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二人羽織り  作者: ?
7/12

サチ


坂本が食べた弁当箱を台所で洗い流しながら、サチは本当に美味しそうに玉子焼きを頬張る坂本の横顔を思い出していた。

彼のことだ、お婆さんがいないと食事を作るのも面倒くさがって明日の弁当はミカンだけ、なんてこともあるかもしれない。明日も何か作っていってやろうか。何作ってやろうかな。玉子焼きは必須として。

サチはもとから料理はするほうだ。自分のお弁当は毎朝自分で作っている。でも、それは母に「作って」と頼むことが出来ないから自分で作っているだけのことだった。朝早く起きてする料理はただの作業でつまらない。別に見た目が整っていれば味はなんでもよかった。だけど、自分の作った物をああいう風に美味しそうに食べてもらうと、料理はこんなに楽しいものなのか。

そんなことを考えていたらあっという間に食器を洗い終えていた。

2階の奥にある自分の部屋に戻る途中、母の部屋から小さい寝息が聞こえてきた。まだ9時なのにもう眠ってしまっている。サチの母は睡眠時間が異様に長い。だいたい夜の九時に眠り、次の日の九時に起きる。朝、サチと顔を合わすことはない。

サチはお風呂に入ったあと、長い髪を乾かしてベッドに入った。

サチは誰かの声を聞いていないと眠れないから、いつも通りヘッドホンでラジオを流しながら目を瞑る。しかし、今日はラジオの会話は全然頭に入ってこず、その代わりに明日のお弁当に味付けついて思考しながらいつの間にか眠りについた。

「はい、じゃあ5、6限はお祭の準備なので今日はここで一回締めます。各自、適当にお弁当を食べて活動するように。外で活動する班はちゃんと外出届をとって決められた時間までに学校に戻ってくるように、いいか」

「はーい」

「じゃあ号令」

「起立、礼」

翌日、午前中だけで授業から開放されることになった教室はすぐに騒がしくなった。

サチは坂本のほうを見た。ゲンキがもうお弁当を持って坂本の席の前に移動していた。坂本は結局お弁当どうしたのだろう、と思いながら見ると、ふと坂本がこちらの視線に気づき目が合った。彼はヒョイヒョイと手招きして「一緒に食おうぜ」と言った。

サチはいつもより少しだけ重いスクールバックを机からはずして、カヨコと坂本のところに行った。

サチとカヨコも坂本の周りにくると、今度はゲンキが関を呼び、彼は返事をしなかったがトボトボとこちらに歩いてきた。

「うーし、そろったね。食べよう食べよう」

坂本はそういってバッグから弁当箱を取り出した。よく見るとそれは昨日カヨコが坂本に渡していた弁当だった。

「あんたソレ昨日のでしょ。大丈夫なの?」

サチは自分が坂本に作ってきた弁当をカバンの中で握りながら聞いた。

「大丈夫でしょ冷蔵庫いれていたし。木下コレありがとうね」

坂本は弁当箱を掲げて、カヨコに礼を言った。カヨコは照れくさそうに「いえいえ」と笑った。カヨコはカバンの中に坂本の弁当だけ置き去りにして、何気ない顔で自分のお弁当を開いた。

せっかく作ってきたのに少し残念だ。でも、よく考えればそうか、私でもそうしたかな。

サチは自分の馬鹿さ加減に少し落ち込みながらもいつも通りのしかめっ面で平然としていた。いつもこういう顔をしているとこういう時でも感情を読まれないから便利だった。

お祭までにすることは踊りの振り付け、練習。衣装、人形、舞台の製作。それぞれの役割をなんとなくグダグダと決めて、その日は帰った。班長は坂本なのに、結局はほとんどサチが決めてしまった気がする。坂本はこういう話し合いとなると、成績がよいといことを理由にサチにまかせっきりにしてしまうから困ったものだった。

「サッちゃん、何かあった?」

 帰り道、隣を歩いているカヨコがふと心配そうに聞いてきた。

「いや、別に。何で?」

「なんか元気ないから」

「いつも通りだけど」

 すぐに自分でも今のはねつけるような言い方には少し棘があったなとサチは思った。カヨコの表情が少し悲しそうになったように見えたのでサチは慌てて付け足した。

「本当は坂本にお弁当作ってきたのだけど。あいつ持ってきていたから、イラついているの」

 カヨコが相手じゃなかったら絶対こんなことは明かさない。まだ短い付き合いなのに、何故だかサチはカヨコには自分の秘密を色々みせてしまう。しかし、打ち明けたはいいもののどういうわけかカヨコの顔は一層くもった。サチはハッと気づいて「いやカヨちゃんのお弁当のせいじゃないよ。私が確認もしないで勝手に持っていったのが悪かったから。大体全然気にしてないからいいよ。今日の夕飯のおかずが増えただけだし」と手のひらを左右にふりながら言った。

 カヨコは小さく笑って、「うん」と頷いた。今言ったことを信じてくれたのかよく分からない。カヨコの笑顔はどこか諦めたような寂しさがあってそれ以上の感情がみえない。多分、この顔がカヨコを守らなければならないとサチに思わせる所以なのだ。

 ふとカヨコはひらめいたように言った。

「じゃあそのお弁当、今日も夕飯に持っていっちゃえば」

「あ、そっか。ちょっと新鮮さがないけど別にいっか」

「うん、いんじゃない」

「じゃあ、渡しに行こうかな。カヨちゃんも一緒に行かない?」

「んー」

 カヨコは少し迷っていたが結局頷いた。カヨコは私の提案を断ったことがない。

 弁当をカヨコと二人で渡しに行くと、坂本は驚いていたけどとても嬉しそうにしていた。坂本はやはりお礼にみかんをくれた。その後少しの間三人で話してサチとカヨコは帰った。

「さっちゃん、坂本くんのこと好きなの?」

帰り道でカヨコが聞いてきた。サチはそう思われるのも仕方ないだろうなと思いつつも否定した。

「嫌いだよ」

「嫌いではないでしょ」

 カヨコは可笑しそうに笑った。「わざわざお弁当つくってあげるくらいだし」

「お弁当は母さんが作ったのを持ってってあげているだけ」

「え、でもさっきは“作ってきた”って言っていたよ」

「言い間違えたの。カヨちゃん探偵みたい、ムカつく」

ゴメン、といいながらカヨコはやはり笑った。

「坂本には恩も義理もあるからそれを返しているだけで、恋愛とかそういうのは、アイツとは何というか本当にしたくない」

「どうして?」

「わかんないけど」

サチは後ろ髪を撫でながらめんどうくさそうに言った。

「さっちゃんにとっては兄弟みたいな感覚なのかな」

「それもなんか違うけど。ようは坂本に男としての魅力ないんでしょ」

「そうなんだ」

 面倒くさい流れになってしまったな、とサチは眉をひそめ、カヨコはそれを楽しそうに眺めた。

「前から言いたかったけど」とカヨコがいたずらに笑うのでサチは「何」とつっけんどんに返した。

「さっちゃんって昔の男って感じだよね。恩とか義理とか言っちゃって」

「はぁ?じゃあカヨちゃんはくだらないこと根掘り葉掘り聞いてきて今時の乙女って感じだな」

「今時の乙女だもん私」

「気持ちわるい」

 カヨコとこんなにくだらない話をするとは思ってなかった。彼女の自分とたいして変わらない普通の笑顔をサチは見られた気がした。

 翌日の土曜日はカヨコに誘われて隣町まで映画を見に行った。サチはカヨコの誘いを断ったことがない。


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