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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅱ albus war-白い罪と戦争-】
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第百二十三章 終演ヲ謳う


第百二十三章 終演ヲ謳う



†▼▽▼▽▼▽†



 雨が身体にひっつき気持ち悪い。ぬるりと手に蔓延る血の感触がさらに際立つ。

 刃を交え各々が戦いに明け暮れる。衝突は激しく、激戦を極めた。

 異変があったのは、それからしばらく経ってから。

「兵が……ベルバーニの兵が引きはじめたぞー!」

 ひとりの兵士の声にどよめくカスパルニアの部隊。向こうは決して劣勢などではなく、力は拮抗していたのに、なぜ、と皆が目を見張る。

 これも作戦なのかとアルも顔をしかめたとき、もう一声響いた。そしてそれはさらなるざわめきを生み出す。

「メ、メディルサ兵が退却!」

「なにっ?」

 今度こそ信じられない。罠ではないかとカスパルニア兵らは口々に言い出す。

 と、そのとき久々に聞いた声がアルを呼んだ。いつの間いたのだろう。いつだって窮地の際には傍らで剣となってくれる男に、アルはすこしだけ安堵した。


「ランスロット、戻ったのか」

「はっ。……それより、ただいま伝令が」

 頭を下げ、騎士は報告する。

「ベルバーニ及びメディルサの士官が参りました。話し合いの席を設けたいと」

「話し合い……」

「おそらく、同盟を結びたい、と」

 怪訝な顔をしたアルに、ランスロットも緊張した面持ちで告げる。

「そして仲介人に名乗りをあげたのは――ヌイスト、です」






†+†+†+†+


 ざわめきが会場を支配する。皆各々、落ち着かない様子でそわそわしているのは、各国の重臣たちだ。反対に彼らのトップは皆つんとすましているようにさえ見える。

 メディルサ代表のユーグは無表情に押し隠していたが、付き添うかたちとなったウルフォンはどこか落ち着きがないし、シラヴィンド代表の女王サイラは代わりに出席するといった家来らを黙らせ悠々としていたがなぜか隣に座らされたレオはやはりバツが悪そうだ。ヌイストを間に挟みながらも、さながら家族面接である。

 ベルバーニ王は体調が優れないのをおして出席してきたようだ。しかし顔色は悪いが、瞳だけは国の頂点に君臨するだけの油断ならぬ色をしている。

 各々の国の重心は、終結した顔ぶれに皆固唾を呑んでいる。ごくり、とだれのものともわからぬ唾を飲み込む音、どくんどくんと騒ぐ心臓の音が聞こえる気がする。

 このようなメンツの集まりはめったにない。知らずにピンと張りつめた緊張感が生まれてくる。

 ただ、内心は知れない。すくなくとも、厳しい表情のウルフォン王子などの心情をいえば、今すぐにでも近くいいる兄にあいさつをしたい、とにもかくにも話しかけたい、というなんとも呆れるものであったのだが。


 カスパルニア第六王子アルティニオスの登場に、その場は水をうったように静まり返る。淡い水色の軍服に着替え、髪をあげた王子はいつもと雰囲気がちがい、やや鋭さが増していた。王子の笑顔の仮面もせずにツンとすました無表情に近く、目にした者は思わずごくりと生唾を飲み込んで行方を見守るしかない。しかし皆の視線が突き刺さるなか、アルは動じることなく堂々と立ち振る舞っていた。

 席についたところで、とうとう会合開催の言葉が発せられた。

 戦況、各国々の意見、これからのこと、同盟の件での条件などなどが話し合われ人々が緊張するなか、仲介役がヌイストということで、当座の面々はやや調子が狂っている、というより生真面目な会合の場なのになぜか誑かされているような、そんな感覚が抜けずにいた。それぞれ実をいえばどう対処したものか計りかねていたのだが、さすがは王族しいてはそれに眷属する者たちである。仮面マスクは忘れず、内心の心情などおくびにも出してはいなかったが。


 ようやっと締結が終わり、詳しい同盟条件・条約は後日行われることとなり、とりあえずはここに休戦を、そして時が経てば自然とした終戦を宣誓することとなった。

 皆々席を立ちはじめたそんな折、口を切ったのはサイラである。

「で、わらわの話をしてもよろしいかしら?」

 ふふん、と勝気なまなざしを向けたまま、サイラは無言のままのユーグ帝王を見すえ、そのまま言葉をつづける。爆弾発言と思われる、その言葉を惜しみなく投下したのである。


「ユーグ殿、貴殿のご子息をいただきたく存じます」


 それを耳にした大の男らが驚愕の表情を浮かべるなか、サイラはしれっと言い放つ。

「わらわたち、愛しあってますから、ええ」

「もちろんです、義姉上!」

 逆に赤面したのはレオンハルトのほうである。そうしてサイラに元気よく応えたのは、まるでオオカミと名高いウルフォンであった。

 先ほどまでの雰囲気とは一遍、どこか間抜けな形となりつつある場にも、ユーグは渋顔である。と、そこに妙に演技がかったハンナは登場したものだから、さらにややこしいことになるのは明白だ。

「愛を引き裂くなんて言語道断!あなたもいい加減子離れなさい!レオちゃんの幸せを望んでいるなら素直になりなさいな」

 可憐な少女のごとく、腰に手をあてぷりぷりと説教する妻に、とうとうユーグも白旗をあげたらしい。

 一度チラ、とレオを見てから、「……勝手にしろ」とつぶやくように言って踵を返した。

 そんな夫の後ろ姿を、頬を膨らませつつ、どこか愛しげにハンナは見やる。

「もう。ごめんなさいね、あの人、素直じゃなくって……」

「いえいえ。ツンデレというやつでしょう」

「あらあら」

 サイラは気にしたふうもなく、男前に笑う。ハンナもくすくすと含み笑い、未来の嫁姑は、朗らかに見つめあった。

「ふふ、それじゃあそろそろお暇しようかしら。あなたも……また、遊びにいらしてね」

 振り返り際、アルにやさしくほほえみかけてハンナは夫のあとにつづいた。

「ほら、君もさっさと帰って……ちょ、言うこと聞きなさい!」

「いやですー!せっかく!久々に兄上とお会いできたのに!」

 一方、こちらはレオンハルトに引っ付くウルフォン。なかなか離れない弟にしびれを切らし、はぁ、と深くため息をつく。

「サイラ、ちょっと国までこいつを送り届けてから行く」

「構わないわよ。しばし里帰りして、婿入り道具でもそろえてきなさい」

「冗談」

 どこまでも男前なサイラの返答にレオは肩をがくりとさせ、「義姉上、感謝しますぅ~」と上機嫌になった弟を連れてその場をあとにした。

「ではアル王子、わらわも帰るとしよう。国をそうそうあけてはいられないからね。ベロニカをお貸しするから、さっさと国の復興に努めればいいわ」

「言われずとも」

 国はしばし、混乱するだろう。大臣たちの粛清も、民への説明も、様々な問題を片付けなければならないだろう。

 それでも、やるのだ。王になるのだから。


 国の代表やら重臣らがその場をあとにし、アルはランスロットなどカスパルニア側にも指示を出し、結果皆を下がらせた。そうして、その場に残ったのは。


「話を聞こうか、ヌイスト」


 奇怪な魔術師と、アルだけとなった。







†+†+†+†+


「戸惑っていらっしゃいますねネー?」

 相変わらず不気味なほどきれいな弧を描いた口元をひらき、ヌイストは告げる。

「他の兵士だって人を殺しているのに、自分だけ汚れているように感じる……つまり貴公はそれほどまであのスーを神聖視しているのですね」

 彼の言葉をいつも唐突だ。もはや慣れだ。

 揺さぶりに揺らがずにいるのは大変な苦労を要するが、それでもアルは気丈ににらみ返す。

「神聖視しているつもりはないが。なにが言いたい」

 ニヤリ、と笑みを深め、ヌイストはアルの質問には答えずにつづける。

「みなが己の命をとして剣を振るっているのに、自身のその手が血で染まったことを嘆き汚れたなどとは自己満足で高慢に過ぎません。ソウ思いませんかー?」

 アルは無意識に奥歯を噛みしめた。

 そんなの百も承知だ。だが、ちがうのだ。

 ちがう、のだ。


(ちがうんだ……あいつの赤は同じく燃えるような血の色なのに、ちがうんだ)

 もし、ヌイストの言葉を借りて「戸惑っている」と言うなれば。

(あいつの赤は、きれいすぎて触れたいのに戸惑ってしまう。今の俺が触れたらちがう色に変わってしまいそうで怖いんだ)


 素直に認めてしまえば、そんなことだ。言葉にもできない、素直な心。

 ヌイストは軽く肩をゆすって声を立てる。なんだと見やれば、彼は表情のない笑みで口をひらいた。

「他者の終焉シュウエンを怖がるなどあなたらしくもない。それほどまで大切に感じた存在を失い、戸惑っていらっしゃるのでしょうか?」

「俺はそうは思わない」

 ひどく静かな声で、アルは考えるより先に答えていた。


「あなたもワタシを信じないのですか」

 ややあってこぼした魔術師の声音は小さく、だれにも、もしかすれば本人にも届いてはいなかったかもしれない。

 黙ってアルに目を向けるヌイスト。サファイアブルーとワインレッドの瞳が絡み合う。

 ふいに、ヌイストの視線が緩んだ。そのまま彼は口をひらく。

「……というより、信じたくないのですね」

 アルの答えなど待たずに、彼は「いいでしょう」とひとり軽く頷いた。

 す、とテントの入口を指差す。

 言葉はない。問うためにアルがヌイストを見ても、彼はただ黙って頷くだけだ。

 アルは足を進めた。

 外は先ほどまでの曇り空など嘘のような晴天で、太陽の光が直にふりそそいでいる。まぶしさに目を細め、足をとめたアルは、しかし次の瞬間瞠目していた。

 息をすることさえ忘れた。


「アルさま……っ」

 泣きそうに潤んだ緑の瞳がこちらを見ている。きらきらとした日の光に包まれた少女――

「スー」

 気づけば名を呼び、どちらともなく駆け出していた。勢いのまま抱き合う。

 夢ではないか。またヌイストの魔術によりみせられた幻覚ではないかと疑う一方、そのたしかなぬくもりに心は自然と歓喜し震える。

 はじめてだ。

 愛おしいと強く意識し、触れるあたたかさに泣きたくなったのは、はじめてだった。

 アルは少女を抱きしめたまま、彼女の頭を撫で――ハッと顔をあげた。

「……短くなってしまいました」

 思わず少女の肩をつかみまじまじと顔を見つめると、彼女は小さく首をすくめ苦笑まじりにそう言った。

 長く豊かだったスーの赤毛は、ちょうど肩のところでばっさりと切られていたのだ。

 やや目を見開き見つめていたアルであったが、ふわりとやさしく笑んで、彼女の短い髪を再度撫でつける。

「そうか……新鮮だな」

「アルさまも……」

「ん?」

「い、いえ。なんでもありません」

 なにか言いかけたスーはあわてて言葉を濁し、かあっと赤面したままふるふると首を振った。

 彼女の視線がチラ、チラ、と自分の頭に向けられることに首を傾げつつ、アルは少女の柔らかな感触を堪能した。腕のなかで「ひゃ」となんともかわいらしい声が聞こえていたが、構わず、というよりむしろさらに力を入れて抱きしめた。

「おかえり、ステラティーナ」




 実をいえば、アルの髪をなであげセットしたのはヌイストで、彼なりにスーへの『サービス』らしい。

 ヌイストは仕度をしていたアルの部屋へ許可なく入り、ぎょっとした王子を気にも止めずに鏡の前へ座らせ、そしてそのまま、鼻歌まじりにブロンドの髪をいじり出したのだ。

「こっちのほうが威圧感ありマスよ~ぅ?」

 てきぱきとアルの御髪を整え、固め、ヌイストは満足げに笑った。

 正直アルはこの男に調子を狂わされていたため、己の髪型に頓着している余裕はなかった。よって結果的に、彼のオールバックにした髪型はスーにときめきを与えることになった、というわけである。



 そんなことなど露とも知らないアルは、まるで悪戯を成功させたかのようなヌイストの悪どい笑みに勘ぐったが、目の前にいるスーに、そして彼女が生きているという事実にほっと胸を撫でおろすことのほうが大切で、スーが柔らかい笑みを浮かべた瞬間には、もはやヌイストのことなど頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 これも策略なのだとしたら、恐るべしヌイスト、である。






†+†+†+†+


(アルさまが、好き)

 強く自覚すれば、それは凄まじい力をもってスーの心を支配した。


 昔から、どちらかといえば求められたことがすくなかったスー。だからなのだろうか、純粋できれいな恋心というよりは、もっと強烈な欲望に近い執着なのかもしれない。

『終焉かどうかは、あなた方に任せます』

 殺された、と思っていた自分が生きており、目が覚めてヌイストからそう言われ、スーは意味もわからないまま頷いていた。アルに会えるのだと、漠然と確信していた。


 時をすこしばかり遡る。

 ヌイストに連れてこられたのは大きなテントだ。このなかで臨時の同盟会議が行われているという。

 人払いがされ――ヌイストの人避けの魔術だろうか――てからテントの近くに移動魔法によって連れてこられたスーは、テントのまえで待っていろ、と言われていた。

 緊張だろうか、視界がせまくなり、足の進みも鈍くなる。

(アルさまが、いる)

 いつぶりだろう。何年も彼を目にしていないような気もするし、ついこの間まで近くにいたような気もする。スーは不思議な感覚に苛まれながら、ゆっくり、しかし確実に歩を進めた。


 再会したふたりは、どちらともなく駆け寄り、抱きしめあった。

 込み上げてくる気持ちに、スーはなんとか涙を呑みこむ。

 と、すーすーと首筋を撫でる風と短くなった髪の毛にアルが気づいたことで、スーもようやく気がついたことがあった。

 そう、アルの髪型である。

 彼に「新鮮だな」と言われ、思わず返答しそうになったスーはあわてて首を振った。

(ど、どうしよう……わたしったら……『アルさまもいつもと髪型がちがいますね』だなんて言おうとして!)

 と、内心スーはどぎまぎしていたのだが。

 正直、一目彼を見たときの彼女の心の叫びは『アルさまのおでこ!』であり、とても本人をまえに口に出せたものではない。

 その後強く抱きしめられ、しまいには「ステラティーナ」と呼ばれたときには、我慢していた涙がぽろりとこぼれた。


 ステラティーナ――それは『王族』としての名前で、最初は呼ばれることを拒んだ。もはや自分は王族ではないのだと、己に言い聞かせるためにも必要な行為であった。

 けれど、いつからだろう。心地よさを覚えてしまった。彼の口から自分の、その長い名前を呼ばれるたびに、あまいよろこびが胸の内からわきあがる。

 望んでは、いけない。いけないのに――

 隣にいたいと、傍にいれる地位にいたいと、思ってしまうことは、罪深いだろうか。


(アルさま、できれば、ずっと――)





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