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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅱ albus war-白い罪と戦争-】
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第百八章 助っ人と侵入


第百八章 助っ人と侵入


†▼▽▼▽▼▽†



「まだ起きていたのか」

 背後から突然かけられた声に、スーは驚いてふりかえる。しかし、声の主が見知った人物であったため、すぐにほっと安堵の息をついた。

「ランスロットさんも眠れないのですか」

「いや、俺は用を済ませてきたところだ」

 スーの隣へ腰を下ろし、ランスロットは風になぶられ癖のついた黒髪をなでつける。

「見張りの位置や道のりの確認、ま、下準備みたいなものだ」

 さらりと言ってのけるが、さすが余念がない。スーは小さく感嘆の声をあげ、同時に自分とランスロットの歴然とした差を実感した。明日はいよいよメディルサ城へと出立だ。ランスロットもユリウスも自身の力を存分に使い働いているのに、自分はただついていくので精一杯だった……。

 スーがちょっぴり落ち込んだことに気づいたのだろう、黒髪の騎士はぶっきらぼうに少女の赤毛をなでる。

「アンタにはアンタのできることがある。そのときまでの辛抱さ」

 慰められたことは素直にうれしい。けれど、自分のままならない未熟さにスーは赤面する思いだ。

(でも、これはわたしの長所だわ……たくさんの心やさしい人たちが味方でいてくれる、この事実自体が)

 そっと天を仰ぐ。先ほどまで黒い曇天に隠れていた月が、ひっそりと顔を出していた。

(アルさま――)

 ランスロットもつられるように顔をあげ、月を見やる。

 そうしてふたりは、しばしの間、無言のまま、心にかける主を思い浮かべて月をながめていたのだった。






†+†+†+†+


「あっあの、み、見えません」

「阿呆、頭を出すな」

「いったいどこにいるんだか」

 三人三様、ぼそぼそと言いながら移動する。見張りの衛兵に見つからぬように屈みながら進んでいたが、なかなか目的の人物は見つからない。

 ユリウスは塀から顔をそっと出して様子をうかがったが、それを真似て躊躇なくのぞこうとするスーを一喝する。

「ったく、強固な護りだな」

「一筋縄ではいかないだろう。相手はメディルサだ。油断するなよ」

 ランスロットもつぶやくように忠告する。再び緊張感が三人を支配した。

「それにしても妙だな……」

「たしかに。慌ただしいというか、どことなく緊迫してねぇか?」

「そ、そうなのですか?」

 警備をかい潜りメディルサの領域に入り込んできた一行であるが、それはひとえにランスロットやユリウスが優秀であるからだ。スーはそれを改めて実感する。

 国境を越えるときも、王都へ入るときも、厳しい入国検査にも、彼らはあらゆる手段を使い、実にすいすいと他国へ足を踏み入れたのである。入国許可証を掠め取ったり、衛兵に変装してみたり。ランスロットなど素知らぬ顔で上司を演じて警備隊を撤退させたりしたし、ユリウスは親が商人とあって商いに関する知識には精通しており、旅の資金をうまい具合に使っていた。

 ある意味姑息であったり、とてもカスパルニアの騎士とは言い難い所業ではあるが致し方の無きことだ。背に腹は変えられない気持ちで、しかし反面彼らを尊敬しつつ、せめて足手まといにはなるまいと行動をともにしてきた。

 現在もそうだ。まず、ランスロットとユリウスは昨夜ランスロットが行った『下準備』によりメディルサの濃紺の騎士制服に身を包んでいる。目立つのはスーであったが、ユリウスが隠れた得意技――メイドを口説くという意外な所業――でメイド服を一着手に入れていたので、とりあえず城のなかはある程度自由に歩けていた。


「変だ」

 ユリウスはつぶやき様、すっと手を掲げ前方の塀を指し示す。正門を囲った塀回りの右奥に、兵士の数に偏りが生じているのだ。

「妙な配置だろう」

「たしかに」

 行き来し見回る衛兵たちだが、どうも右奥だけが奇妙に強固な護りとなっている。それは一見、まるで適を寄せつけない厳重な護りにも見えるが、ランスロットたちの見解はちがった。

「あれは外じゃない……内を気にしている護りだ」

「どういうことですか」

 つい、我慢できずスーは口を挟んだ。

 彼女からしてみれば、右奥の兵士の数に偏りがあるだとか、どこがどう常とはちがい妙なのかまるでわからない。

 はじめは口を出すまいとしていたが、とうとう好奇心のような、疎外感のような、そんな気持ちに負けた。

 ランスロットやユリウスは自分と同じ景色を目の前にしながらまったくちがう様子を見ているのだ。

 ランスロットはやや面食らったように目をまたたいたが、すぐに鷹揚に頷き言葉を発する。

「つまりだ。ふつうならば外からの敵の侵入に対しての護りが、今はなかを気にした兵の配置になっているということだ」

「つまり……」

「内からの脱走、それを警戒してる」

 ユリウスが後を引き継ぎ、真剣な面持ちで言い切った。

 スーは息を呑む。

「それは――アルさまが監禁されているということですか」

 目を見開き、信じられないという想いからこぼしたスーのつぶやきに、ふたりの騎士は沈黙を守ることで肯定したのだった。






†+†+†+†+


 虚空の風を切り裂き、迷いなく青い鳥がスーの頭のてっぺんに舞い降りたのは、三人三様にどうしたものかと再び頭を捻ってからほどなくしてのことだった。とりあえず作戦を立てようと、衛兵の死角になる物置部屋の影を発見し、そこに身を寄せていたときだ。

「これはまた見事な芸当で……」

 優雅に少女の赤毛に降り立った鳥に、生真面目なランスロットがそう口にした。当たり前のようにバサバサと羽ばたきし、スーの頭を定位置と決めた青い鳥は、快く騎士の言葉を受け入れたのか頷くように首をもたげる。それは実に滑稽な光景で、ひとり全貌をながめることのできていたユリウスは思わずふいてしまったのだけれど。

「手紙を携えているようだ」

「なんだって?」

 頭上で行われる会話に、スーはただ目を見開き堪えて待つしかない。それもこれも、すべて頭にのっかっている鳥のせいだ。

 話に加わろうとスーがすこしでも動くものなら、居心地の悪くなった鳥は癇癪を起こすように羽音を激しく響かせるのだ。

 よってスーは、自身の頭を陣取る鳥の姿を見ることすらできず、止まる枝のごとく沈黙を貫いたのだった。

 もし、ここですこしでもランスロットが『レオン』だと申していたなら、またはその鳥の姿を目にすることが叶ったならば、スーは怯えなどしなかっただろう。しかし、悲しいことに、彼女自身、自分の頭に居座るのが何者なのかわからず、もしや恐ろしい顔の禿鷹なのではだとか、そういった妄想にとらわれていた。

 そんなことはつゆとも知らず、ランスロットは心内で『たしかウルフォン王子が伝令に使っていた鳥だな』とひとり納得し、差し出された鳥の細い脚からくくりつけられていた紙を取り外した。

「知り合いからか?なんて書いてあるんだ」

 興味津々でのぞき込むユリウスと、紙に目を走らせるランスロット。つられて首を伸ばしたスーだったが、頭上の主はそれを許さずバサバサと羽を動かし諌めてきたので、あわてて身を凍らせる。

 しかしながら、男ふたりは呑気というより薄情なものだと、いまさらになってスーは憤慨したい気持ちで思う。目の前でひとりの少女が怯え固まっているにも関わらず、彼らはスーをよそに鳥と話し込んでいるのだから。

 実をいえば、ランスロットは鳥がレオンだと知っているため、スーが怯えているなどとは考えもしなかったし、元よりそういった方面には鈍感な人間なのだ、気づくわけもない。常ならユリウスは感づいたかもしれないが、今この緊急事態に、新たな動きを前にして構ってなどいられず、なにより心では兄貴とも慕うランスロットが気にかけないのだからと無意識にそれに習っていたのだが……。

 この場所にセルジュがいたなら、女心もわかってないとナジったかもしれない。いや、むしろさらにスーを虐めようとからかったかもしれないが。

 そうこうしているうちに、手紙を読み終えたランスロットはやや血走った目でメディルサ城を見やった。

「アルが捕まった」

「えっ」

「北東の牢屋だ」

 騎士の目の先には、さきほど気にかけていた城の右側――北東の奥。

 息を呑むスー。ユリウスは眉間にしわを寄せた。

「捕らえられたことは考えられなくもないことだったが……どうして」

「帰国を拒みメディルサの王子を殺そうとした――表向きの罪状らしい」

「そんな!」

 頭上に恐怖の鳥がいることも忘れ声をあげたスーに、すかさず鳥はけたたましく鳴いたが、同時に少女の赤毛から滑り落ちて全貌をさらした。

「レオン!」

 ようやっと頭上の主の正体を知ったスーは、ふたつの意味でほっと胸をなでおろした。

 頭の上にいたのは恐ろしい生き物ではなかったこと。そして、レオンを遣わせたのがウルフォンならば、アルは決して罪状のような暴挙を起こしたはずがないということ。

「すぐに殺される心配はないだろうが、ともかく無事をたしかめたいな」

「なら、王子の居場所を見つけたら二手に分かれるのはどうだ?」

 ユリウスの提案に、ランスロットはすぐに頷く。

「よし。じゃあ俺はふたりが王子を助けている間に城のなかを探るぜ。逃走経路の確保もしとく」

 嬉々として悪戯を思いついたこどものように八重歯をのぞかせ笑うユリウスに、ついランスロットも頬を緩めた。

「頼むぞ」

 固く交わされた男たちの決断。またしてもスーは置いていかれたままで、仕方なしにレオンのうつくしい羽をなでることで気をまぎらわせるのだった。






†+†+†+†+


 そうして各自決意を新たに北東の根城へ移動した。強固な護りをどうやって突破したかといえば、再び飛び立ち帰ってきたレオンが大いに活躍してくれたのだ。

 すさまじい声で鳴いたかと思うと、色とりどりの鳥の大群が衛兵たちを襲った。レオンが連れてきたのだろう、青い鳥の命令に従い、騎士のように統率の取れた動きで兵士たちを錯乱させていく。

 急なことに驚き対処しようとした兵たちであるが、レオンを目にして、それが王子の所有物であると知ると迂闊に手が出せない。

 そこでランスロットが堂々と登場し、告げる。

「ここは任せて、ウルフォンさまをお呼びしろ」

「し、しかし!殿下は謹慎中であると……」

「この青い鳥は殿下にしか従わない。これでは警備もままならないだろう、はやくしろ」

 ド派手な色の鳥たちは、うまくランスロットの顔を隠している。飛び交う鳥に、兵は手も足も出ない。

「口答えをするな。さっさと行け」

 なかば怒鳴るようにユリウスが一喝し、吠える。「俺たちが責任をもつ」という頼もしい言葉に、兵も心が揺れたのか、「ではしばし!」と言って駆け出していった。

 まんまと進入できた一行。しめしめと笑うユリウス。スーはなんてハチャメチャな人たちであろうと思いながら彼らにつづいた。







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