第五話 一幕の会話
『つどいし夜の宴の譚』にある、「ルアルディとラーモンド」をお読みいただいてからこちらをご覧くだされば、話も少しわかりやすいかと……
タイトル通り、彼らについて語っているので。
目を通していただければ幸いです。
ひとまず、次への導入話みたいな。
第五話 一幕の会話
†▼▽▼▽▼▽†
アラン・ジグツィーガ・ルアルディ――十貴族のひとつ、ルアルディ家の当主である。
つい数年ほど前までは、同じく十貴族のラーモンド家の倅とともに『麗しのご子息』として舞踏会の的であった。現在は爵位を降格されたものの、愛想のよさや抜け目のなさを評価され、ラーモンド家ともども爵位の割には力があるようだ。
今宵は現国王が妃を娶り正式な王妃となってからの三度目――国王陛下はなかなか王妃を見せたがらない――の大きなパーティである。身内だけではなく、大々的に城で開催されるとあり、貴族と名のつくものはこぞって参加を表明していた。
さて、この男――ルアルディのご子息ことアランを、非常に勇敢な逸材であると騎士ユリウスは唸るように思った。
「あぁ、なんて美しい奥方さまであろうか!燃える赤毛は心臓の鼓動をいやおうにも激しくさせ、うるんだ深いエメラルドグリーンの瞳はどんな宝石よりもうつくしく、深く深く心を射止めてくる!あなたに見つめられてわたしの心は今にも張り裂けてしまいそうです!」
第一声がこうである。彼は大袈裟によろめきつつ、
「ああ、本当に目を奪われるうつくしさだ。とてもこどもを三人もお産みになったとは思えない!ええ?まだ一人目しかご出産なされていない?おや失敬!国王陛下との熱烈な愛の報道を耳にしたものですから、すでに一人や二人……いや、三人は御産みになっていたかと……どうでしょう?お詫びといってはなんですが、今度うちの屋敷へお越しくださいませんか?ぜひ、あなた様をもてなす機会をいただきたい……」
とハイテンションにしめくくった。
余談であるが、このときのルアルディの『三人もお産みに』発言は、奇しくも予言のように実現するのだが。
スーはにっこりと笑う。隣のアルの顔が手に取るようにわかったので、なるたけハッキリとした声で告げた。
「ごめんなさい。なかなかお時間は見つけられないと思うわ」
「ああ、そうですか。それは非常に残念だ」
「けれど、あなたはいつでもいらしてね。夫が今度お話したいと言っていたのよ。とても優秀な方だとうかがっていますから」
すると出し抜けに、アルがスーの肩をぐっとつかんで唸るように言う。
「もうよい。どんな人となりかはわかった。咎めはしないからさっさと失せろ」
賛同するように、第一騎士ランスロットも加わる。
「ルアルディ殿、王妃さまは火遊びはできぬのです。陛下がこんな感じですから、これ以上束縛が強くならぬようご協力ください」
その言葉に、ルアルディは片眉をあげ、器用にウインクした。
「そうですか。ふむ、それなれば仕方ありませんね」
先ほどの熱烈な言葉はどこへやら、案外あっさりと引き下がる。
噂どうり、色恋沙汰には必ずといっていいほど彼の名前があがるのも頷ける。しかし同時に、周囲の評価も大げさではないのだろう。軟派な言葉とは裏腹に、瞳には知的な光が宿っている。
スーはさりげなく彼とアイコンタクトをかわし、悪戯気に口角を引き上げた。
「でもランス、わたしだってたまには火遊びくらいよくなくって?ねぇ、ルアルディさま?」
「ええ、たしかに。寄生木くらいにはなりましょう」
恭しく頭を下げる彼に、スーは満足げに笑う。
隣のアルは首がもげそうなくらい勢いよくぐりんとこちらを向き、たとえるなら「!?」が浮かびまくった顔をしている。
スーは何食わぬ顔でつづける。
「だって最近、なかなかアルさまの妬いた姿を見ていないんだもの!」
「い、いや!それは……」
おろおろするアルに、ユリウスは助け船を出す。
「いや、あんたの旦那は、嫁に妬けばいいのか娘に妬けばいいのか迷ってるだけだよ、マジで」
真面目に、そういういうことなのだ。
途端、スーもアルももじもじしはじめる。顔は赤らみ、互いの世界に入りかけている。
こりゃもうだめだと肩をすくめたユリウス。本当にふたりはところ構わずイチャイチャするんだから。
「アラン、そろそろ帰るぞ。」
のそ、とルアルディの背後から出てきたのは、芸術品の彫刻のような端正な顔立ちの男だ。ルアルディと肩を並べるほど名声をもつ、名はキリル・ヴェニカ・ラーモンドのご子息、現当主である。彼は変人な天才として名高い。あやゆる研究に熱意をもって没頭しているらしい。彼の隣にはアランの妹ラウラもいた。とてもよく似ている。
アランとキリル、ラウラはその場を辞した。そのときになってようやく世界に戻ってきたスーといくつか言葉を交わし、三人は去っていった。
突然であるが、新たに設けられた大臣、十貴族と五騎士ではあるが、まだ選考中であったりもする。なかなか当てはまるだけの貴族が見つかりにくいのが現状だ。
大臣職はクリスを筆頭にルファーネやルドルフ大臣の隠し子の娘が台頭してきている。使える者は使う、という戦法であるが、家族歴や経歴を見れば……言葉にしなくともわかるだろう、ワケありの人材ばかりなのだが。
十貴族はリオルネの公爵家、隠れ公爵家――空白の爵位とも呼ばれている――、侯爵家としてユリウスが受け継ぐイライジャの家系とランスロットが受け継ぐアーサーの家系、教会からの伯爵家、男爵家からはルアルディとラーモンドなどが挙げられる。
新しく任命されたのがカイリ伯爵家である。中央に名も忘れ去られるような辺境の領主をしていたが、捨て置くには勿体ない優秀な人材がいることが判明し、これを機に注目された貴族である。妻は貴族ではないものの、王妃の命を救ったことがあるため、また地位を確立させるために妻にも家系名を与えている。
五騎士はアルティニオスを古くから守ってきたランスロット、グレイク、ロイ、ユリウス、セルジュが選ばれている。
様々な体制が整いつつある。いまだ完璧とはいえずとも、だれもアルティニオスの王政に文句は言えまい。
さて、話は戻るが、スーが妊娠し、出産し、それはもうあれよあれよという間に過ぎていった。
いろいろなことがあった。
ユリウス自身、とても複雑な気分だったのを今も覚えている。
一言目は「おめでとう」という祝いの言葉だったが、言ってから「あれ、ってことは、アルやスーはあんなことやこんなことしたのか、まじかー想像できねぇ!」と頭を抱えたものだ。すぐさまスーの侍女・シルヴィに「想像しなくていいわよ!」と怒られたのだが。
ランスロットなど、「今度お産みになられるときは教えてくれ。あわせるから」と言っていたが……あ、合わせるとは……聞かなかったことにしよう、というのはユリウスの人生で最大の聞かぬフリであった。
はじめ、スーはアルに妊娠を言わず、秘密にして会うのを避けていた。避けつづけ、言うタイミングを失い、すでに一児の母であるシラヴィンドの女王サイラやその妹ソフィアなどに相談し、『女子会』なるものを開いていた。たとえ護衛であっても入ることを禁じられ、ベロニカがにっこり笑って「お任せください。わたくし一人で大丈夫です」と言っていたのも懐かしい。
メンバーはシラヴィンドからサイラ、ソフィア、護衛にベロニカ、メディルサからハンナ、特別枠でドロテア、体調の芳しくないデジルは書面で参加していた。途中からローザとシルヴィも加わり恋バナ大会になっていたのだが。
時を同じくし、リオルネが『男子会』もやろうと息巻き、急遽決行になったようだ。
メンバーはアルティニオスを除き、レオンハルト、ヴォルド、ウィル、ランスロット、ユリウス、クリス、そしてリオルネである。
主催者は言う。「このままでは陛下は嫉妬に狂ってしまう!対策を練ろう!」……だれよりも大人なリオルネ少年であった。




