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王国の花名  作者: 詠城カンナ
《新婚編》&《育児編》
143/150

第八話 陛下悶々、後快晴。

ここでマザーグースの歌をご紹介させてください。


【The rose is red】

薔薇は赤い

菫は青い

ピンクはあまい

そして君もね


※sweetには優しい、魅力的、かわいらしいという意味もあるのですが、

ゴロとか言葉で的に「あまい」が使いたかったので、こうしました……笑


新婚編と育児編のテーマです(笑)




第八話 陛下悶々、後快晴。



†▼▽▼▽▼▽†



 その日、カスパルニア王城は朝からやけに静かだった。

 春の終わり、雨の日のこと。三日前から降りつづく雨は、まるで天の涙のようだとは吟遊詩人の言葉だ。

 カスパルニア王国は、国王陛下が王妃を娶ってから華やぎ、王宮も明るくなっていた。

 それなのに。

 ここ三日ほど、天候に左右されたかのように城中がどんよりと曇っている。

 すべての元凶は城の執務室、机の上に肘をついて眉根を寄せる男こと、アルティニオス陛下だった。

 なまじっか美形なだけに、彼の一にらみは凄まじい破壊力だ……ある意味でも、凄まじい破壊力だが。


 これは王妃と喧嘩したとき以来だ、ととある大臣は語る。その時も剣呑なオーラを隠しもせず政務にあたり、他国の使者を怯えさせたとか。

 いや、これは王妃から無視されたとき以来だと、とある騎士は語る。なにが彼女の気に障ったのかわからず、探偵やスパイを雇って調べさせたはずだとか。

 いやいや、これは王妃の浮気を勘違いしたとき以来だ、ととある侍女は語る。国中の男という男を処刑しろと言い出しそうで怖かった、と専らの噂である。


 さて、今回の原因はなんなのか。いつもは頭を捻る家臣たちも、今回ばかりは元凶が眉間にしわを寄せる原因らしきものは把握できた。しかし、なぜ不機嫌なのかわからない……

「あれは不機嫌なのではない。心配しているのだ」

 王の親友は語る。ニヒルな笑みを浮かべて、満足そうに頷きながら。

 家臣たちはその言葉に身を震わせる。


 あれが心配している顔か?!


 だれもの心が一致した瞬間であった。



 いったいいつまで、このカスパルニアの奇妙な静けさがつづくのか……

 そう思われたころ。

 執務室の外をバタバタと駆ける足音がした。

 つづいて。


「陛下! アルティニオス陛下!」

 戦の報告の告げるよな轟く声が響く。ノックもなしに扉が開かれた。

 アルは眉根を寄せる。不機嫌に拍車がかかった(第一騎士はあくまで「心配している顔とのたまうが)顔だ。

「なんだ、騒々しい」

 自然と声も地を這うように低い。

 しかし、知らせを告げる家臣は構わず、額に汗を浮かべて告げた。

「生まれました! 陛下、お生まれになられたのです!」

「なに?」

 ガタリと音を立てて立ち上がる。手は無意識に宙を彷徨っていた。

「た、たった今離宮にて知らせが……か、かわいらしい――」

「どけ! アル! 女の子だ!」

 しかし家臣が皆まで言うまえに黒髪の騎士によって後頭部をつかまれド衝かれ阻まれた。

「ランスロット、本当か!?」

「あぁ、お前の代わりに見張っていたユリウスが言っていたから本当だ。王妃は――」

 と、こちらも皆まで聞く前にアルはダッシュをかました。はじめに報告にきた家臣は床の上で伸びており、国王陛下の足にもみくちゃにされ、「ぐえ」とカエルのつぶれたような声をもらしていたが、今はだれも気の毒だと思いやる余裕もない。

 まるで、曇天から光が射したように。カスパルニア王城は一気に活気だった。



 ドタバタドタン!


 王宮では決して立たないような音を響かせ、アルティニオスは全力疾走で廊下を駆け抜け、愛しの妻と我が子が待つ部屋へ飛び込んだ。

 余談であるが、全力疾走の王を目撃した家臣らは、そのあまりの形相と普段からのギャップに、顔を真っ青にして腰を抜かす者や気を失う者が続出したという。それ以後、王宮の七不思議のひとつに数えられるようになったとかならなかったとか。


 扉を開けるなり、アルティニオスは声高に叫んだ。

「スー!よくやった」

 そしてベッドに横になっている妻と、その腕に抱かれた赤子に勢いよく近づき――一歩手前で急停止し、恐る恐る手を伸ばす。

「よ、よくやったな、ステラティーナ」

 大事なことなので二回言い、アルはスーの頭に手を回して軽くキスをし、肩を抱く。

 それから恐々と妻の腕のなかにいる赤子に目を落とし……

「だめだ。俺は触れない」

 しんみりと、そう言った。

 側にいた乳母や侍女は目を剥き、追いついたランスロットもびっくりした表情をしている。

「陛下!なにを言うのですっ!」

「そうだぞアル。なんてことを……」

 スーはゆっくりとまばたきし、口をひらいた。

 すこしだけ笑みの浮かんだ口元。

「なぜですか、こんなに愛らしいのに」

「だ、だって……」

 アルは口ごもり、そっぽを向く。

 侍女たちの視線が痛く、すぐに元に戻したが。

「アルさま?」

 スーの声に、アルは意を決したかのように顔をあげ、おずおずと言う。


「だって……壊れそうじゃないか」


 こんなに小さく、柔らかそうなのに、とつづけた王に、その部屋にいた者はスー以外皆目を丸くして呆気にとられていた。

 スーは諭すように言う。まるでこどもに言い聞かせるように。

「傷つけるかも、と恐れる必要はないのですよ。このこはあなたの娘なのですから」

「俺、の」

 アルの目が、生まれたばかりの赤子に映った。

 髪はほとんどない。すやすやと寝息を立てる赤子は、瞼がふっくらして、鼻は小さいし、唇もつんと突き出しているように見える。お世辞にもうつくしいとは言えない顔なのに、アルはほっこりとし、かわいらしいと思った。

 顔の横に置かれた手はものすごく小さく、触っただけで壊れてしまいそうだ。

 自然と、アルの手は赤子の頬に伸びる。小さいのに、ぬくもりは妻と同じくあたたかい。


 きゅ。


 赤ん坊の小さな手は、アルの指をきゅっとつかんだ。

 みるみるアルの表情は崩れ、気の抜けたような間抜けな顔になった。

「アルさま?」

 アルの肩がふるふると震える。目にはうっすらと涙の膜が張っていた。

「あ、りがと、う……」

 アルのつぶやきはスーのよい耳にしか聞こえないほど小さかったけれど。

 スーはふわりと笑い、「はい」と返事した。


 仰天したのは他の部屋にいた者たちである。

 ついに片手で顔半分を覆い、感動に震え涙を流す国王など、普段の冷たさからは想像できようか?



 こうして生まれたふたりの待望の第一子は女子。名を、ヴィヴィアクリナと付けられた。



 国王陛下の変貌ぶりはすさまじく、城の者は『見なかったこと』に努めた。


 たとえば、赤子を託された折の怯えようは壮絶だった。

 びくびくと小刻みに赤子を抱く腕は震え、一歩一歩と進む脚は生まれたての小鹿のようにぷるぷるしている。顔面蒼白、今にも泣きそうな顔だった。医者からは「ま、慣れるまでの辛抱でしょう」と、薬では治らぬという最終通告を受けた。


 こんなに怯えたアルの姿ははじめてだ。ある意味それは、まさしく微笑ましい光景なのに……相手がアルティニオス国王であることから、見かけた家臣らはのほほんと眺めていいのか表情を崩していいのかわからず実に微妙な面持ちで見守っていた。

 その様子に、スーがこっそりとそちらを見て微笑んだので、家臣らは安心してその光景に癒されたという。

 が。

 国王は変なところで気配に鋭い。

 先ほどまでの怯えようはどこへやら、ぐるりと顔を回し鬼の形相で『てめぇらなに人の新妻に笑いかけてもらってんだよ、ああん?だれの許可を得てのことだぁ?』という眼光ビームで語られ、すぐさま家臣らはぶるぶる恐怖に震えたという。

 しかししかし、さすがは王妃。

 くすりと笑い、アルの腕に自らの手をのせ、

「アルさまのそのような表情、見たことありません」

 ――妬いてしまいます、と微笑した。

 イチコロだった。

 陛下の機嫌が直った隙にそそくさと家臣らは逃亡する。王妃に多大なる感謝を心内で述べて。



 また、騎士ランスロットとユリウスの報告では、こんな話もあがっていた……

 部屋でふたり、赤子をあやしている最中のことだ。いきなりわっ、と泣き出してしまったらしい。

 アルはたいそうあわてたそうな。口から飛び出てきた言葉はひどく当たり前のことばかりだった。


「な、泣いたぞ!」

「あら、お腹が減っているのでしょうか」

「う、動いている!」

「当たり前です!」


 赤子の一挙一動に左右され、顔色も変化していく。

 そしてアルの手をきゅ、と握る小さな手に、アルはいつも微笑するのだ。


「こんな気持ちになるのだな……あたたかい」


 表情はどこまでも柔らかく、スーは眩しそうに目を細めた。



ちなみに、スーが妊娠を告げた際のアルの反応はご想像にお任せします。


と、いうわけで!

ここから子育て編になります。


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