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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第一部 『王宮編』
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第十一章 狭間の世界で





第十一章 狭間の世界で





†▼▽▼▽▼▽†



 気分は最悪だった。

 アル王子とのダンスは、スーにとって生きるか死ぬかの選択ぐらいに過酷なものなのだ。

 踊っている最中に足を踏まないように細心の注意をはらい、かといって下手な失敗もできない。王子と合わせながら踊ることはそれほど難しくなかったものの、緊張のしすぎで気持ちが悪かった。

 こんなとき、改めてフィリップに感謝したくなる。舞踏は貴族のたしなみだから、という理由で習わせてもらっていたが、そのおかげで救われたようなものだ。


 踊り終わると、アルはすぐにたくさんの女に囲まれたため、神経をすり減らして疲れきっていたスーは、ひとり広間を抜け出した。

 できればすぐにでも自室へ下がりたいのだが、侍女たちがきれいに着飾ってくれた手前、そういうわけにもいかない。

(どうしようかしら。もう広間に行きたくはないし……)



「ちょっと、そこのあなた」


 ため息をこぼした途端に声をかけられ、あわてて呑み込み、スーは振り返る。そしてそこにいたふたりの女性を目にし、改めてため息がこぼれ出しそうになった。

 ふたりの女性には見覚えがある。アル王子にひっきりなしにベタベタとくっついていた取り巻きのなかにいたはずだ。

 ひとりは茶色のウェーブのかかった髪で、身体のラインを強調するぴったりとした赤いドレスを着た、魅惑的な女性。もうひとりは銀色がかった髪を高く結い上げており、金色の輪のピアスをつけ、優雅なロングドレスを着ている。

 歳はたいして変わらないだろうが、あきらかにスーの方が幼く見えてしまうほど、ふたりは大人っぽく魅力的だった。


「あなた、アル王子の何なの?」

 つんとして、赤いドレスを着た女性が問う。

 なんなの、と聞かれても、スーには答えようがない。答えられるとすれば、自分はただの召使だということだ。

 スーがどう答えようか思案していると、ふたりは苛々したらしく、腕組をしてにらみを利かせた。

「あなた、どこの家の子?」

「もちろんそれなりの身分で、アル王子に近づいているんでしょうね」

(わかってて、聞いているんだ)

 スーはうつむいた。ふたりはスーに身分がないことを承知で質問しているのに気がつき、唇を噛む。

 貴族の娘はそれなりに地位を誇示したがる。それゆえ、だれがどこの家系に属するのかは、だいたい承知できるのだ。

 スーは公式に貴族たちの前に出るのは、今回がはじめてだ。彼女たちは思っただろう――あれはどこの家の娘?

 そして気づくのだ――たいした身分でないにちがいない。ならばなぜ、アル王子と踊れたのか。



「わたしは、アル王子さまの召使です」

 控え目に、スーは小さな声で言った。

「召使ですって」

「かわいそうに」

 驚き、それから嘲りを含んだくすくす笑う声がした。

「アル王子はおやさしいのねぇ。こんな小娘にも情けをかけるだなんて」

「けれど、きっとこの女は勘違いしてしまうわ。アル王子がやさしいばっかりに!」

 拳をつくり、握りつぶす。

 惨めだった。


(そんなに地位や名誉が大事なの)

 すくなくとも、フィリップはちがうとスーは思う。もし彼が王になれば、平等でやさしい国を築いたことだろう。

 息苦しさを覚え、スーはさらに拳に力を込める。富や名誉を誇示したがる人間に嫌気がさす。この城にはそんな人間しか集まらないのだろうかと思うと、苦しくて仕方がない。

「召使ごときが、調子にのらないでよ」

「あなたなんて、そこらの屑と朝まで過ごしていればいいんだわ」

 声高く笑いながら、彼女たちはそれぞれ言いたい放題言い尽すと、さっさと広間に戻っていった。

 きらびやかな後ろ姿をながめながら、その宝石で着飾ったなかに隠れる醜い一面を見た気がして、スーは悲しくなった。

(みんな、ああいう考えなのだろうか……だとしたらこの国は、なんて脆い)

 フィリップのいたこのあたたかな国を、あんな人たちに囲まれて壊したくはない。



(アルさまは、どんな国を築くのだろう……)

 いずれ国王となる主を、スーは複雑な想いで考えた。

 彼に慈悲はあるだろうか。豊かな国を築くために、民衆をないがしろにはしないだろうか。戦争をはじめたり、重税をかけたり、そんな破壊的なことは好まないだろうか。

 王子たちが謎の死を遂げた――そしてアルも今、命を狙われている。けれどいずれはそれも解決し、アル王子はすぐに王位を継ぐのだろう。そうして妃や側室を迎え、子供ができ、年老いていく。

 その間国はどのような変化を遂げ、自分はどのような位置でそれを見ているのだろう。

(わたしは、いつまで王子の召使なの?)

 ぶわりと涙が散る。ここは濃すぎるのだ。

 フィリップ王子の面影が、色濃く残っているのだ。

 彼がどんなに政策に力を入れたかったか、本当のよい国を築きたかったか、スーにはよくわかっていた。だから、彼がどんな想いで城で過ごしていたかなんて、容易に想像できる。

(兄さま、兄さま――あなたのいないお城は、ただのまやかしです。あなたの望んだやさしい国なんて、できっこない)


 アルに期待などできなかった。彼はフィリップのことがだいきらいなのだから。

 城はただの、貴族の巣窟。

 パーティーを楽しむ人々が急にばからしく見えてきた。



(――ここはわたしの世界じゃない)

 強く思い、スーはきっと自分の手をにらむと、踵をかえして歩き出した。








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