第十四章 玩具
わぁ、アル〜〜〜!(;´д`)
って感じです笑
ええ、ちょっとノってる時に書いたので……(ぇ
アルさん、ちょっと違う方に壊れました(爆)
第十四章 玩具
†▼▽▼▽▼▽†
(どうして)
スーは顔を歪めずにはいられなかった。
あのアル王子が――他人の前では体裁を守ってきたアル王子が――まさか、人から非難を浴びるような言葉を発するとは、夢にも思わなかった。
もし、あのアルに好意を抱いていた娘たちがスーの立場ならば、きっと王子の言葉に甘い夢を抱くのかもしれない。
――あのアル王子さまが、わたくしのことをいちばんに想っていてくださる……。
しかし、スーにはそれができない。できるわけなどないのだ。
アルのやさしさや甘い言葉の裏には、なにかとてつもない企みがあると、スーは疑わずにはいられなかった。
「アルさま」
広間から離れた、人通りのない回廊までたどりついたとき、とうとうスーは彼に呼びかけていた。自分でもびっくりするほど、警戒の強い冷淡な声が出た。
「なにが、目的なのですか」
アルはしばし足をとめ、じっと少女を見やる。その眼はいつものように、冷たいものに変わり果てていた。
ブロンドの髪をかきあげ、やがて彼はふっとため息をつく。なにか言うわけもなく、アルはそのまま強い力でスーを使っていない部屋に引っ張り込んだ。
「アルさまっ?!」
突然沸き起こる恐怖に思わず顔を引きつらせる。そんなスーにもかまわずに、アルはさっと部屋の扉を閉めた。
薄暗い部屋で、ただアル王子の明るい青の瞳だけが光る。スーは途端、はじめて彼と面会した日のことが頭を駆け巡った。
ぺたん、と腰を抜かすように、スーはその場に座り込んでしまった。がたがたと身体は震え出す。
『おまえなんか、いなければいい』
そう冷たく言い放ったアルの声が、耳の奥にじんじんと響いていく。あのときの光景が、フラッシュバックしたように目の前に広がっていた。
アルは無表情のまま、座り込んで細かく震えている少女と視線を合わせる。そうして、その深くうつくしい緑の瞳をのぞき込んだ。
……と、冷たいなにかが――アルの指が――スーの頬をすっとなでた。拍子に、びくん、とスーの身体は震える。
(いやだ)
目には涙がたまりはじめた。またなにかされるのではないか――アルの一挙一動が、スーにとっては恐怖の種であった。
(いやだいやだいやだ。怖い――)
「スー、おまえは……」
自分がなにをしにきたのか――アルの命が狙われているということ――すら忘れて、スーはただ目が離せず、動けなかった。
冷淡なまなざしを少女に向けながらも、声だけはひどくやさしく、アルは言った。
「俺の玩具、だろ」
アルはふっと笑う。
次の瞬間、唇に生温かいものが触れた。柔らかく、そっと。
それが王子の唇だと気づいたときには、すでに彼は顔を離し、不敵に笑んでいた。
(なに……?)
わけがわからず、スーはただアルを見つめる。言葉も落ちてはこなかった。
それを好都合と思ったのか、アルは彼女を床に押し倒す。瞬間、スーは天井を見て、反転した世界のなかで驚きに固まる。
その刹那、ラベンダーの香がふわっと舞った。
にやりと口角を引き上げて、アルはスーの額にキスを落とす。そのまま徐々に唇を下げていき、鎖骨を舐めあげた。
(――い、や……)
声はでない。けれど、たしかに身の危険を感じた。
スーはあわてて、バタバタと暴れ出した。
「……もっと……」
スーの腕を簡単に押さえ付けながら、ぽつりとアルがつぶやいた。そしてそっと顔を耳元へ近づけ、ささやく。
その瞬間、スーはぞっと身を震わせた。
「――苦しめ」
†+†+†+†+
はじめてアルの瞳を目にしたとき、スーはなんて青いのだろうと、感嘆にも似た想いを抱いた。
薄暗いなかでもその明るすぎる瞳だけは異様な光を帯び、鋭くこちらを見つめていた。また、ブロンドの髪はうつくしく、その瞳に映えていた――彼の容姿は、ハッと息を呑むものだったのだ。
そんな彼に近づくと、ラベンダーの香りがすることに、スーはすくなからず驚きを覚えた。
ぶわりと辺りに散るように香り、それはスーの目頭を熱くする。ぽたぽたとやさしい雨水が葉に染み込むように、その芳香はスーをあたたかく包み込む。
ラベンダーは、スーの故郷の香りだ。まだ幼い時分にその香りに包まれて育ったスーには、ラベンダーの香りがたまらなく愛しく思われるのだ。
そしてまた故郷は、スーとフィリップを繋ぐ、ひとつの関係の糸でもあった。
だからはじめてアルに会ったとき、スーは懐かしさに包まれたのだ。それはとてもおかしな気分だった。
(ラベンダーの香り……)
スーはアルに押し倒されて、恐怖を感じている今なお、そのかすかな懐かしさに胸が熱くなっていた。
(いったい、どこからラベンダーの香りがするの……?)
目をつむり、その出どころを探そうとする。
おかしいことだった。なぜアル王子から、ラベンダーの香りが漂うのだろう。スーの故郷とは無縁の彼から、なぜ?
「……なにを考えている?」
ハッとスーは我にかえって目をあけた。ラベンダーの強い香りにぼんやりとしていたが、冷たいアルの声で現実に引き戻される。
目の前に、あの宝石のような明るすぎる青の瞳があった。強い光を帯て、スーを縫いつけるように放さない。
まるで自由を奪われた鳥籠の鳥のように、スーはただ主から逃げられずにいた。
「聞こえなかった?それとも、俺の質問に答えない気?」
すっと黒光りするナイフのような冷たさを伴ってアルは言う。逆に彼の冷たい手は壊れ物を扱うようにスーの身体を這い、やがてたどりついた赤毛に触れた。
彼は眼を彼女へ向けたまま、そっとその赤毛にキスを落とす。まるで自分のものだと言わんばかりに。
(フィリップ兄さま……)
わからなかった。アルがいったいなにを望むのか、わかるはずなどなかった。
一度は受け入れようとした。アルはアルであり、どうあがいたって変わらないのだ。彼には他人のやさしさなど見えないのだと、そう思った。
そしてついさっきまで、自分はアルのために走っていたのだと、スーは半ば悔しい気持ちで思った。いつ襲われるか知れない彼を、黙って見殺しになどできなかったから。
しかし、どうだろう、この仕打は。あんまりではないか。
助けたいと思ったって、当のアル王子は苦しめだの、おまえは玩具だだの、そんなことしか言わない。それにあろうことか、彼はスーの唇を奪ったのだ。
(アル王子さまがわからない)
もういいかげん、いやだ。彼は自分になにを望んでいるのだろう?
突然、ぐいと腰を引かれ、アルの顔をまじまじと見た。彼は口元に嘲笑いを浮かべ、口を開く。
「ラーモンド家は……」
ラーモンド家――スーはすばやく記憶の糸をたどり、この間アルが尋ねてきたことを思い出す。結局ラーモンド家がなんなのかわからなかったが、ずっと気にはなっていたのだ。
王子は笑みをいっそう深めた。
「ラーモンド家は、おまえの国を滅ぼした血すじさ」
――なにを言っているのだろう?……スーは一瞬息をつめ、それから口をぽかんとあけたまま、滑稽なほど気の抜けた表情でブロンドの男を見つめていた。
スーには、理解できなかった。彼の言った言葉を理解するのにしばらく時間がかかり、理解してからも何回か頭のなかでその言葉を反芻した。
(わたしの国を、滅ぼした?)
突拍子のないこと――現実ばなれしたことを、この王子は次々と口にする。スーにとって現実みのないことばかりを、嘘で固められたようなことばかりを、王子はおもしろがって言うのだ。
なんの冗談のつもりか知らないが、スーは憤慨する気力も失せ、呆れ果てた。彼がどういった意図で言ったかは知れないが、国を滅ぼした人物など――スーの祖国のことなど――をアルの口から聞くとは思わなかった。
「おまえの、国を、滅亡へ追いやった奴らだ」
アルはニヤっとして、さも享楽に耽るがごとく、その目を細める。
「憎いだろう……かわいそうに」
――わからなかった。
憎い?かわいそう?……スーは表情を動かさないよう気をつけながら、心のなかで首を傾げた。本能的な直感が、スーに危険を知らせている……。
緑の目を青い目から離さず、彼女はできるだけ不安そうな表情を装いながら、めまぐるしく頭を働かすという芸当をやってのけた。
(アルさまは、わたしを憐れみたいの?)
彼のことだ。スーを思いやってラーモンド家のことを口にしたとは思えない。どちらかといえば、彼は少女を傷つけたがった。
(それとも、わたしが復讐心を燃やすのが見たいの?)
はかりしれない。人の心とは、なんと複雑で深いことか。
スーはため息を呑み込み、彼の表情を探ろうとした。彼の青い瞳を見た瞬間、すべてがさっと理解できた。
アルはきっと、スーが動揺するのを見たいにちがいない。祖国を消し去った輩を恨み、ついに知った制裁をくわえるべき相手に憤りを感じるのをみたいにちがいない。そして、今までぬくぬくと自分だけが生きていたという事実を再確認させたいにちがいない――スーはそう確信した。
けれどアルは知らないのだ。スーがいかに実感を持てないか。祖国の滅亡を企てた相手がいるのだという事実は、まるで他人事のようにスーの前に転がった。
(たしかに、わたしの国は滅んでしまった……母さまも、父さまもいない……殺されたのだ)
しかし、それは遠い昔のことだ。過ぎた過去――両親がいない、ともに逃げた従者や侍女たちをも命を奪われ、たったひとりになってしまった――それでも、スーにとってそれは過去だった。
なぜ?
(憎むことなんか、できなかったんだ)
唐突に、スーは答えが降りてきたのを感じた。今まで考えもしなかった、『復讐』という名の感情……どうしてなのか、たった今、はっきりと理解できた。
夜が突如終りを告げ、ばっとまばゆいばかりの朝日が水平線の向こうからいっきに顔を出し、スーを赤々と照らし出す――そんな錯覚を覚えながら、少女は一度、ぱちくりとまばたきをした。
「わたしには、兄さまがいたから」
ぼろり、と真珠のように大きな涙が頬を伝い、落ちた。彼女は目の前の青い目を見ていたが、焦点はあわず、ぼんやりとした表情で次々に涙の粒を落としていく。それにしたがい、また言葉も口をついてぽろぽろと溢れていた。
「……わたしには、そんな暇さえなかった……そんな真っ黒い感情なんて、いつのまにか消え失せていたんだ……わたしが生きていたのは――」
アル王子なんて、スーには見えていなかった。もし見えていたなら、彼が次第に顔をくもらせ、苦悶に満ちた表情をつくるのがわかっただろう。
「――復讐してやるとか、そんな感情を糧にしていたわけじゃない。ただ、楽しかったから……幸せだったから」
スーはつづけた。止めようがなかった。
「わたしにはいつも、フィリップ兄さまがいたから」
これが決定打になった――すくなくとも、『フィリップ』という名が、アルを突き動かしていた。
しまった――とスーが我にかえった時には、すでに遅かった。アルは唇を剥き、硬い石でも飲み込んだような笑い方で少女を見下ろしていた。
これから起こるであろう恐怖を敏感に察知し、スーの身体がぶるりと震える。
「アル、さま……」
「うんざりだよ、おまえの崇拝ぶりには」
あまりの冷たさに、スーはぞっとして、その声を聞いていた。もしや王子は正気を失ったのではないか、そう思った。
「なぜだ?」
アルはせせら笑いさえやめて、凍りつくようなまなざしを少女に向けながら問うた。
「なぜ体裁を守っているのに、周囲は俺の裏を探ろうとする?」
「――ああっ」
頭の皮が剥がれるのではないかと思うほど強く、王子は少女の髪をつかんだ。
「笑みを張り付けていたって、奴らは俺を疑う……完璧じゃないからだ」
アルは髪をつかんだ手に力を込め、つぶやくように後の言葉を付け加えた。彼にはスーなど見えていないようだ。
「みんな、あいつの方がよかったんだ。だけど俺は知ってる……あいつはフヌケだった。笑いたくなるほど愚かな人間だった」
「や、やめて――」
スーは悲鳴に近い声をあげた。髪をむしり取られるのではないかという恐怖が、彼女に微力ながら声を出すという力を与えたのだ。
けれどそれが裏目に出た。
ぼんやりとしていたアルの眼が、すっと少女に戻り、細まる。口を開きかけ、閉じ、また開き――アルは何度か出ない言葉を引き出すように口をパクパクさせたが、やがてゆったりと口角を引き上げる。
「上出来だよ、スー」
恐ろしかった。スーは声もなく震えた。
「おまえがズタズタになって泣くところが見たかった。だけど、どうしてだろう?全然スッキリしないんだ」
今度こそ、スーはアルが我を失ったのだと、狂気に支配されたのだと思った。アルの瞳には光がない……。
「スー、教えてよ。おまえは、どうして泣いたんだ?」
スーは口を開いた。だが、すでにわかりきっている結末に、どうして口が出せよう?どうあがいたとて、状況は悪くなるように思われる。
(答えなんて、求めてないくせに)
アルは知っているのだ。スーはフィリップを想い、彼のやさしさに感謝して泣いたことを。わかっていて、彼は尋ねてくるのだ。
そんなにいたぶりたいのか、とスーは心のなかに冷え冷えとした感情が芽吹くのを感じた。恐怖などない。ただ変に落ち着き、言いようのない感覚に支配される。
「楽しいですか」
久しぶり感じた、冷たい怒りだった。
「アルさまは、無力な召使を玩具にして遊び、楽しいのですか」
反撃に不意をつかれ、驚きの色を露にする王子に、スーは嘲りにも似た笑みをもらした。
「さぞ、心地よいでしょうね。こんなことでしか、本心を表せない卑怯者……」
こんなことははじめてだった。だれかに、これほど腹がたったことは今までなかった。
どちらかといえば内気と思われていたスーは、このときはじめて他人に最も荒々しい感情を見せたのだった。
「卑怯?」
ぴくり、とアルの眉が神経質そうに動いたが、スーは気にしない。どんなことであっても、今の自分を怖がらせることはできないだろうと、スーは内心苦笑した。
「そうです。あなたは、卑怯です」
はっきりとアル王子をにらみつける。
「弱いものをいじめて楽しむ、卑劣な人間です」
アルは一瞬、言葉を失った人のように、口をハッと開けて、呆然と押し倒している少女を見つめた。たった今、棍棒で殴られたような表情をしている。
しかし、やがて彼はくっくっと笑い出した。長いブロンドの前髪が彼の顔を隠し、表情が見えなくなる。
「満足できない」
唐突に、彼は言った。
「おまえが俺に言ったことは、『どうぞお気の済むまでお使いください』ってことだろう?」
(――なにを馬鹿な……)
スーは怒りも忘れ、唖然として目を見開く。
それ以上、彼女には呆れ果てる暇さえ与えられなかった。
アルはスーの胸元に手をかけ、金色のボタンを外しはじめたのだ。
「やっ――なにを――」
「乱暴をすればさ」
拒むスーの声も手も無視して、アルは少女の太股に冷たい指を滑らせる。なめらかな布に触れるように、そっと。
「おまえは、絶望し、泣く」
言葉を紡ぎながら、彼はニヤっと笑った。
「そうすれば……」
非難を上げようとする少女の唇を奪い、むさぼり、アルは黙らせてから再び微笑した。
「そうすれば――あいつ、どんな顔をするかな」
(狂ってる――)
彼の言う『あいつ』とはまちがいなく『フィリップ』だと確信しながら、スーは涙でぼやける視界を閉じた。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございますm(__)m
今回は……
アルの壊れっぷりがw
しかし、大丈夫ですよ!!!←何が
次回をまた、よろしくお願いします。