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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部『花畑編』【Ⅲ Lavender tale―花のおとぎ話―】
126/150

第百二十六章 やさしいかけら

※注意忠告気をつけて!※


今回、同性同士でのちょっとしたハプニング(?)がありますが、(いろんな意味で)事故というか、大それた展開じゃありません。

最後のほうなので、苦手な方はご注意ください。

言い訳はあとがきにします(ぁ



第百二十六章 やさしいかけら



†▼▽▼▽▼▽†



 徐々に活気を取り戻しつつあるカスパルニア。

 ラーモンド家当主の罪状が決まり、彼の取り巻きともども処刑された。ラーモンド家の当主の倅はこの戦に加担していなかったとして、降格されはしたが爵位剥奪はなし。

 一方敵と内通していたとされるオーウェン大臣は行方知れず。取り巻きらは刑に処することができたが、いまだ油断ならない。

 また、死んだと思われていたデジルは、赤毛の小猿ティティを使い、『オーウェンに不穏な動きあり』と知らせてきた。しぶといやつだなと思うものの、おそらく彼女はもう『裏』の仕事ができないだろうと予想はついた。あれだけの深手の傷を負ったのだ。もう暗殺業はできまい。

 こうして新たな貴族陣が築き上げられるなか、クリスに再び王子側近の地位が戻ってきた。

 以前起こしたクリスの罪はすべてルドルフ大臣がかぶることになり、クリス本人は悲痛に顔を歪めていたが、アルは強行した。

 狡い考えだ。それでもクリスの手腕は、今のカスパルニアには必要であった。

 潔白の身で、フィリップ王子のようななんの穢れもない王にはなれぬ。アル自身、そう思う。


 新しく爵位を賜った者をはじめ、大臣らは生まれの身分や家族の罪状を問わずに任命されることとなった。また騎士らも統率し直し、本格的な新カスパルニア王国ができあがりつつある。


 いまだ、大臣のなかにはアルに王としての資格を問う者もいる。それはあたりまえのことだと、アル自身痛く感じ取っている。


(王の資格……か)


 彼らを黙らせることができるくらい、力をつけたい。認めたくはないが、前国王ソティリオの気持ちがわかる気がした。周囲を黙らせ、従わせるだけの力を手に入れれば、『あいつ』を護れる……。

 ソティリオ王とも、フィリップともちがう、自分の王への道――それがはっきりと明確にしなければ。


(俺の、めざす、王――)


 アルは目をつぶり、物思いに耽る。

 ありえない勘違いをしたスーの誤解を解き――解くまでは泣きそうな顔でこちらを見てよそよそしくあきらかに避けられていたので、アルはたまったもんじゃなかった――スーはいつものように休憩のためのお茶を淹れてくれる。


『アルさまは兄さまが大好きなんですね』

 いつか聞いた、スーの言葉。

『だから王様になりたいのでしょう?兄さまに自由をあげるために。兄さまの夢をつなぐために、アルさまは自分自身で王様になりたいんだわ』

 なにも言えなかったアルに、彼女は言葉をつづける。

『大丈夫ですよ』

 気持ちのカケラを、拾いますから――言外にそう言われている気がして、アルは息を呑んだ。


 あのときは動揺し、言えなかった。自分の気持ちなどわからなくて。

 今も、そうだ。はっきりとわからない。


(けれど、スー。俺はおまえに傍にいてほしいから……)


『アルさまと兄さまはちがいます。同じものを目指さなくていいんです』


「わかっているよ」


 目をあけて、思う。

 すべて、片付いて。即位し、この頭に王冠を戴いたそのときに。



 告げたいと、思うのだ。







†+†+†+†+


 目が回る様な忙しさから抜け出せた。アル王子の、延ばしに延ばされた戴冠式の日取りが決定した。

 春の花々が芽吹き、夏の草木が青々と茂るころ。ようやく彼に金色の冠がイダかれるのだ。

 それが大々的に発表された日の夕刻、アルは人払いをした部屋にスーを呼び出した。


「そこへ座れ」

 彼女が部屋へ入るなり、アルは向かえのソファを示して無造作にそう告げた。顔を見たわけではないが、その言葉にスーが瞠目したのが気配で感じ取れた。

 そう、それはアルらしくない言動だ。

 勧められたソファは上質なもので、腰かければふんわりとしたいい座り心地がしそうである。彼女を召使として扱うなら、おかしなことだ。まるで客人にするようなその態度につい目を見張ってしまうのも仕方のないことだ。

 当初、まだ仕えたてのころ、ことあるごとにアルはスーへスキンシップしてきたように思う。たとえば半裸で寝ているところを起させようとしたり、たとえば抱き込んだまま食事を摂ったり。それは大体が嫌がらせの他のなにものでもなく、当然スーは戸惑ったのだが。

 いつからだろう。アルはスーに極端なスキンシップを求めなくなった。無理矢理キスされたこともあるが、以前の嫌がらせとはちがう印象を受けた。

 かちこちになりながら、命じられたとおりにスーはソファへ腰を下ろす。思った通りふわふわで最高級のソファなのに、どこか落ち着かない。


(あのとき、からかしら……)


 ふと、スーは思い至る。

 夜のこと。スーが城の牢獄へ囚われる前の、夜。

 リアに変装したデジルとアルがいかがわしいことをしていたと勘違いし、二人きりになった部屋で様子のおかしいアルに気づいたとき。そのあと連れられるまま、拷問部屋と呼ばれる地下室へ足を入れた。

 あの部屋は。


(やっぱり、あのときから……)


 スーは、じっと目の前の青を見つめた。

 もうすっかり、落ち着きを取り戻していた。



「俺の容姿は、母親にそっくりだった……」

 唐突にアルの話ははじまった。それは独白にほど近い。

「ひどく歪んだ世界で、ずっと、生きてきたのだろうと、思う」

 ぽつりぽつりとこぼされる声。アルの青いガラス玉のような瞳は、こちらを見ながら決して視線が合うことはなかった。

 スーはただ、じっと沈黙を守って彼の話に耳を傾ける。

 アルが話してくれているのだ。それも、彼にとってひどく残酷で曖昧で、大切な欠片の話を。


「あいつと母のことは今でもよくわからない。それでも母はあの男のことを愛していたし、あいつは――たしかに俺の父親だったんだろう」


 王子が語るのは、自分の生い立ち。過去の出来事。深い深い、傷痕の話。

 幼いころ、『おまえなどいらない』と云われたこと。肩から背にかけてできた疵。奴隷の烙印。暗闇を求めた歪み、兄に抱いた嫉妬とは似て非なる感情。

 それでも、思い出はあった。母が歪むまえに見せた柔らかい笑顔、やさしい言葉、抱かれたぬくもり。父が、たった一度だけ頭に手をのせてぶっきらぼうに撫でたこと、その彼の目に、微笑がまじっていたこと。それが、忘れられなかったのだ。だから、憎み切れなかったのだ。

「俺は、おかしいだろうか」

「いいえ」

 スーは即答した。考えるよりも先に、言葉が出ていた。アルはただ「そうか」と頷き、静かに話を再開させる。

 上の兄が次々と消え、ついに己の番になったとき、知らずに身震いをした。蔑まれてきたようなこどもが、王になるのだ。父はどんな顔をするか、母に報いることができるか?

 そこまで考えたとき、ふと、己の次の世代のことが頭を過る。いずれ王になり、妃を娶って年老いてゆくだろう。けれど、跡取りをもうける気はさらさらなかった。

 己が他者を愛せるとは到底思えなかったし、自分のこどもを愛してやろうなどとはつゆとも考えなかったから。どうせ愛せないならば、こどもはいないほうがいい。悲しみが増えるだけだ。

 だけれど。

 最近は、ちがうように思えてきた。

「俺は、おかしくなったのだろうか」

「いいえ」

 スーは再度、即答する。

「それがあなたの、あなたという欠片なのですから」

 スーの声は部屋に響いた。しばし沈黙したのち、王子は再び口をひらいた。

「他の女のこどもは、いらない。でも」

 アルの青い瞳がしっかりとこちらに向いた。どきりと心臓が跳ねる。目が、離せない。


「でも……おまえとの子なら、欲しい」


 いつの間にか目の前にあったアルの顔。その端正な顔に見つめられ、遅れながらに彼の言葉を理解し、次いで己の手に彼が手を重ねてぎゅっと握りしめていることに気づき、おもしろいくらいスーはぼっと顔を赤くした。

 火を噴きそうな勢いである。

(吸い込まれそう)

 アルの青い瞳はどこまでも澄んでいて、作り物のようにうつくしい。それなのに、その瞳の奥には隠しがたい炎が宿っている気がした。

 なにか、言わなければ。

 スーは頭の片隅で冷静に考え、しかし口をぱくぱく動かすだけで思うようにいかない。アルの視線には熱でもあるのではないかと思うほど、スーの頭はぼうっとしてうまく働いてはくれないのだ。

 と、ふいにアルは息を吐き、うつむいて自嘲的な笑い声をもらした。


「しまったな。今言うつもりはなかったのに」

「アル、さま……?」

「おまえのせいだぞ」


 なにが、と問う暇なく、スーはアルに抱きすくめられていた。ひどく久々な気がするが、王子に召使が抱きしめられるなど、あってよいことではないのではないか、とやはりスーの冷静な頭の片隅は主張する。

 しかし、すぐにその冷静な部分すら、アルの熱に侵食されたゆく。


「渡したく、ない」

 耳に、ジカに声が響く。かすれたような、切ないあまさを帯びて。

「あっ、アルさま――」

 あわてて胸を押しやるが、すぐにぐいと強く抱かれる。反論も拒絶も許さない――いや、拒まないでくれ、と懇願されているかのように。

 スーは息を呑む。心臓が激しく鼓動を打ち、むしろ動くのをやめてしまったみたいだ。

「だれにも、おまえを渡したくはない。どこにも行かせたくない」

 王子の声はつづける。懇願するように。

「俺の傍に」


 ――頼むから、傍にいてくれ。







†+†+†+†+


 どれくらいそうしていたのだろう。一瞬だったようにも、数年たったようにも思える。

 その愛しいほどの呪縛から解放されたのは、なんとも空気の読めない声がしたからであった。


「ふむ、昼下がりから大胆デスねぇ~、王子サマ」

「……ヌイスト」


 また貴様は、という声を飲み込み、アルはスーを腕にしまい込んだままジト目で気配もなく部屋に現れた男を見やる。相変わらず胡散臭そうな笑顔を張り付けている。

「またどこかを彷徨うのだと思ったが?雇われにきたのか」

「いやいや~、ちょっとお届けものに。ああ、ワタシにはお構いなく。つづきをどうぞ」

 つづきをどうぞ、はいそうですか、とすんなり進むわけにもいかない。

 アルは長々とため息をこぼし、静かにスーを離した。赤毛の少女は今は短くなった自身の髪色と同じくらい頬を染めている。何回されても慣れないし、アルの体温にどぎまぎしてしまう。

 アルはやや考えるようにスーとヌイストを交互に見、ひとつ頷くと、なにを思ったのかおもむろにスーの前髪をかきあげる。「?」マークを浮かべて見上げるスーに、とろけそうなほどのあまい微笑を浮かべたアルは、こつりと己の額を合わせると、そのままそこに唇を落とした。ちゅ、と軽いリップ音を立ててから離れ、満足げに再度頷く。

 スーは目を驚愕に見開き、ついで爆発するのではと思われるほど真っ赤になった。

 今まで、こういう行為は幾度かあった。たとえば、わざと人前で柔らかい笑みを浮かべてダンスへ誘ったり、黙らせるために唇を奪ったり、離れるなと抱きしめてきたり。はじめはただの気まぐれか、意趣返しか、そういうものだったはずだ。だからはじめは恥ずかしいながらも、どこか心は冷えていた。それがいつからか、まるで愛おしむような、求めるようなまなざしをつけてきた。くすんだ憎しみの裏側に、隠しきれない情と『なにか』を、スーは無意識に感じていたのかもしれない。

 いつから。いったいいつから、こんなに恥ずかしくなったのだろう。照れすぎて死んでしまいそうだ。

「そんなに気に入ったのですカ」

「これは俺のだ」

 それにしても、アルはこうも恥ずかしい台詞をよくもばんばん言えるものだ。彼の表情にどこか吹っ切れたようなものを見つけ、スーはすこしばかり拗ねたくなる。

「あっ、アルさまの変態ばかっ!……い、いえいえ!ま、まちがえましたあぁっ」

 なので思わず口をついて暴言が出てしまったのだが、すぐにあわてて謝罪した。一瞬合った彼の目が、本気でショックを受けているようだったから。


「そ、それで、お届け物ってなんですか」

 スーはあからさまな話題転換をこうじた。ヌイストはポンと手を打ち、懐から分厚い本を取り出す。以前シラヴィンドでベロニカから譲り受けた薬草の書かれた書物である。たしか、傷ついたりなくさないようにシラヴィンドに置かせてもらっていたはずだ。

「これ、お忘れでしたよ。ベロニカ殿の依頼で、お届けにあがりました」

「わ、すみません。ありがとうございます」

 ほっと息をついて受け取る。これでまた、勉学に励める。

 ふと、ヌイストがまじまじとスーを見て口を切った。

「惜しいことをしマした。やはりあなたは髪が長いほうがいいですねぇー」

「い、いえ……」

 いきなりまじまじと見られ、スーはあわてて身を縮める。一度は殺されそうになったのだから、本能的に逃げ腰になるのも仕方のないことだろう。短くなった髪、露わになった首筋が強すぎる視線にじんじんするようだ。

 そんなスーを知ってか知らずか、ヌイストはひとつこくりと頷いた。

「ふむ、そうだ。身体をください」

「えっ」

 くい、と顎をあげられ、迫るのはヌイストの奇妙に歪んだ顔。硬直するスー。

 気まぐれの魔術師は、わざとアルに見えるようにキスをしかけたのである。

「貴様っ」

 視界の端でアルが怒り心頭にこちらに向かって、スーを奪い返そうとした。


 が。


「えっ?」

「は?」

「う~ん」


 にやりとワラったヌイストは、ぺろりと唇を舐めてから、訝しげに首を捻る。


「ちがいますねぇ」

「……え?」


 先ほどまでとは反対に、今はアルが硬直していた。スーは「きゃーっ」と、手で顔を覆い――それでも指の間からチラチラとふたりをのぞいていたのだが――それからどうしようかとおろおろして落ち着きがない。

 ヌイストはアルからすこし距離をとった位置で、もう一度小さく笑った。

 彼が、スーにキスをしようとして、それを止めに入ったアル。不幸なことに、狙われたのはアルの唇であったらしい。少女を救うために伸ばされた腕をヌイストは素早く引き、軽くではあるが、たしかに彼らの唇は合わさったのだ。

 直後、アルは石化した。

「ヌ、ヌイストさん……」

 呆れたような気持ちで魔術師と呼ばれた男を見やれば、悪びれもなく彼は「スミマセン」と謝罪を口にする。

「だから『あなたの身体を貸してください』と言ったのに。あなたの身体にのりうつってなら、いいと思ったんですケド……だって王子、止めるんですもんネェー」

「そ、そんな……」

 のりうつる、だなんて本当に可能なのかは知れないが、スーは思わずぶるりと震えて自身の身体を抱きしめる。相も変わらず、ヌイストは取り付けたような笑顔だ。

「ふふ、それにしても……いくら容姿が似ていても、やはり彼女とはちがいマスね――ナイリスのキスは甘かったけれど」

 こそりと、彼はアルがショックのあまり硬直しているのをいいことにスーに近づいて耳打ちした。

「それではワタシは退散します。あなたは彼を慰めてあげてくだサイねー」

 にかやかに、それはもういい笑みでヌイストは颯爽と部屋を後にした。手をひらひらと振りながら。


 固まっている王子と、ひとり残されたスーは深くため息をこぼす。


(いったいどうしろって言うのですか……)

 眠り姫にキスをするように、自らしてみればいいのかしら、なんて、己にはできそうにない考えを妄想するスーであった。

(やっぱりわたし、アルさまが他の人とキスをするの、いやだなあ……)

 ささやかな嫉妬が首をもたげてきたのを知らぬふりをして、さっそくスーは、ショックを受けた王子を救済する現実的なすべを考えるのであった。




すみません、暴走しました。

いえ、本当、いろいろ他の道も模索したのですが、なぜかヌイストくんが譲ってくれませんでした。こういう行為にヌイストの人格というか、性質が現れていると思います←


別に、恋愛感情とかじゃありません、皆無です。あれです、父親が愛娘にちゅーしちゃう感覚……ご気分が悪くなってしまった方、本当にすみませんでした。

ただ、ヌイストさんはどうしても、ナイリス嬢と比べたかったんでしょうね。それほどまでに、アルがそっくりだったのです。


あと、いつもアルがヤキモチ妬きなので、今回はスーに妬いて欲しかったんですが……なんだかアルに比べてあっさりとした嫉妬でした。(苦笑



*「昼下がりから大胆ですねぇ」を変換したら、「昼下がりから抱いたんですねぇ」になってびびっった。ええ、そういう空気、ホント読めませんよね、ヌイストさん…ということで。



※アップした直後、文章追加して修正しました。すみません。

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