表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国の花名  作者: 詠城カンナ
第三部 『花畑編』 【Ⅱ albus war-白い罪と戦争-】
103/150

第百三章 久方な顔触れに

あけましておめでとうございます!

今年も元日に更新することができました。


ここ最近はストックとの戦いでしたが、まだまだつづきそうです(笑


では、王国の花名も、あともう少しで終わりかなと思いつつ突っ走って参ります。

ま、まだまだつづきそうですが(笑


では、今年も王国の花名をよろしくお願いいたします!




第百三章 久方な顔触れに



†▼▽▼▽▼▽†



 シラヴィンドへアル不在の報告書が届くより時をすこしばかり遡る。


 真っ暗な部屋のなか、すこしの光で報告書を読み終え、アルは息を吐いた。

「第一騎士はシロ。『猿』は行方不明……か」

 つぶやき、さらに無意識に入れていた肩の力を抜く。クリスから、裏切り者はどうやらランスロットではないらしいという情報を受け取り、安堵した自分を他人事のようにおかしく思う。

 また、『猿』――アルが『買って』手駒としていた女・デジルの行方は、あの日以降わからずじまい。彼女をスーへつけて護らせていたあたり、自分はとことん執着しているのだと、アルは自嘲気味に笑った。

 裏切り者の正体はいまだ不明だ。ランスロットではないということは吉報ではあるものの、犯人がわからずじまいでは手も足も出ない。さらにややこしい。

 引きつづきクリス、ひいてはリオルネの公爵家へ裏切り者の正体を追わせ、アル自身はとある想いを心に決めていた。

 今、ある意味城に邪魔者はいない――クリスは公爵家へ使いにいっているし、オーウェンは砂漠の国へ進行中だし、ヌイストも『休暇中』である。なれば、替え玉を置いてひとりカスパルニア城からいなくなったとて、口うるさくいう輩もこれ幸いと王座から引きずり降ろそうという輩もいない。他国とて、今この時期に王子自ら不在となるとは考えないだろう。

 アルは決めていた――単身、メディルサ大軍帝国へ赴こうと。






†+†+†+†+


 スーがランスロットとともにシラヴィンド城をあとにし、砂漠を抜けて数日。国境クニザカイにはどうやらオーウェンの残党と思しき輩が目を光らせているようで、海を渡ることは困難に思えた。時間はかかるが陸地を行くことを選び、ふたりは歩を進める。

 デジャブのような光景だな、とスーはふいに思う。ランスロットの黒馬に一緒に乗って揺られながら行く旅路は、かつてカスパルニア城を追われたときにも体験したことだ。

(そういえば、ユリウスは大丈夫かしら)

 結局、彼からあれ以来返信はなかった。無事であればいい。無理に付き合わせてしまったのだから、いっそのことカスパルニアへ戻り、イライジャとともに過ごしてくれていればいいが……。

 面倒見のよいユリウスのことだ。どうにかしてスーのもとまでやってきそうである。



 ランスロットが異変を察知したのは、港を迂回し、シラヴィンドの国境を超えたころだ。

 整備された森の道を進んでいたところ、前方に商いを生業とする旅人の荷馬車が見えていたが、突然歩みをとめたのだ。どうやら、数名の兵士に囲まれ、検問を受けているらしい。

 しかし、その兵士というのが問題であった。なにを隠そう、カスパルニアの制服を着ていたのだから。

「邪魔な――」

 ランスロットがつぶやき、顔をしかめる。他国での横暴な振る舞いは醜態の他なにものでもない。おそらくシラヴィンド攻略に失敗したオーウェンが、どうにかしようと模索し、国に帰らず留まっているようであったが、それにしてもやり過ぎである。 

 スーは、そっとランスロットを見上げた。のぞきこんだ顔は、無表情である。

 今、スーは馬上でランスロットの腰につかまっている状態だ。雰囲気から察するに、今まさに彼は切りかからんばかりの勢いで兵士たちに突っ込んでいきそうである。

「あ、の……ランスロットさん、落ち着いて」

「落ち着いている」

 さらりと返答した騎士であったが、無表情の下、やはり眉間のしわがわずかに残っている。

「……行くぞ」

「えっ」

「し、黙って」

 そのまま、ゆっくりとランスロットは馬を進めた。こちらは荷馬車の影になっているせいか、向こうの兵士らはスーたちに気づいていない。

 だが、数歩進む間もなく、道にひとりの男が飛び出してきた。


(――嘘!)


 見慣れた、オレンジ頭。スーはランスロットの影から見やり、その人物に釘づけになる。

「ばっかやろう!こっちへ来い」

 叫びたいのを堪えるように小声で言うなり、男は馬の手綱を引いて脇道へ逸れ、視界の悪い林の奥へと進んでいく。馬がわずかに嘶いたが、鈍いのか検問兵と業者の争い声が大きいのか、気づかれてはいない。

 大部離れ、人気のなくなったところで、ようやくオレンジ色の髪をした男は足をとめた。

「まったく、見つからなかったのが奇跡だ。あいつら、『裏切り者の騎士』を手土産にしようとしているんだぜ?」

 はぁ、と大げさにため息をこぼし、男は言う。

「どうやら、シラヴィンド攻略失敗の失態を穴埋めしたしみたいだけど……わざわざ見つかってやるこたぁねぇだろ?」

「……ユリウス……」

 ぽかんとして言葉を落とすスー。唐突過ぎる。最近は、唐突な再会がありすぎである。

 けれど、今回はランスロットも同様だ。しばし無言で、目の前の人物を信じられないという表情で見つめていた。

 やがて気まり悪くなったのか、口をすぼめ、ユリウスは視線をそらす。それでも沈黙には耐えられないのか、次から次へと言葉を発した。

「スーから手紙を受け取って……で、俺は帰るわけにも行かねえし、心配、だったし……カスパルニアの大臣がシラヴィンドへ兵を率いて圧力をかけるっていう噂を聞いたから、ちょっくら様子見してやろうとだな……」

 目を泳がせ、自分がなにを口走っているのかもわかっていないのだろう。ユリウス自身もてんぱっているようだ。

「そしたらカスパルニア側は返り討ちにあっただろ。で、見知った剣筋がいたから……まさかと思って……すんごい警戒のなか、俺、シラヴィンド城へ行ったんだ……でも、アンタらはすでに出たあとで……」

 呆けながらも、スーはきちんとユリウスの言葉を聞いていた。ただ、それよりも再会の衝撃が強すぎてうまく反応できないのだ。

 ユリウスが黙ると再び沈黙が訪れる。数回目を彷徨わせ、再び彼は口をひらく。

「ベロニカがすぐに追えって言うから……それで、俺はスーたちを追いかけて……うろついてたんだけど……そしたら、アンタらが来て……」

 これでおしまい、とばかりに、今度こそユリウスは口を閉ざした。パニックのあまり、言わなくていいことまで口走ったと思ったのか、頭をかきむしり、顔を赤くさせている。


「だああ、もう!なんか喋れ」


 文句でもあるのか、とキッとにらみを利かせこちらを向くオレンジ頭であったが、いかんせん、赤面状態である。気迫もなにもあったものではない。

 ようやく頭の整理が追いついたスーが口をひらこうとしたが、突如ランスロットがひらりと馬から飛び降り、口をつぐむはめになる。

 黒髪の騎士はすたすたとオレンジ頭へ近づき、そのままガシリ、とすこしだけ高い位置にある彼の頭をわしづかんだ。

「ラ、ランスロットさんっ?」

 びっくりしてスーは声をあげるが、構わずランスロットはオレンジ頭をかき撫でる。

「本物か……?」

 いまだ自分の目が信じられないのか、突拍子もない奇怪な行動をとるランスロット。「痛ェ!」とあわてるユリウスには目もくれない。生真面目な顔でオレンジ頭を弄ぶさまは、実にシュールな光景である。

 しばらくして、ようやくユリウスが本物であるのだと理解したランスロットは、目を見開いて感想を口にした。

「久しぶりだな。ちょっと背が伸びたか?」

「相変わらずの天然ぶりですね、第一騎士さまは!」

 嫌味たっぷりに言い切るユリウスだが、当の騎士はものともしない。

「それにしても、おまえも動くなんて、思わなかった」

「王子さまのために動いているわけじゃねぇ。俺のスミカのためだ」

 フン、と鼻を鳴らしそっぽを向くオレンジ頭。体格のよいユリウスであったが、ランスロットの前では悪ガキ少年さながらである。

 ちょっぴり笑い出しそうになり、スーはなんとかして堪えた。



「……で、ベロニカには会えたんだな」

「ああ、うん、まぁ……」

 ぽりぽりと後ろ頭をかいて、ユリウスはそっぽを向きながら答える。

「元気そうでよかったよ」


 スーはふいに、思い出す。

 イライジャのもとで暮らしていたときにスーが与えられていた部屋は、かつてベロニカが使用していたものだろう。

 因縁というわけではないが、ユリウスとアル、ランスロット、そしてベロニカには過去に繋がる深い出来事があった。ベロニカは騎士をやめ、ユリウスとともにイライジャと犬のリードルと生活をしていたが、それ以後は別れてひとりシラヴィンドへ身を置いている。

 なにか思うことがあったのだろう、あの部屋は、たしかスーが訪れるまで掃除もままならぬほどの手つかずであったはず。

 なにやら懐かしげに、哀愁を漂わせ会話するランスロットとユリウスに、すこしだけ、ほんのちょっぴりだけ、スーは疎外感に似た気分を味わうのだった。



「それより……おまえは、アイツのそばにいなくていいのか」

 ユリウスが、若干眉根にしわを寄せてランスロットに問いかけた。彼の言う『アイツ』がアル王子であることをなんとなく直感し、スーは男ふたりを盗み見る。

 あきらかにアルを嫌悪していたはずのユリウスが、すこしばかり心配するような素振りを見せたのだ。きっと己のアルへの憎しみが誤解の果てであったことを知ったのが大きい理由であろうが、ともかく大きな進歩である。

 ランスロットも、無表情のなかでチラと驚きを見せた。

「なんだ、アンタ、アルと仲直りしたのか?」

「な、仲直りって……もうすこし、言葉、選べよ」

 けろりと、まるで幼子の喧嘩と代わりなかったかのように言ってのけるランスロットに、思わずスーも脱力する。ユリウスなど、見るからにがっくりと肩を落とし、ため息をついていた。

「ユリウス、アンタが騎士コッチに戻ってきてくれるなら大歓迎だ。今は手勢もそろえたいときだしな」

「そんなに大変なのか。グレイク隊長たちにも久々に会ったけど、『ランスロットさま』の帰還をお待ちしてたぜ?」

「なに、グレイクたちに会ったのか?」

「ぶ、舞踏会に行ったんだ……こ、こいつが行きたいってダダこねるから」

 そこでやや顔を赤らめたユリウスが唐突にスーへ話をもってきた。『アルのため』に自ら動いているようで小恥ずかしかったのだろうが、いきなり矛先を向けられ、スーはあわてて首を振る。まるで自分がこどものようなワガママ――かくして、そうなのかもしれないが――を言って無理矢理ユリウスをカスパルニアの仮面舞踏会へ連れていったかのような口ぶりに、異議を申し立てないわけがない。

「ダダなんてこねてません!」

「いいや、俺は無理矢理、連れていかれた!」

「そんな……ひ、ひどいわ、ユリウス!」

 区切るように強調して吠えたユリウスはますます赤面。同様に、スーも自身の髪と同じく真っ赤になった。お互い顔を赤くして、こどものように言い合うふたりを、ランスロットはうんうん、と頷きながらながめる。その様は、やはり、シュールだ。

 スーはとにかく話題を変えようと、率直に疑問に思ったことを口にした。

「けれど、ユリウスはいつグレイクさんと会ったの……?」

 仮面舞踏会へ赴いたとは言っても、そんな光景を目にしていないスーは、きょとんと首を傾げた。ユリウスは肩をすくめ、悪戯っぽく八重歯をのぞかせて笑った。彼もまた、話題を早々に変えたかったらしい。

「おまえが王子さまに会いに行っている最中にさ。俺は俺で、城の内部を探らせてもらおうとな」

 そこで運よく会えたんだよ、とユリウスは答える。

「隊長たちは変わらないな……今でも、昔みたいに俺を迎えてくれる」

 ぽつりとつぶやいたオレンジ頭の青年。ちょっぴり寂しげに見えたのは、スーだけではあるまい。

 ランスロットがおもむろに、そのオレンジをかき撫でる。

「アンタも変わんない。俺たちも……アルも……」

「……わかってるよ」

 目をふせ、ユリウスは唇を噛んだ。

 そして、しばらくなにか考えるよう、きつい視線のまま黙り込んでいた彼だが、やがてはっきりとランスロットを見つめる。彼が小さく息をつめたのを耳で聞き、瞬間的にスーは察した。反射的に息を殺す。


「――セルジュが、死んだんだ」


 一気に空気がぴんと張り詰めた。スーも固唾を呑んで、その光景をどこか遠くから見やる。

 セルジュが、そしてシャルロが。

 いつか言わねばなるまい――心のなかで、ずっとスーは思っていた。それでも、なるべく見ぬふりをしてきた。言いたくなかった。ランスロットを『兄貴』と言って慕っていたセルジュの死は、口から出すにはあまりに残酷だ。それに、まだ彼がこの世からいなくなったとは思えない。実感がわかない――というより、認めたくないのかもしれない。

 だから避けてきた。逃げてきた。そして、ユリウスはスーが言えないでいることをきちんと悟っていたのだろう。それとも、自分が報告する義務があるとでも思っているのだろうか。

 ランスロットがわずかに息を呑んだのがわかった。しばし、痛々しいほどに沈黙が訪れる。

「……詳しく、教えてくれ」

 やがて口をひらいた騎士の声は、冷たい緊張をはらんでいた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ