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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅱ albus war-白い罪と戦争-】
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第百十二章 魔術師は跳ぶ、王子たちは動く


第百十二章 魔術師は跳ぶ、王子たちは動く



†▼▽▼▽▼▽†



 跳ぶ、跳ねる、空を――

 景色が、風景が変わる。気候も臭いも耳をかすめる風の音さえ、またたきした一瞬で変わってしまった。

「ようこそ、ベルバーニへ」

 ヌイストが腰を軽く折って告げた。そこでようやっと、スーは今自分がどこにいるのかを実感できた。

 ――ベルバーニ。シャルロ姫もといエナーシャ姫の祖国である。

 まるで夢でもみているかのような気分だ。

 スーはいまだヌイストの手に引かれていることも忘れ、ただ呆然と目前にそびえ立つベルバーニ城を見上げていた。


「ほら」


 軽やかに、跳ねるようにヌイストは歩き出す。繋がれた手に従い、自然とスーも足を進めた。

 夜空にちらちらと星がまたたいている。

 ベルバーニ城は不気味なほど静かだった。

 ふいに、スーはぴくりとも動かない衛兵たちを不審に思った。いきなり現れ城へ許可もなく侵入している自分たちに見向きもしないのはおかしいではないか。

(気味が悪いわ)

 ぽつりとそう思ったとき、頭上で両翼を広げたまま制止している黄色い小鳥を見て、スーは愕然とした。

 不動なわけだ。風がないわけだ。だって時がとまっているのだから。

「ああ、また逃げ出したんデスねー」

 スーの視線を追い、ヌイストは小鳥を目にして事もなげに言った。

「あれは王さまのペットなんですよー。まったく、鳥かごにも入れずにいるから逃げられるんです」

 足はとめず、どんどん回廊を進む。階段を登り、ヌイストはどこからともなく松明を取り出し燭台の明かりに変え、照らされた薄暗い道を進んでいく。

 人知を越えた男なのだと再確認する思いでヌイストの後ろ姿を見つめ、スーは震えを抑えることで精一杯であった。

 やがて足がとまる。ベルバーニ王の部屋であった。

 ここでもやはり護衛の見張り兵士は微塵も動かない。ヌイストは気にすることなく扉をあけ、そのまま寝室へと直行した。

 もちろんスーも連れられているわけだが、もはや現実味をまったく帯びていない出来事の連続に頭は鈍く、足がもつれる。

 よろけたスーの腕を引き上げ器用に直立させ、ヌイストは満足げにほほえんでベッドを示した。

「ま、こんな夜更けですからね。ご覧のとおり、王さまは眠っていらっしゃる」

「ベ、ベルバーニの王さま……?」

「もちろんです。夜中に寝所へあがり込むのはレディーとしてどうかというところですが、仕方がないでしょう」

 自分が連れ込んだくせに白々しくそう言い切ったヌイスト。けれど、もはやスーには言い返す気力もない。

 途方もないことをしでかしているのだから。

 ふむ、と小さく唸ると、ヌイストはふいに手をかざした。そのまま顔の横でくるりと手首を捻る。

 ばっと炎がともる音がはじけ、同時に部屋全体が明るくなった。

 まぶしさに薄ら目をあけ声をあげる男がひとり。眉間にしわの刻まれた、とても老けた顔をしている。

 彼が、ベルバーニの王……。

 スーはぐっと拳を握った。






†+†+†+†+


 ベルバーニ王はシャルロと目元が似ている。

 夜分の訪問であるにもかかわらず、ヌイストを見るなり王は衛兵も呼ぶことなく部屋のソファへ誘い、さっそく話を聞いてくれることとなった。目の前にいる国王に緊張しながらも、たった今スーは自身の身分を打ち明けたところであったのだ。

「して、そのカスパルニアの召使がなにをしにきたというのだ」

 片方の口端をわずかばかりあげて王は尋ねた。スーはごくりと生唾を飲み込む。

「シャルロ姫……いえ、エナーシャ姫の最期をお伝えに参りました」

 それまで微塵も変わらなかった王の瞳が見開かれ、すぐに動揺の色が見て取れた。

(もしかして、王さまはシャルロ姫とエナーシャ姫が同一人物であるとわかっていなかったのではないかしら)

 思わず振り仰ぐと、ヌイストがにっこりと笑みを見せた。

「ま、そういうことです。王には暗示がかけてありますから」

「そ、それはどういう……待て!ヌイスト、それはどういうことだ」

 途端に語尾を荒らげる王。ヌイストは肩をすくめ、仕方ないとばかりに指を鳴らした。

 瞬間、王の眼がとろんとする。口は緩み、視線は宙をさ迷った。

 やがて、ハッと正気になった王の顔色はみるみる変わる。

「思い出せました?なにも、かも」

 ニンマリ、と口の両端を引き上げたヌイスト。怒りか悲しみか、がたがた震え出す王を見ても微塵も揺らがない。

 スーは唐突に、悪寒を感じた。


(この人は、なんて――)


 薄情だとか、人でなしだとか、そういうものではない。ただゆるゆると愉しそうに微笑を浮かべ、劇の一幕でも見ているかのような目をする。その瞳の奥には、どうしたって届きっこない闇がひそんでいるというのに。

 怖い、と改めて思った。









†+†+†+†+


 ユリウスにとってあまり居心地のよくない男二人旅は、アルの終始心ここに在らず状態で幕を閉じた。

 おおよそは和解らしきものをしたといっても、ユリウスはあとからふと、思い至った――あいつ、反省してんのか、と。

 たしかに、果てしない勘違いをした自分が悪い。だがしかし、あのひねくれ王子は、あいつは拒絶することの愚かさをわかっていないのだ。拒絶し、護ろうとする精神は立派だが、俺は認めねぇ、頼るのが筋だろ――友達なら、と。

 青臭いなとは思いつつ、いつかこの慌ただしさが平定したら、思いっきり頬を殴ってやろう。王になってからだとややこしいから、そのまえに……なんて物騒なことを胸の内に仕舞い込み、ユリウスはアルとの二人旅を終えたのであった。




 城はひどい騒ぎになっていやしないかと勘繰られたが、幸か不幸か、クリスの首尾により王子の帰還は内密に行われた。

「ご旅行はいかがでした」

 にっこりと甘いマスクでほほえみながらアルを出迎えたクリス。しばし悪寒を感じたが、アルは努めて無表情を貫く。

「それより、おまえはいつ戻ったのだ」

「ええ、つい先日ですよ。王子と連絡が途絶えてこちらは徹夜で戻ったのに姿が見えず、極秘で捜し回ったことなどお気になさらず」

「……そうか」

「はい。密偵を放ち見つかったと思えばどこぞの国に単身乗り込み投獄されたとか、そんな馬鹿な話は信じられませんよね。そんな間違いだらけの報告してきた密偵には厳しい罰が必要ではありませんか?」

 アルはクリスの顔から目をそむけた。ひたすらにっこり笑いをつづけ毒をはかれるのは少々堪える。

 小姑にねちねち文句をつけられたような心地のまま、アルはひとつ咳ばらいをして話題を変えた。

「小言はあとで聞く。まずはやらねばならないことがある」

「と、言いますと?」

 さっと顔色を変え、瞬時に主の意向を鑑みようとする様はさすがといえよう。

 アルは頷き、口をひらく。

「今の城の状況、大臣たちの仔細を教えてくれ。きっと戦は避けられない」

 なれば、燻っている混沌をどうにかしなくてはいけないだろう。外敵と戦うのに内に敵がいるようでは片腹痛いこと限りない。

「準備が整い次第、対ベルバーニの参謀を幾人か任命する。状況に応じてはメディルサも相手取る必要があるだろう」

 アルの言葉を吟味するように聞いていたクリスは、やがて了解とばかりお辞儀した。

 一度部屋を出て戻ってきたクリスの手には何枚もの書類が握られていた。詳しいことは話すより読めということだろう。

 わざわざクリスがまとめあげたならば効率はいいはずだ。アルは素直に従い分厚い報告書へ目を通した。

 オーウェンは三日ほど前に砂漠の国から帰国していたらしい。シラヴィンドを従えるという名目で国を出ていったのに手柄はなにもない帰りでさぞかし惨めだったであろう。しかし、大臣の言い分はこうだ。


『カスパルニア内部に内通者がいる。その者に邪魔され交渉は決裂。加えて砂漠の蛮国は高貴のかけらもない賎しい国である。ベルバーニもろとも侵略して屈服させるのがよい』


 署名はオーウェン大臣と、それからラーモンド家頭首のサインがあった。

 顔をしかめたアルだが、次の報告書にクリスの考えが記されていたので読み進める。


『オーウェン大臣はラーモンド家と随分前より手を組んでいる模様。密偵によればラーモンド家は爵位をもった家々と盟約を交わしているらしい。動きに注意が必要である』


(動き出したか……)

 目立つことのなかったラーモンド家であるが、ここ最近力をつけてきている。否、むしろ隠されていた力が明るみに出てきたのかもしれない、という見解はクリスも持っていたようである。

 アルは無意識に挑戦的な笑みを浮かべた。

(一掃してやろう。魔の粛清と謂われても構うものか)

 決意新たに、しかし逸る気持ちを落ち着かせ、次の内容に目を移す。

 後につづいたのは大臣たちのとりとめのない意見と愚痴、街での小さな出来事や、港で人々が不穏な気配を察知し自主的に避難していることなどが綴られていた。港街といえば、ドロテアがたびたび訪れていたようだし、なにか忠告をしたのかもしれない。

「戦場になりそうな場所は……ウォール谷やグリフィス高原だろうか」

「ええ。あとはルル山脈とドッフォ丘などがあげられます。近場の民を避難させましょうか」

「そうしてくれ。港街はすでに撤退しているようだが、一応勧告はしておけ」

「かしこまりました」

 アルは頭のなかで国の地図を思い描き、国境や地理、気候などもパズルのように当てはめていく。他の候補もいくつかあげておくべきだろう。

 森や山は火を放たれれば大火事となるだろうし、船での戦はあまり得意ではない。カスパルニアの大国は文字通り広く、どこの国が敵につくか見定めねば、護りも難しい。

 辺境の地、シラヴィンドからたとえ応援として援軍がきたとしても、サダール砂漠を越えねばたどり着けないため、時間はかかる。それまで民が戦禍に巻き込まれないとも限らないし、やはり安全な場所を検討して移動させる必要がある。

 以前も王都の民の大移動を手がけたクリスだ。彼にかかればそう難しくないことだろう。

 アルはこれからのことを頭のなかでシュミレーションし、目をあけた。

「クリス、会議だ。オーウェンを呼べ」

 それから、にこりと柔らかい笑顔の仮面を顔に広げる。

「もう容赦はしてやらない。使えない駒は、捨てよう」







†+†+†+†+


 そのころ、シラヴィンド国ではちょうどレオンハルトが大きなため息をついたところであった。

「わらわの顔を見てため息とは、いい度胸をしている」

「いや、ちがうって。ただ、ちょっと心配になっただけ」

 女王サイラの生真面目なからかいに、レオは苦笑で応える。つい先日入ってきた極秘情報に、自分でも驚くぐらい揺らいでいたのだ。

 そんな彼を知ってか、サイラは実に淡々と慰めの言葉を口にする。

「お義母上と弟君のことは心配だろうけれど、今は我慢して」

「わかってる……」

 ぐっと奥歯を噛む。いかに父といえど、妻と息子を幽閉するなど信じられなかった。本当なら、今すぐにでも助け出しに自ら駆け出したい。

 だが、今メディルサに戻っても捕まって同じように幽閉されるのは必須。シラヴィンドの兵が堂々とメディルサへ赴くこともできない。

 じりじりとした焦りが身体を蝕むのを、レオは必死で耐えていた。


 ウルフォンの母親・ハンナはレオにとってはまぶしく、くすぐったい存在だ。レオの出生はそれこそ極秘もので、ハンナからすれば嫌悪すべき出来事なのかもしれない。後妻ではない、正妃という立場ながら、しかしハンナはレオを慈しみ、我が子のように愛してくれた。

 レオは父から疎まれてる、とある意味自負している。それは幼いころより父王ユーグが、自分を見るたびに侮蔑ともとれるまなざしを向けてきたからだ。しかし、一方でその侮蔑はレオではなく、己に向けたものなのではとも感じていた。

 憐みか、悔やみか、とにかく言いようのない悲しみが父のまなざしにあるような気がして、レオはすこしずつ父に顔向けできなくなっていった。

 自分の母親と父親は兄妹だ。思い出してつらくなっているのだろうか。自分を責めているのだろうか。すくなくとも、なんとなく父を責める気にも、そして同情してやる気にもならなかった。

 ただ、それをわからない腹違いの弟は不満たらたらで、兄の素晴らしさを父に説きただすものだから苦笑ものだ。そのうちユーグの侮蔑的な後悔のまなざしも消え、代わりに次期国王を見定めるような目に変わっていった。

 たしかに、ユーグは父だ。けれど、レオにとってはウルフォンやハンナのほうが、ずっと近い存在のように思えた。そんなふうに素直に受け止め、穏やかに思えるのは、今、隣にいるサイラと出逢ったことで確信となったからなのだが、それはまた別の物語である。

 ともかく、弟と王位をかけて争うつもりはなかったから、レオは自由と友とを手に入れ、ウルフォンのひそかな後ろ盾になろうと決意したのであった。



「それにしても、そなたは随分、弟君を買っているが……」

 買いかぶりすぎではないか、と唐突に問いかけられた声に我にかえって、レオはふ、とほほえむ。

「あいつは弱虫だ。へたれで、心の底から弱虫で情に熱い……裏切りはしないよ」

 穏やかなレオの答えに、サイラも満足げに頷きかえす。

「そういえば、『あやつ』もこの戦に参加するみたいだけれど」

「もちろん、逃れられないだろうし……ウィルのことだ、逃れる気などさらさらないにちがいない」

 レオは眼帯をした、元王子の海賊船長である友を思い浮かべ、苦笑する。

「うちの軍と合流させてやろうぜ」

「砂漠に海の男がくるの?」

 くっくっと声をひそめて面白げに肩をすくめる女王に、レオもいたずら気なまなざしをかえした。

「『もうこりごりだった』らしいけれどさ。手のかかる『弟』をもつと、『兄』は大変なんだ」





『兄』のレオと『弟』のウルフォン、

『兄』のウィルと『弟』のアル、

それぞれの兄弟がそれぞれ動き出します…たぶん。


男の子の兄弟ってなんか好きです。

双子も好きです。(笑)


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