第十章 舞踏会
今回はアル王子側をば。\(^_^)/
第十章 舞踏会
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「王子、そろそろお時間です」
鐘が六時を知らせる。もうすでに城の広間では、人々が一通り楽しんでいることだろう。
深緑のマントをはおった、栗色の髪の男に言われ、アルは振り返る。
「客人たちへの用意は?」
「滞りなく」
にっこりと笑い、クリスは軽く頭を下げて、つづけた。
「ハンリー家、マラドット家もご到着し、カイリ伯爵やナザルベ侯爵らも料理を楽しんでおられます。リオルネさまも、すでに広間であなたさまの登場をお待ちかと」
そうか、とつぶやき、アルは裏地が深緋のマントをはおる。袖口や胸元には王家の紋章の入った金色のボタンを、靴には銀の止め具をあしらい、青みがかった紫色の服を着ている。
ブロンドの髪は軽く流して固めて、気品があるのに、どこか色気のある雰囲気をかもし出しており、とても魅力的だ。
思わずだれもが見とれてしまうほど、今宵のアルは完璧な王子を装っていた。
「スーは?」
扉を開け、アルが出るのを促すクリスに、彼は立ち止まり、ほとんどつぶやくように尋ねた。
「滞りなく」
先程と同じようにクリスはほほえみを浮かべる。アルは表情を見せず、また、そうかとつぶやくと、部屋をあとにした。
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「ああ、アル王子!」
生菓子を頬張りながら、手をぶんぶん振って子供が駆けてきた。どんなに楽しいのか、かなりうれしそうに無邪気な笑顔を振り撒いている。
広間はたくさんの人々で埋め尽されていた。テーブルにはおいしそうな料理やワイン、菓子があり、中央はダンスをするスペースになり、端には演奏者たちがいる。とても豪華できらびやかなパーティーだ。
「楽しめていますか、リオルネ」
アルはにこりと作り笑いを浮かべて業務的に言うと、リオルネはにこにこしながら、やはりなんの邪気のない笑顔で応じた。
「はい、とても。城の食事はおいしいし、近辺の伯爵の子供と仲良くなれました」
昨夜見た威張った風がなくなり、アルは幾分話しやすさを覚える。こびてこない子供は、アルには非常にありがたかった。
「それはよかった。では、また」
リオルネと別れると、今度は令嬢らがアルに群がってきた。
「はじめまして、アル王子さま。わたくしはスクーリン家の――」
「こんばんわ!わたくしはレティシアと申しまして、父は伯爵の〜」
「ちょっとどきなさいよっ。あ、わ、わたくしは」
「わたくしはイザベルですわ。ハンリー家の長女で、ゆくゆくは……」
「わたくしは――」
化粧の濃い女、香水をぷんぷん匂わせる女、やたらボディタッチをしてくる女、声がきんきんと響く女……身分はみな高く、年齢は様々な女性が我が我がと迫ってくる。
アルはうんざりとしていた。
頭が痛くなるのをこらえ、そっと口元を引き上げて笑みをつくる。王宮で暮らすうちにいつのまにか修得した、もっとも逆波をたてずに物事を運ぶやり方。
(こいつら……)
アルは適当にあしらいながら、見慣れない客人が大勢いることに気がついた。そして、その原因も。
(大臣の仕業か)
「失礼」
アルはにこやかな笑みを浮かべたまま、女たちから逃げるために近くを歩いていた男に声をかけた。その男は偶然にも、探していた男だった。
「おお、アル王子!」
でっぷりとした身体の、頭のてっぺんがてかてかと禿げている男が振り返る。にやにやとした笑みを浮かべ、白くたくわえられた髭をさすりながら、愉快そうに頷いた。
「いやぁ、今日は一段とすばらしい!その美貌は、女性らもほっときますまい」
「ルドルフ大臣……これはいったい、どういうことかな」
男の言葉には応えず、にっこりと笑みを口元に浮かべたまま、声だけは低くアルは尋ねた。
ルドルフはやや顔をしかめたものの、すぐにニタニタした笑い方をしながら、脂っこいベタベタの手でアルの肩を豪快に叩いた。
「いや、いや。なんのことですかな?近隣諸国の人々と友好的になるチャンスではありませんかね」
ルドルフはひとり納得したように頷き、まるで親がだだをこねる子に言い聞かせるように話しはじめる。
「いいですか?今、このカスパルニアは傾きはじめています。王子たちの謎死、民の動揺……それに家臣たちだって、なかにはあまりあなたに敬意をはらわない者もいます」
非常に悲しいことです、とつづけ、彼は檸檬を丸呑みしたような顔――自分では同情に満ちた表情だと思っているのだが――をアルに向けた。
「ですから、外交が必要なのです!そしてあなたには武器がある!」
ニヤリと笑い、ルドルフはアルを上から下までじとりと舐めるように見回した。
ぞわりとしたが、アルはそれを顔に出しはしなかった。
「そのお母上譲りの美貌を使わなくてどうするのです。てっとり早く外交を進めるには、妃を迎え入れることにつきます!」
ルドルフは白い髭を何度もさすり、下品な笑みを浮かべて、親しげにアルの肩を抱いた。
「大丈夫。すべてわたしがやってあげますよ。あなたさまは妻選びを楽しんでいてください――これもひとつの、男の幸せなんですから」
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(なにが男の幸せだ)
拳を壁に押し付け、アルは歯を食いしばった。
なんとか耐えたが、先ほどはもうすこしで怒鳴りそうになっていたのだ。こんなに腹がたったのも、久しぶりかもしれない。
我慢の限界を迎えた彼は広間を抜け出し、ひとりだれもいない回廊で怒りを静めていた。
今夜の舞踏会は、いつもならばカスパルニア王国の所領の人々が集まって行われるパーティーのはずだった。しかし、いつのまに招待したのか、近隣諸国の貴族たちがこぞって年頃の娘を連れてやってきていたのだ。
腸が煮えくりかえりそうだ。腹がたつ。
妃だとか、外交だとか、国の平和だとか……アルにはどうでもいいことだった。
実際、自分が王になりたいのかさえわからなかった。
(籠のなかの鳥か、真の支配者か)
第六王子として生まれ、王になる資格などなかった自分が、今や第一継承権を得ているのだ。かつてフィリップが持っていたそれを。
だいきらいだった。
深く心を見透かしてくるようなあの緑の眼が。くもりも汚れもないような、自分とは別世界のものだと知らしめられるあのまなざしが。
(王になってやる。この国の頂点に立って、すべてを見渡してやる)
籠のなかの鳥になる気はさらさらない。大臣に好き勝手やられるわけにはいかなかった。
(妃なんてひとりで充分だ)
父のように何人もの女と寝る気なんてない。子供を武器に脅威となるのが女である。
(子供なんていらない。形だけの妃がいれば、周りは納得するだろう。あとの継承なんてだれでもいい)
アルは唇を噛みしめ、再び大広間へと足を運ぶ。今はおとなしく妃選びをしているふりをした方が無難であると、彼は知っていた。
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「アルさまぁ、わたくしと踊ってくださる?」
「ああん、わたくしとよっ」
「アルさま、わたくしと……」
香水のきつい匂いに目眩がする。それでも顔にはいつもの笑みを張り付けながら、アルは令嬢たちの相手をしていた。
ベタベタと触ってくる者や、やたらひっついて放れないしつこい女も多く、改めてルドルフを恨むのであった。
そんなこんなで気がめいりそうになったそのとき、聞き慣れた声がした――思わず「遅い」と怒鳴りそうになった。
けれど、アルはその声の主を見て言葉を失った。ぽかんと口をあけ、間抜けにも見とれてしまった。
そこにいたスーは、すっかり変身を遂げていた。
赤い髪は腰まで流れ、横に真珠の飾りをつけている。クリーム色のレースのついたピンクのふんわりしたドレスに、赤い靴、そして胸元にはトパーズのブローチをしている。
肩が開いているドレスで、肌が雪のように白く、燃えるような夕日色の髪に映えていた。頬はほのかに色づき、とても魅力的だ。
「あ、アルさま……準備が、遅くなりまして……」
もじもじとスーは言った。きっと準備が遅くなったのではなく、人前にでるのに勇気がいって時間がかかったのだろうとアルはなんとなく確信できた。
「あの……ご、ごめんなさい……」
今宵のスーは、どこかちがった。着飾っているせいだろうか。
「ああ、うん……まぁ……」
アルは言葉を濁し、目をそらす。
自分でも滑稽だと思うほど、言葉が出てこなかった。
(さすがは、と言うのだろうか……)
高貴な血だとか、元王家だとか、そんな真の姿の見えない外側の地位だけで着飾れる人間は腐るほどいる。けれど、貴族の娘らしく装おってやれば、それ相応の娘として着こなしてしまうスーに、アルは心のなかで舌を巻いた。
(それとも、フィリップの与えた侍女がよかったのか)
くっと口の端を引き上げ、アルは白々しいほどやさしい表情でスーに一礼した。それから驚く彼女を内心笑いながら、これまた甘い声でささやく。
「一曲よろしいですか、お嬢さん」
さしのべた手を、スーは一度じっと見つめた。
アルは腰を低くし、上目使いに彼女を見つめる。顔には柔らかな笑みを浮かべたままで。
緑の瞳が揺れる。不安、戸惑い、恐怖……そんな少女の移りゆく感情が、手にとるようにわかった。
そして――決意。
(そう、それでいい)
心中でにやりとほくそ笑み、アルは重ねられた手をとって、フロアの中央へ導く。
逆らわせない――赦さない。
ゆったりとした音楽にのせて踊りながら、アルは始終、少女の瞳から目をそらさなかった。
その緑の瞳が怯え、涙でおおわれるのを見るのが、楽しくて仕方がなかった。
もしもその瞳が、やさしく、慈愛に満ちたものに変わったならば――そう考えただけで、アルは背筋がぞっとした。
やっぱり『舞踏会』はいろんな意味でキーな話ですね♪(*^^*)
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