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二人羽織り  作者: ?
8/12

ゲンキ


ゲンキは歪な形をしている。具体的に言えば普通膨らんでいなければいけない頬骨が凹んでいて、代わりに眼球が落ちてしまいそうなほど浮き出ている。肌は浅黒く、怪我をしているわけでもないのにカサブタのような痕がところどころにある。普段は髪に隠れていて見えない後頭部も実はクレーターのような凹みがいくつか出来ていて、さらに言えば、右手の小指がない。

だが、これらのことは生きるということのためだけなら障害にはならない。ただゲンキが障害を感じるのは、例えば込み合ったバスの中で自分の隣の席だけはいつも空いていたり、通り過ぎる小さい子供の好奇の視線を感じたり、そういう些細な生活のなかでの出来事。それが彼の胸を自分でも気づかぬ鈍く刺していた。

ゲンキは時に理不尽さに耐えられなくなるときがある。自分は何もしていないのに、ただ生まれる前の設計ミスで何事もマイナスから出発しなければならない。新学期のクラスで顔を合わせただけで、「お前かよ」と嫌な顔をされ、席替えで隣になった女子はすぐに席を離れ友達のところへ行く。そして嫌なら見なければいいのに逐一こちらを観察しては、やれあれがキモイ、これがキモイと報告する。たまに怒りにまかせて行動すれば、「やっぱり頭がおかしい」。その「やっぱり」はどこから出てきたのだろう。彼らに生まれながらにやっぱりを押し付けられた気持ちが分かるだろうか。怒りは結局おさまらず、しかしいつの間にか虚しくどこかに消える、何かが変わったわけでもないのに。まさに自分は社会の腫れ物。何をしたからではない、顔がこうあるせいで。

しかし、ゲンキがこのように絶望に長く浸かっている事はほとんどなかった。もう十何年も生きているうちに彼自身自分のことには慣れてしまったし、それから彼は天性の資質なのか、明るく前向きで同じ失敗を何度繰り返してもめげない人だった。

ゲンキはフィギュアや雑誌で散らかった部屋で分厚い怪物漫画を読んでいた。彼は小さいときから根っからの怪物オタクであるが、その趣味をあまり人に漏らしたことはない。昔、家に来たことがある坂本だけは知っている。まだ出会って間もない頃にここに来た坂本はこの部屋のものを大層楽しそうに眺めていた。ゲンキには不思議であった。実際に頭の中でこんなことを考えていたわけではないが、もしも主人公か妖怪か、無意識に判断される基準のなかなら坂本は間違いなく主人公の側を進んでいる人だったから、そんな彼もヒーローよりそれに倒される怪物が好きだという話を聞いて、不思議に思ったのだ。

ゲンキは漫画本から目を離して、天井を見上げた。その意識は過去を彷徨っていた。最近のゲンキは暇さえあれば彼女のことを思いだす。そして今ゲンキの意識は小学校の頃にあった席替えを映している。

慌しく、周りの人間が新しい席に移動する中でゲンキは動かずじっとしている。彼は自分が先に移動後の席に座っていて、そこ嫌々やってくる人間を見たくなかった。だから彼は最後に動く。彼がお道具箱やランドセルを背負って新しい自分の席に移動した時、他のクラスメイトはもう皆新しい席についていた。

 席についたゲンキは気づかれないようにチラリと隣を見た。そこに座っている目つきの鋭い女はやはり眉をひそめ、不機嫌そうに黒板を睨んでいた。

(こいつも同じか)

ゲンキは机の上に筆箱を放り投げてヘヘッと笑った。女は不審そうにこちらを睨んだ。そいつはいつもの女子達よりもっと目つきが悪かった。

そいつは中村サチというらしく、授業中はひたすら黒板を睨み、休み時間は机の上に頬杖をついてぼぉっとしている。給食のときもまるで話さず、小さい口で一人静かに食べていた。

(いつもとは違う。こいつも嫌われているのか)

ゲンキが気づくのも席替えしてからほとんど間もなかった。二人の近くには放課後も休み時間も誰も寄り付かず、教室の中から浮き出してしまったようだった。そこは静かだった。

ゲンキは毎日サチに消しゴムを借りた。お願いするたびにサチは嫌な顔をするが、それでもいつも貸してくれた。そのうちサチはゲンキのために小さい消しゴムを用意するようになった。休み時間にゲンキはよくサチに話しかけた。サチは怪訝な顔をしながら、そっけなく話した。そういう日が続いた。いつの間にかゲンキは学校へ行くのが楽しみになっていた。サチの隣に座ると胸が躍った。サチの不機嫌そうに細めた瞳はちゃんと見ると切れ長で美しかった。その横顔はクラスの誰よりも大人びていて、静かで可愛かった。

だけど、この時はまだサチとは友達ではなかった。どちらかというと、クラスに対して一緒に共闘する仲間であった。サチが友達になったのは坂本が来てからだ。坂本はゲンキとサチと友達にしてくれた。でも、同時に二人だけの奇妙な連帯は解けてしまった。だから、ゲンキは坂本に感謝しながらも少しうらんでいる。

天井が緑色に点滅して、携帯のバイブレーションが顔の横で唸った。

ゲンキは仰向けに眠りながらそれを開いた。坂本からだった。

「明日は九時にコンビニ集合。病院で祭りの準備。遅刻厳禁、もしくは罰金。以上」

明後日にむかえるお祭りにあわせて、病院で踊るゲンキたちはその準備をしなければならない。

「了解」

 ゲンキはすぐに返信して、そして想像した。サチはどんな羽織を着て踊るのだろう。


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