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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部『花畑編』【Ⅲ Lavender tale―花のおとぎ話―】
134/150

最終章 君の花に名をつけて


これと次で最終話になります。

番外編や続編(?)的なものは次のあとがきにて。


最後に、いちばんはじめに紹介したマザーグースの歌を、再度ご紹介。

青と緑が、偶然に入っていて。

アルとスーの瞳を想像しながら訳してました。^^



* * *


Lavender's blue


ラヴェンダーは青 ラヴェンダーは緑

僕が王さまなら 君は王妃さま

だれがそう言ったの?

僕の心が そう言ったのさ


家来を呼んで 働かせて

鋤で フォークで

干し草をつくり 穀物を刈り取り

その間に君と僕は ふたりであたたかく


ラヴェンダーは緑 ラヴェンダーは青

もしあなたがわたしを愛してくれるなら わたしもあなたを愛するわ

鳥たちは唄い 羊は遊ぶ

わたしたちは恙なく 安寧な場所で


踊るのは好き 歌も好き

わたしが王妃さまなら あなたはわたしの王さまね

だれがそう言ったの?

わたし自身が そう言ったのよ


* * *



では、どうぞ。




最終章 君の花に名をつけて 



†▼▽▼▽▼▽†



 白い扉を押し開ける。扉はするするとなめらかに開いた。

 まばゆい光がスーを照らす。目を細め、惹かれるように一歩足を踏み出した。

 そこは庭園のようだった。

 緑の草木が垣根のように覆い茂る道を作っており、道は一本遠くへつづいている。一歩、一歩、ゆっくりと進む。

 やがて蔓のトンネルが現れ、スーはいったん足を止めた後、決心して歩を再会した。

 ふと、鼻孔をくすぐる匂いに目を見開く。香るラベンダーに急かさせ、足早に、やがて駆け出す勢いで足を動かす。

 トンネルを抜けると、みっめの扉が現れた。

 周囲を葉で覆われた、蔓の絡まった扉。しかしそれは先のふたつと同じく、純白色。

 迷い足を止めたのは一瞬だった。戸惑いを捨て、そっと、扉を押した。そこは。


 ――広がる、赤。赤い、花畑。


 一瞬、その赤がなんなのかわからなかった。けれどそのラベンダーに似た香りに、気づけばスーはほほえんでいた。

 視界いっぱいに広がるのは、どこまでもつづく花畑。赤を中心に、遠くには紫や桃色の花もうかがえる。

 こんなに大きな花畑を見たのははじめてだ。扉の向こうは別世界のよう。

 咲き乱れる花々は、まるでおとぎ話の誘い人だ。


「まるで、だれかの赤毛のようだろう……」


 声とともに、背後から抱きしめられた。

 背中に感じた気配は、ひどく懐かしいもので。

「あ……」

 言葉もなく、ただ、ただ。

 吐いた息とともに言葉にならぬ声がもれる。

「スー」

 首筋にかかる、甘い吐息。声。

 息を呑む。

「やっと……おまえを抱きしめられる」

 スーの身体は言葉を理解するまえに動いていた。

 思い切り振り返り、求めたぬくもりへ抱きつく。

 びくりと相手が強張る。

 スーはぎゅ、と力を込めた。

「……アルさま……」

 ぬくもりは、安心したように強張りを失い、ゆっくりと、戸惑うように少女の赤毛をなでた。






†+†+†+†+


 花を、つくった。

 あの少女によく似た、赤い色の、燃えるような花畑を。



 地下の回廊を抜けた先に、秘密の庭園へつづく道をつくった。

 広く、どこまでもつづく庭は、きっと彼女のよろこびになるだろうと、そう思った。


 はじめはただ、召使が欲しいという一言で。

 それが今、妃を望む己がいる。



 数年ぶりの彼女の後ろ姿は見間違えるはずもなく。

 最後に目にしたときより幾分伸びた赤を手にとり、軽く口づけた。


「髪、伸びたのだな……」

「は、い」


 ぽつりとつぶやけば、彼女は小さく頷く。それが幻ではないのだと実感でき、アルはかすかに震えた。

 記憶より幾分大人びた顔。瞳の色も髪の色も思い出とまったく同じ色合いだけれど、たしかにちがう時を生きていた人だ。それが、ようやくこの腕のなかにある。知らない彼女の時は、これから知っていけばいい。

 指に燃える赤を絡ませ、ふ、と柔く笑む。


「おまえの赤毛は好きだ」


 花畑を見るたび、思った。

 今なにをしているのか。なにを思っているのか。


 ――俺はおまえに、認められるだろうか?


 強く、強く想って。






†+†+†+†+


 思わずぎゅっと抱きしめると、スーはびくりとしたあとで力を抜いて恐る恐る腕を回し、背をぽんぽんとたたく。まるで安心させるように。


 アルはそれに勇気づけられたのか、一瞬息を呑んだのち、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「おまえをフィリップの系譜に連ねた」

「えっ」

「どうせ兄上もおまえも『ヴェニカ』なのだから変わらないだろう」

 驚きの声をあげるスーをよそに、アルは淡々と事後報告を済ます。

「ある意味後見人のようなものだ……兄上の屋敷も財産も、すべておまえのモノとなった」


 第一王子フィリップは亡くなったとされていたが、彼の財産を相続するにふさわしい者はなく、いまだその富はだれの手にも渡ることなく残っている。

 たしかにスーはフィリップの母方と同じ亡国の王族であり、『ヴェニカ』を名乗ってはいるものの、スー自身は変えようもない『亡国』の者でしかない。事実、身分はないに等しい。フィリップに保護されたものの、政治に使われることを恐れてか彼女を正式な王族としてカスパルニアへ連れ帰ったわけではなかった。そしてはっきりとした身分の定まらぬまま、書類上のフィリップ王子は帰らぬ人となってしまったというわけである。


 そんな……とあまりのことに声もなく唖然とするスーの顔をのぞき込み、アルははじめて視線をしっかり合わせると、ゆっくりと苦笑に似た笑みを浮かべた。

「兄上も了承済みだ。観念しろ」

 観念しろ、と言われても、スーにはすぐにはいそうですかと頷くことなどできない。

 これでスーは、確実な地位を手に入れたことになる。フィリップは財産だけではなく、民からの信頼も厚い存在であったのだから。

 お膳立てはされた。あとは気持ち次第……


「俺は民の暮らしを知らないが――」

 アルはスーの顔を見ないように再び抱きしめ、話し出す。

「――生憎まわりにはたくさんそれを知っている奴がいるしな……」

 ゆっくりと紡がれる言葉はどこか戸惑い、けれど愛おしげで。

「おまえは民を見てきたんだろ?なら、俺に堂々と助言すればいい。俺には善き王となる素質は皆無かもしれない。自国の民のためだとか、兄さまのようにやさしい王とはなれぬかもしれない」

 肩を抱かれ、今度はまっすぐに目を見つめられる。

 スーの記憶よりあどけなさの抜けた、怒涛の日々を経験した、精悍な顔。瞳の色も髪の色も変わっていないのに、どこか別人に見えるほど真摯な表情をする、彼。

 耳に心地よい声でつづけられる。

「それでも、おまえとの穏やかな日々がつづけばいいと思う。なれば国が安泰し、人々が笑って暮らせるなら、おまえも幸せになれるだろう?民が塞ぎ込んだ世界に、おまえの笑顔はないのだろう」

 まっすぐ、真摯に迫る瞳。

「俺は、おまえの笑った顔が見たいと思ったんだ。それを望む自分がいるんだ……だから」


 青と緑が、かちあった。


 瞬きもせず、ふたりはまるで永遠の時を見つめあった。

 風がそよぎ、花の香りが漂う。

 長くなった赤毛は揺れて、花畑の赤と同じように燃えている。


 スーはそっと、アルの手に己の手を重ねる。

 彼の震えが、わかったから。



「わたしで、いいのですか」

「おまえがいい」


 即答した愛しい人に苦笑する。

 アルは幾分ムキになったのか、眉間にしわをよせ、ぶっきらぼうにつづけた。

「俺は、おまえとの子なら、欲しいと思ったんだ。それはずっと変わらない――忘れたとは、言わせぬぞ」

 どきりと胸を高鳴らせ顔を赤くし背けるスーの視線を強引に己に戻し、つづける。

「信じて、待っていたんだ。これ以上、俺を我慢させるな」

「アル、さま……」

「おまえは……僕も俺も、受け入れてくれるだろう?」

 悪戯気にほほまれた顔は、けれど照れくさそうに赤くなる。

 ずっとずっと、胸の奥に思い描いていた、彼の存在。

 ゆっくりと、スーは花のほころぶようにやさしく笑った。


「はい。わたしは、あなたの隣にいたい。だれにも文句は言わせません」


 言うなり、スーから軽めな触れるだけの口づけを贈る。


「ようやくここまで来れた……アルさまの、隣まで」


 驚き硬直するアルにスーはハッっとして身を引いた。無意識で、ただ愛しい想いだけで動いてしまったことに恥じ入り顔を髪と同じくらい赤く染め上げたが、スーの誘いに己の理性など止められるわけもなく。

 思わずかぶりつくように唇を合わせる。

 柔くあまい唇は、ふわふわとアルを夢心地へ誘い、心の奥底の炎を燃え上がらせ、くすぶった欲望をさらけだす。

 口内に侵入した舌に応える。脳髄を刺激する甘美な誘惑は身体中に駆け巡り、しびれさせる。麻痺した感覚のまま、ただ、煩い心臓に急かされるがごとく、性急に求めあった。

 やがて惜しむように離れていく唇。スーは肩で息をしながら、そっとアルの青を見上げた。

 バツが悪いのか、アルは視線をそらし、ぼやく。

「おまえが煽るから――」

 舌打ちしそうな勢いである。

 煽ってなどいません、と叫んでやりたかったが、スーは苦笑にとどめ、胸元にある金色の重みを手にし、首からはずそうとする。

 しかしそれはアルの手によって阻まれた。

「もう、いらないんだ」

「え?」

 疑問の声をあげるも、再度抱きつかれればなにも言えない。

 金色のロケットは、花畑の花と同じ芳香を風にのせる。

 スーの肩に顎をのせ、遠目に花畑を見つめるアルの顔は清々しく。


「君が……俺の花になって――ステラティ―ナ」


 甘美な声に名を呼ばれ、とくりとうずく心臓に。

 少女の胸元で、金色のロケットが静かに揺れた。







 * * * * * * * * *



 ラベンダーの香りによく似た花が、その王国にはあるのです。

 真っ赤に燃える、儚げで凛々しく、矛盾をはらんだうつくしい花が。

 草木が茂る緑の大地で、その赤はもえるように映えていました。



「めでたし、めでたし……デショウ?」









  ◆~◇~◆~◇~◆~◇~◆~


  そこに戴くは、黄金の冠。

  その手を取るは、赤の乙女。

  香りに誘われ、広がる紫。


  剣を握るか、花を贈るか。

  王を語るか、名を祀るか。


  「どちらを取るか、選べ」

  ――言葉はなく、ただ。


  「どちらを棄てるか、選べ」

  ――涙すらなく、ただ。


  「その花の名は?」

  ――君の傍にいたくて、ただ。



  ただ、それだけの、願い。




  ◆~◇~◆~◇~◆~◇~◆~




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