「なにしてんだよ、おめぇは」

 城のなかに戻るなり、やはりドスのきいた声でユリウス騎士は問うてきた。マジ怖い。思わず「ひぇえっ」なんて情けない声を出してしまったし。

 一歩退いた僕は、背後の彼とぶつかった。あわてて振り返ると、底冷えした鳶色の瞳――ランスロット騎士である。

 終わった。

 僕は明日、処刑台に立つんだ。陛下の第一騎士はきっと主に告げ口するだろう。僕の人生はもう、終わったのだ。

 ああ、どうせ死ぬなら、かわいこちゃんのお嫁さんもらいたかったなーとか、手作りの料理を一口でもいいから食べてみたかったなぁ、とか、いろいろ走馬灯のように駆け巡る願望……


 ランスロット騎士はそんなのお構いなしに口を開く。

「アンタは……たしか大臣だったよな?」

「ああ、は、はい……数日前から……」

「で、なにをしてたんだ?」

 再び尋問にユリウス騎士が加わる。このメンツじゃあ、勝ち目はない。

 僕は人生を儚みつつ、答えた。正直に。

「のぞきを」

 頭上で、ふたりの騎士が顔を見合わせた。

 ランスロット騎士はひとつ頷くと、再度口を切る。

「そうか。ならユリウスと同じことをしてたんだな」

「――って、ちがうだろ?俺は護衛だろ?」

「なに言ってんだよ。アンタは今夜、任務についてないだろう」

「でっでもよ……ふたりで夜、護衛もなく部屋から出るの見かけたから……」

「そうか、自主的な護衛か」

「そっ、そうだ!ランスロットもだろう?」

 どうやらふたりの話はまとまったらしい。

 びっくりした。王宮の騎士が、それも陛下に近い騎士らがのぞきなんて信じられないもんな。ちょっと神経疑っちゃうよ。

 ほ、と息をついたのもつかの間。

 ランスロット騎士が淡々と述べた。


「俺?俺はこの大臣と同じくのぞきだぞ」

「そうだよなぁ!――って、はああ?」


 ユリウス騎士が叫ぶ。僕も思わず口をあんぐり開けた。

 構わず、ランスロット騎士はつづける。

「だってひどい話なんだ。護衛につこうとした俺を『今宵はいらぬ』と言って下がらせた挙句、ルンルン気分でスーとお庭でピクニックなんて……そんな……そんなことを……」

 いつしか騎士の眼にはきれいな涙の膜が張る。

 ユリウス騎士は半目で口をひらく。

「いや……ピクニックは……ちがうんじゃないか?」

「そんなことあるわけない!だってカゴに飲み物と軽食を入れて出かけたんだぞ?」

「ストーカーか!」

 思わず僕のツッコミが決まった。




 ……そんなわけで、あれ以来、僕はユリウス騎士の相談に時々のっている。要件はセルジュ騎士の愚痴と、ランスロット騎士の行動による悩みと、それから恋についてだ。

 表面上はニコニコ応対しているが、正直がっかりだ。強面のくせに、いっちょ前に両片思いである。惚気か。


 僕は、ランスロット騎士がすごいと思う。尊敬する。

 堂々としたストーカー宣言につづき、あんなに美形なのに独り身だなんて。やはり性格の問題なんだろうなぁと思っていた。

 尊敬、つまりはいつまでも独り身でいるんだろうなってこと、その決意にさ。ストーカーするなら独り身じゃなくてはならないからね。


 これからおよそ一年後、僕の尊敬も無残に打ち砕かれるんだけれど。それはまた次のお話で。




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