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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅱ albus war-白い罪と戦争-】
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第百十五章 抱く紋章



第百十五章 抱く紋章



†▼▽▼▽▼▽†



 カスパルニア王家の紋章は、王冠を戴いた空想上の動物である。その動物に交差するように剣が、そして花を纏った蔓が絡まり、紅蓮の国旗に描かれ輝いている。

 朝。アルは目をあけ、鏡のまえで立ちすくむ。見えるのは、己の醜い痕。

 スーのいない王宮では、アル付きの侍女はいない。そもそも、みな怯えるし、なによりアルの身体にある奴隷の印が見られるのは憚れるため、昔からひとりで目覚め、着替えも湯浴みもすべてひとりでしていた。だからそれほど苦ではない。

 暗がりの部屋に、窓からうっすらと差し込む朝日は、戸惑うことなくアルの背をさらした。闇から浮かび上がる烙印に、アルは無意識に奥歯を噛む。


(怯えるな)


 目をとじ、強く心のなかで吠える。

 これからはじまるのは、遊戯ゲームではない。扱う駒も、生きた兵士ニンゲンだ。

 戸惑えばそれが命取りになることだってある。ためらう必要はない。

 過去の抗争で人を殺めたこともある。極力避けたとて、ついこの間も他人セルジュイノチを奪ったではないか。

 ふいに、手のひらに痛みを感じて目をあける。無意識に拳を強く握っていたようで、爪で傷ついたあとがじんわりと鬱血していた。


(王になろう。この国の紋章を背負い、恥じないくらい)


 そして、認めさせよう。母が幸せであったと。


 ふたつの想いが、アルのなかでせめぎ合う。なんのための戦か、と問うてくる。

 それでも今は、がむしゃらに進むしかできなかった。







†+†+†+†+ 


 執務室で書類やらとにらめっこをしていたアルのもとへやってきたのは、意外なことにユリウスであった。帰還してから顔をあわせていなかったが、彼には除隊した騎士に再びつけている。ある程度力が見えれば、さらに位もあげる手はずになっている。

「なにか用か」

 ノックのあと、返答も待たずに顔をのぞかせたオレンジ頭に、アルは容赦なく冷たい声をかけた。

「用があるから、きたんだ」

 昔と変わらずの言い草に、アルはちょっぴりだけほほえみそうになって、あわてて眉間のしわを深める。

「さっさと要件を言え。俺は忙しい」

 山積みの書類の数々を剣呑なまなざしで見やり、「よくやるな」とぼやく。彼は根っからの武人というか、書類仕事はからきしだめであった。ユリウスはそっと身体を部屋へ滑り込ませ、後ろ手でドアを閉める。

「まずは礼を言う。再び騎士の仕事につけて、よかった」

「実力はあるはずだからな。使えるものは使う」

「……相変わらず、王子さまは変わらないな」

 いかつい顔に、すこしだけ苦笑がまじった気がして、アルは落ち着かなくなった。知ってか知らずか、ユリウスはつづける。

「グレイク隊長も、ロイ隊長も変わってない……いや、変わったな。みんな、すこしずつ……進んで、動いて……」

 視線を遠くへやり、緑がかった灰青色の瞳がゆっくりと細まる。声はほとんどつぶやきに近かった。

 アルは次の言葉をじっと待った。暖炉のなかで、炎が揺らめき、ぜる。


「アル王子、アンタも変わったよ」

 瞳が、まっすぐにアルを射止めた。

 しばし、ふたりともじっとして動かなかった。

 沈黙を破ったのは、ユリウスだった。

「変わらないところも、変わったところも、ある。それで、いいんじゃないか」


 アルは無言のまま、頭のなかでユリウスの言葉を繰り返していた。

 人は変わる。そして変わらないところもある。すべて含め、それが今の『彼ら』なのだ。

「俺たちの関係も、変わらない。だけど同時に、変わるんだ――俺はもう、短気でヘマはやらかさない」

 ニッと笑んだユリウスは、かつての悪ガキのような表情で言い切った。

「王子さまがまた俺らを友人と呼べるくらい、働いてやらぁ」

 だから、と八重歯を見せて笑ったまま、ユリウスはアルを見た。

「アンタも、大事なモノは手放すなよ」

 それだけだ、と肩をすくめ、オレンジ頭は意気揚々と部屋を出ていった。去り際、「いらないなら俺がもらおうか」などと軽口をたたいて。


 衝撃がアルを襲う。ユリウスの言葉にではない。己の心情に、だ。


 彼の口が『大事なモノ』と言った瞬間に『赤毛の少女』を思い浮かべ、「いらないなら俺がもらう」と言われた瞬間に思わず立ち上がり「渡さない」と口走りそうになったのだから。

 呆然としたあとで、自分の口をふさぎ、力なく椅子へ倒れこむ。

(これは……重症かもしれない……)

 他人に心を占められるのは癪なのに、なぜか心地よい気がして動転する。

 赤い燃えるような髪に、引き込まれそうになるほど澄んだ瞳……手を伸ばし、触れたい。あの白い肌を蹂躙したい。そうすれば、どんな声で啼くのだろう……

 と、そこまで考え、ハッと我に返る。

 ぼうっとしていると、ついつい危ないことまで考えてしまうのは、忙しいせいにちがいない。

(それもこれも、ランスロットが不在だからだ)

 自分が命じたくせに、完全なる八つ当たりを込めて、アルは恨めし気にため息をつくのであった。








†+†+†+†+ 


 戦前――

 天幕を張り、その場を陣とした。

 カスパルニア王国は周囲を森に、そして北から東にかけて海に囲まれているとはいえ、南はメディルサ大軍帝国が、北西にはベルバーニが悠然と構えている。悪くいけば挟み撃ちにされてしまうが、もしも援軍を望めるならばシラヴィンドが南のメディルサを抑えてくれるだろう。本隊をベルバーニ側へ向け、カスパルニアは戦に臨む。

 このときばかりはランスロットの父親・アーサーも、かつての英雄として軍事に参加することとなった。

「お久しぶりです。ともに仕事ができること、うれしく思います」

 グレイクが丁寧に頭を下げた。すると、それに応えるようにアーサーは軽く笑う。

「固い挨拶はあなたらしくないがな」

「たしかに、ちょっと不気味ですね」

 鷹揚に頷いたのはロイだ。グレイクと肩を並べアーサーのもとまでやってくると、こちらは恭しくお辞儀する。

 そんな上司と同僚に、グレイクは後ろ頭をかいて肩をすくめた。

「たまには仰々しい挨拶も礼儀だろ?」

「あなたの場合はおかしく見えるんですよ。それより久々にアーサー殿とご一緒できるからといって、あまりはしゃがないでくださいね」

 まるでこどもを叱る母親のようなロイにグレイクは再度小さく肩をすくめた。

「で、ランスロットから連絡はあったんですか」

「いや、こちらにはまだ……まったく困った息子だよ」

「だが、あいつは王子を裏切らない」

 ニヤリと口角をあげ、グレイクは猛禽類のように獰猛なまなざしを光らせた。

 彼らには彼らなりの信頼がある。それは今までに培ってきた絆であり、人柄であり、記憶であり、そういったものすべてから信頼できると信じているのだ。

 アーサーはかすかに誇らしげな笑みを見せ、頷いた。

「なれば我々がやることはオノずと見えてこよう。カスパルニアを護りぬこうぞ」

「こちとらソティリオ前陛下の戦場を生き抜いてきた古参がいるんだ。負けるわけねぇ」

 たしかに、アルの父・ソティリオの時代は戦に戦を重ね、戦乱に明け暮れていた。直接戦争に参加した者もいれば、その者を師と仰ぎ指導を受けた者もすくなくない。グレイクもロイも平定の際には参加したこともある。

 そして心強いことに、フィリップ王子の右腕と謳われ、ソティリオにも覚えのよいアーサーが軍事に携わってくれるのだ。聞けば、かつてともに城に君臨した魔導士・イライジャまでもが重用されている。

 思わず武者震いしてしまうのは、騎士のサガというものだろうか。

 とにかく、すごい顔ぶれが集うということは傍目にも丸わかりであり、集められた騎士たちの目には不安よりも熱望のほうが色濃かったのだった。

 ともすれば、戦士たちはかつてない熱気に酔っていたのかもしれない。

 さんさんと降り注ぐ太陽の光が純白の雪景色に反射し、鋭いナイフのごとく辺りを照らしていた。



 地図を広げた周りにそれぞれ集まり、顔を突き合わせて軍議は開かれた。

「本隊はこれで全部か……心配なのは抑えの軍ですね」

 ロイは南へ配置されているメディルサ側の兵を思い浮かべ、つぶやいた。

「もし動きがあれば早馬をよこすように言っていますが……援軍は期待できるでしょうか」

「なるようにしかならねぇが。ま、救われたのはユリウスが戻ってきたことだろう」

 なんでもないようにグレイクが軽く言うので、思わずロイも細い糸目をさらに細めてほほえんだ。

 ユリウスを小隊の長に抜擢したのはアルである。もともと気さくなユリウスの人柄と、訓練所で見せてい巧みな剣さばきに、他の兵からも文句はなかった。

 ランスロットがいない今、万全を期していないことは否めない。グレイクやロイをメディルサ側へ割くことも難しいし、アーサーが抜けることもかなりの打撃になる。そこでユリウスが選ばれたわけである。彼を沈黙を守りつづけるメディルサ側へ、要となる本国へイライジャを置き、イライジャには国の守護を任せながら、ユリウスとの連携を頼む。

 こうしてそれぞれに役どころをあてはめ、常に連絡を取り合いながら国を護り、攻めていく作戦である。

「それにメディルサにはランスロットがいっているんだろ?それならあっちは簡単に攻めてこれまいよ」

「そう願うばかりだな」

 グレイクは実に楽観的ともとれるが、沈痛な面持ちのアーサーを励ますように笑みを浮かべたので、その理由は火を見るより明らかだ。アーサーは顔をひきしめ、頷く。

 厳しい戦いになるだろう。それでも、戦わなければ。

「それにうちには元側近に返り咲いた腹黒もいることだし。公爵家もあれで人脈が広い。なんとかなる」

 それほど親交のないクリスを腹黒呼ばわりし、かっかとグレイクは哄笑した。

「俺たちは俺たちの仕事をすりゃいい。ともかく、詳しい作戦はロイとアーサー殿でまとめてくれ!」

 自分はそれに従うし、異議はない、とグレイクはすっきりした顔で告げた。

「あなたもユリウスも……本当に、脳まで筋肉でできていそうですね」

 やれやれと肩を落としたあと、ロイは場を明るくしてくれた友人にすこしだけ感謝した。






今回は……アル……変態?

シリアスのはずが……コメディっぽくなる不思議(笑

とにかくアルの思考はイロイロあぶない(苦笑


*来週から『つどいし夜の宴の譚』を更新します。

リクエストがあったので(ありがとうございます)、

【第百十一章 馬上で嫉妬はおやめ下さい。】のアル視点・ランスロット視点・ユリウス視点を三章にわけて掲載します。

最近の本編はなかなか恋愛なかったので、息抜きにでもどうぞ笑

本編は軽く深刻なので休憩がてら若干コメディ(というかおふざけ)としてでもお楽しみいただければ幸いです。^^


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