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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅱ albus war-白い罪と戦争-】
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第百五章 ひつじのおやこ



第百五章 ひつじのおやこ



†▼▽▼▽▼▽†



「お久しぶりです、アルティニオス王子。僕は――あっ!」

 ウルフォンがなにかつづけようとするのを待たず、アルはさっさと足を進める。

 放心状態で案内させていたが、衛兵に囲まれていたことからも幽閉されてもおかしくはない状況だったのだろう。

 ここはあくまで敵地。油断などできなかったのだ。

「ま、まま、待ってください!」

「案内はいらない。道くらいわかる。心配せずともすぐに帰ってやるさ」

 一刻もはやくこの国を去ろう。ユーグ国王の調子を見る限り戦争は避けられない。なれば、やることは決まっている。

 自分の目でたしかめたかった。母の兄が本当にカスパルニアを攻めるつもりなのか。ウルフォンらが本当にこちらへ刃を向けるのか、己の目で見たかったのかもしれない。

(なんて、あまい……)

 容赦などいらない。情けなどかけたほうが馬鹿なのだ。そして、情けをかけてもらおうなどという考えも。

「話を聞いてください!ち、父上とお会いになったのでしょう?僕もアル王子とは話をしたかったのですが……あ、兄上とも連絡が取れないし……手段もなくて……うぅ」

 信じるな。耳を貸すな。回りすべてが敵なのだから。

 裏切られるというのは、信頼しているから起こるミスなのだ。ならば最初ハナから信用しなければいいだけのこと。

 単純で、明快。いらぬもの、邪魔なものは排除すればいいだけのこと。


 ――そうやって、あの赤毛も手放したじゃないか。


 ふと、無意識に頭をよぎった少女の姿に、アルはきつく奥歯を噛みしめた。

 


 足を止めたアルに追いついたウルフォンは、顔を真っ赤にさせて、肩で息をしていた。そして勢いよくアルの肩に手をかけ、ぐっと押す。

「僕は裏切ったわけじゃない!」

 金切り声に近い声音でウルフォンは吠えた。思わずアルは言葉を失い黙り込む。

「アル王子、あなたはお忘れか!僕の言葉を――それとも信ずるにアタイしなかったのですか!」

 怒り、そしてひどく傷ついたような複雑な表情でウルフォンは叫ぶ。言ったあとで口元を引きつらせ、やや自嘲めいてうつむいた。

「……すくなくとも僕は、本気だった……本気で、言ったんだ……」

「おい、俺は……」

 ウルフォンの声がにわかに震えはじめ、ただならぬ様子を敏感に察知したアルは、素に戻って声をかけるも、時すでに遅し。

 ひく、としゃくりあげたかと思えば、どばりと涙を流すメディルサ大軍帝国の王子の姿。黙っていれば狼と例えられるほど冷酷そうな雰囲気をかもし出す彼が、羊さながら男泣きする様はなんとも奇妙だ。

 テンパったのはアルだ。こんなつもりではなかったと、理不尽な気持ちで慰めようか、放っておこうかと考える始末だ。

「……ぜ、絶対に……ひ、ひとりには、しませ、ん!」

 ウルフォンは必死で涙をぬぐいながら言葉を紡ぐ。

「ピンチのと、ときくらい……あなたの、せ、背中は……僕が……」

 アルは、伸ばしかけた手をそのままに固まった。雷に打たれたような衝撃が走る。

 たしかに以前言われた――ルドルフの策略で孤立無援状態の折り、兵を率いて援助にきてくれた。そして背を預けた状態で言われたのだ。『背後をお守りしましょう』……と。


 アルは静かに息を吐き出し、小さく笑った。

(……たしかに、狼かもしれない)

 残虐なイメージのある狼だが、本来は非常に仲間意識の強い動物だ。常に群れを守り動く獣。

 腕をおろし、しばし奥歯を噛みしめ自身を鼓舞する。

 らしくないのは、今更だ。

「……もう、いい」

 踵を返し、アルは再び歩き出す。

 もう、たくさんだ。

「貴公は……自分の道が見えているのだろうな」

 うらやましい、というつぶやきはだれの耳にも入らない。

 人に期待することなどしたくない。信じてみたいなどと思わせてくれるな――。


 それなのに。


「ま、待って!」

 ぐじぐじと泣いていたウルフォンは涙をぬぐい、再び歩き出したアルにハッとなって声をあげる。

「アル王子、まだ話は終わってませんっ」

 キッと顔をあげてウルフォンはアルを追う。一向に耳を貸さないのにもめげず、メディルサの王子はあきらめることなく彼を追った。

「ち、父上の態度を詫びさせてください。それで機嫌が悪いのでしょう?」

 とうとう足を止め、アルは振り返る。必死で言葉を探しなんとかしようとしているウルフォンを見て、なんだか自分がひどく幼く思えた。

 叔父――といってもいいのだろうか、母の兄に冷たくあしらわれたからなんなのだ。あたたかく迎えられるとは最初から思っていない。穏やかに母の昔話などを聞けるなどと期待していたわけではない。

 蔑ろにされて当たり前なのだ。自分は、愛する妹を奪った男のこどもなのだから。

(なにをカッカしていたのだ、俺は)

 馬鹿らしい、と頭を振り、咳ばらいをして気まずさをなんとなくごまかしてみた。

「気にしていない」

「そうですか……よかった」

 アルの気まずさを感じたのかそうでないのかはよくわからないが、とりあえずウルフォンはほっと胸を撫で下ろして、わずかに表情を緩める。

「ここ最近、父も機嫌が悪いのです。兄が……出ていったせいもあるかもしれませんが……きっと僕の不甲斐ない様にあきれているのだと思います」

 そう言ったウルフォンはしょんぼりと肩を落とし、捨てられた子犬のような無垢なまなざしを向けてくる。たまらずアルはたじろいだ。

「ウルフォン王子、僕にはなにも――」

「あなたしかいないんです!」

 嫌な――というより面倒な気配を直感し、『王子の仮面』をかぶって先手を打つつもりのアルだったが、それにかぶせるようにウルフォンが訴えた。そして二の句をつがせぬ勢いのままつづける。

「やはりあなたは兄上と似ております!敵国であろうが自国が危ういだろうが構わずに自ら動くその自由奔放さといい、身勝手さといい、怖いもの知らずで……」

 アルは軽く目眩を覚える。ウルフォン本人は褒めているつもりなのだろう、次第に顔をほころばせ、白熱した勢いで勝手にしゃべっている。

「特に嘘をつくときの表情とか、一線を引いた笑みとか……ひどい船酔いをするところもそっくりだと耳にしましたし。ああ、それに」

「……まだなにかあるのか」

 頭に手をあてため息まじりに、とうとうアルが口を挟む。これ以上聞いていられなかった。

 ウルフォンはゆっくりと視線を戻し、今度ははっきりとアルの青い瞳を見つめて口をひらいた。

「あなたたちは――自信に満ちあふれているようで、でも実は寂しがりやだったり……そんなところが、そっくりです」

 思わず、息をつめる。完全に不意打ちだった。

 くすくすと笑いながらウルフォンは肩をすくめる。

「あながちまちがってはいないでしょう?だから僕は言ったんです――改めて、あなたの背中、僕にも任せていただけないでしょうか」

 まっすぐな瞳に、気圧された。

 やがて息を吐き出し、気持ちを新たに引きしめ口をひらく。

「では、改めて問おう――貴公の真意は、なんだ」

 アルの問いかけに、ウルフォンはごくりと生唾を飲んでから、しかし強い意志を感じさせるまなざしできっぱりと言い切った。


「あなたを助けたい」


 ウルフォンが利益を求める男ではないことくらいわかっている。けれど戦は好まない性であろう彼は、いったいなにを目論んでいるのか。メディルサを裏切るわけはないだろう。しかし彼は「背中を任せろ」と言ったのだ。

「おまえは……なにがしたいんだ」

 ほとんどつぶやきに近かったアルの問いかけに、ウルフォンは満足げに頷く。

「そう、だから僕を助けてください」

 にっこりと笑うメディルサの王子を目にし、とても心外なことではあるが、アルはレオンハルトの心情がいささか理解できた気がした。そして同情もした。








†+†+†+†+


 ウルフォンはまるで悪戯をするこどものように、見るからにわくわくとしていた。「まずは作戦会議ですね」と言うなり落ち着かなげに辺りを見回し、アルを連れて歩き出す。

 彼はアルを『助けたい』、と言った。しかし、どうすればいいのか自分では思いつかないし、それではなにもできない。だから一緒に考えてほしい、と言うのだ。そういう意味で、ウルフォンは『アルを助けるために僕がなにをすればいいのか考えるのを助けてください』と言ったのだ。

 場違いにも、アルはこの男を城のなかとて野放しにしておけるメディルサが恐ろしくなった。スーならほほえましいと言うかもしれない、なんて考えが頭をよぎったが、すぐさま打ち消す。

「あなたを帰さず勝手に客人として迎え入れていると知れたら、僕は怒られるかもしれないなぁ……」

 歩を進めながらぶつぶつとウルフォンはぼやく。されどその表情はどこか晴れやかだ。

「一度してみたかった……反抗期って、こんな気分なのかなぁ」

 内気そうで臆病者と思われたウルフォンであるが、実はただの天然なのかもしれないと、アルは密かに彼への見解を改めたのであった。





 ウルフォンに連れられ向かった先は、ひとりの女性の部屋であった。

 全体的に落ち着いた雰囲気の部屋ではあるが、淡いピンクで統一され、使用されている小物にはレースやフリルが多い。おそらく年頃の若い娘の部屋であろう。

 ウルフォンには妹か姉でもいるのだろうか。そうでなければ、恋人だろうか。ともかく気心のしれた仲であるのは明白である。

 彼は慣れた様子でノックし、部屋へ入り、アルをも招き入れた。


「いらっしゃい」


 奥から現れたのは、ひとりの少女。くすんだマロン色の髪をゆるく横に束ね、淡い紅色のかわいらしいドレスに身を包んでいる。彼女は訪問者にふんわりとした笑みを見せた。

「こちら、カスパルニアの第六王子・アルティニオス殿です」

 部屋と彼女へ気をとられている隙にウルフォンが紹介する。あわててアルも軽く腰を折った。

「お初にお目にかかります、僕は――」

「まぁ!本当にきれいなお顔!」

 と、アルの言葉を遮り、少女はきゃぴきゃぴと興奮気味にしゃべり出した。一見十代の少女とタガわない人物だ。目をきらきらさせ頬を桃色に染めて、アルを興味津々に穴が空くほど見つめてくる。

「それに、レオちゃんとそっくりなせせら笑いね!」

 彼女の勢いに思わずたじろいだがすぐさま笑顔の仮面を纏えば、「せせら笑い」と言われる始末。それも、レオちゃん――レオンハルトであろう人物――、とそっくりときた。

「どうしましょう!わたくし、なんだがウキウキしてきましたわ!」

 だれかを彷彿とさせる女はくるりと華麗にターンし、自身の胸に手を当てて深呼吸する。芝居がかったような、大袈裟な動作だが、様になっている。

「そう、きっとそうよ!レオンが戻ったらすぐにでもレオちゃんに手紙を書かなくっちゃ!」

 この盲目的な振る舞いには覚えがある。

 アルは、彼女はきっとレオの幼なじみかなにかだろうと堪くぐった。ウルフォンが兄に対するのと同じテンションだったからだ。

 しかし――


「是非わたくしにも協力させて。ね、アルちゃん!」


 くるりと振り向いたかと思えば、彼女はあどけなさの残る笑みをのぞかせ、アルの手を両手で包み込み、そう言ったのだ。

「大事なレオちゃんのためにもなるなら、わたくしもがんばるわ。協力を惜しまないわよ」

 いいでしょう、アルちゃん、とつづけた彼女に、アルはただ呆然と頷くしかなかった。

(勘弁してくれ)

 この歳で『アルちゃん』などと呼ばれるとは思わなかった。レオンハルトの幼なじみにはついていけそうにない。

「ウルフォン、さっさと計画を立てるわよ!ユーグが行動する前にね」

「はい、母上!」

「まずは人員の確保が必要ね。それから……」

「ちょ、ちょっと待て――待ってください」

 聞き捨てならない台詞を耳にし、アルはあわてて興奮して話し合うふたりに割って入る。


 今、なんと言った?


「なぁに?なにか不満が?」

 怪訝そうに首を捻る女性は、たしかに十代――スーとそれほど違わない年齢に見える。

「今、なんと言いましたか」

「え?人員の確保が――」

「その前です」

 彼女は言った。メディルサ国王を、『ユーグ』と呼び捨てにした。そして。

「ウルフォン殿下……今、あなたは、この女性をなんと?」

 メディルサ国王の息子は言ったのだ。花の乙女にしか見えぬ目の前の少女を――


「母上……ですが」


 なにか問題でも?と親子そろって首を傾げる。たしかに、その動作も雰囲気もうりふたつである。

(本当に……勘弁、してくれ)

 アルは脱力し、なんでもない、と答えるのに気力を振り絞らなければならなかった。それで精一杯だった。





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