拝啓 天馬 ムカぷんですよ!Ⅳ
「理由があれば、届け出ることで外出は可能ですが」
「ロレンツオ様の所へ行ったりするかしら?」
「はい…あの、なにか?」
一瞬、ルカが返答に躊躇した。
「この前、ロレンツオ様に幾つか質問をいただいたのだけど、その場ですぐにご返答できなかったの。書面を用意したから、ルカから渡してもらえないかと思って」
「それでしたら、すぐにでもお届けいたします」
ソフィーが内容を話すと、ルカは笑顔で返してくれた。
「ルカが、ロレンツオ様の弟君だと話が早くて助かるわ。もしかして、ロレンツオ様が気を利かせてくださったのかしら?」
「え…っと…」
ソフィーの問いに、ルカはとっさに否定できず、言葉に詰まる。先ほどの一瞬の躊躇といい、どうやら図星だったようだ。
ロレンツオが、事業のために弟に護衛の志願を命じたのだと思うと、途端申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「ルカにとってはいい迷惑だったわね、ごめんなさい」
護衛の日は、授業に出られないうえに、今日は一緒に昼食を食べたが、ソフィーが誘わなければ一日なにも食べず飲まずだったのだろう。それが護衛の仕事だと言われればそうなのだが、まだ学生である身分を考えれば、給料が発生するわけでもない護衛は面倒事でしかない。兄の命でもなければ、確かに志願などしないだろう。謝罪を口にすれば、ルカが「とんでもないです」と声を上げた。
「本来なら、銅星は紫星を賜った方の護衛などできる身分ではありません。とても光栄に思っております! …それに、兄はソフィー様をとても称えておりました。兄は、自分が本当に認めた方にしか、そういった言葉を口にしない人なので、ソフィー様にお会いするまで、どんな方なのかと気後れしておりました。しかもご令嬢だと聞いていたので、ボクでは到底お相手できないと…」
ルカの声が、段々自信なさげに小さくなる。
聞けば、十歳で“王の剣”に入学したため、令嬢はおろか、女性ともほとんど話したことがないらしい。
ルカの言動は貴族というよりは平民に近く、侯爵の姓を名乗っていても、自分は平民だという意識が強いのだろう。貴族の女性に対して恐怖心すらあるようだ。
「分かるわ、自分とは違う性に対して、つい構えてしまうものよね。私も前世はそうだったわ」
「え?」
「あ、いえ…」
つい、祐視点で共感してしまった。
自分の失言を誤魔化すように、ソフィーは口を開くが、その瞬間、嘲りの言葉が肩越しに聞こえてきた。
――――殿下を誑かしておいて、なにが紫星だ、と。
先ほどまでの可愛らしい表情を消し、ルカが殺気立った顔で立ち上がる。
後ろを振り返るが、もう誰もいなかった。どうやら言うだけ言って逃げたようだ。
好奇な目で見られても、悪意の言葉を向けられたのは初めてだった。
「申し訳ありません! ジェラルド様と違って、ボクでは抑止力にならないせいであのような者に……。必ず見つけ出して謝罪させます!」
完全に護衛の表情をしているルカが、悔しそうに唇を噛みしめる。その唇は、怒りのためか戦慄いていた。
可愛らしい男の子だと思っていたが、流石銅星二つを賜っているだけあって、発せられる気が勇猛に溢れている。そんなルカを感心しながらも、ソフィーは微笑みを浮かべた。
「あら、気にしていないわ。それに、ジェラルド様といても奇異な目では見られていたから、ルカのせいではないわよ」
「ですがッ!」
「いくら理由があれど、“王の剣”に女性がいるのだもの。異物に映るのは仕方ないことだと理解しているわ。だから、個人的には威圧感の無いルカが傍にいてくれた方が、私は過ごしやすいから、ルカにずっと護衛をお願いしたいくらいよ」
「ソフィー様…」
ソフィーはベンチから立ち上がり、真っ直ぐにルカを見る。
「ルカ、本当は私“王の剣”に来た初日は、やる気がまったく出なかったのよ。だから、自己紹介の時も、貴方たちのことをまったく覚えていなかったの」
真実を口にすれば、ルカは呆気に取られたように、唇を開いたまま固まった。
「下水道計画は確かに私の夢で、それが成せるならどんな状況下でも行いたいとずっと思っていたわ。けれど、まさか“王の剣”で、なんて夢にも思っていなかったから…」
ルカが開いていた唇を閉じ、何か言いたげにまた開くが、言葉はでないまま止まる。
何を言えばいいのか分からないとばかりに、困ったように眉を下げる表情は、先ほどの勇猛な少年とは思えないほどに頼りなさげで、同一人物とは思えなかった。
「ここは本当に男性ばかりでしょう。綺麗なモノも、可愛いモノも無い。敵意と好奇の瞳ばかり。やる気も無くなるわ」
心当たりは山ほどあるのか、ルカが代表して謝るように、小さく謝罪の言葉を口にした。
「ルカが謝ることではないわ。貴族でなくとも、男性は女性が表舞台に立つことを良くは思っていないもの。ましてや、紫星を賜ったというなら尚のこと。ただ、私はその男性たちを指揮して、一大事業を成功させなければならないの」
ソフィーは淡々と語るが、重責はかなりのものだろうと、ルカは胸が痛くなる。同じ年の、まだ十四歳の女の子が背負う荷はひどく重く、そして重大だ。それを理解しながらも、銅星の自分では、その荷を一緒に背負うことはできない。
「はい…」
せめて、悪意の言葉から守れるくらいに強くありたいと思いながら返事をすれば、ソフィーがニコリと笑った。
それは、とても――――とても強かな笑顔だった。
「だから、多少の行動は大目に見てちょうだいね。あと、そういう言動を良しとして行っているわけではないから、そこだけは誤解しないでほしいの!」
「は…はい?」
「ロレンツオ様にも、私の淑女としての品位を下げるような報告は、カットしてくださると嬉しいわ」
「は…はい…」
ルカは内心焦った。
(あ、これ完全にソフィー様にバレてる…)
ロレンツオは、やり取りのためだけに弟を護衛に志願させたわけではない。ロレンツオが欲しい情報は、ソフィー・リニエールという少女の情報全てだ。稀代の天才を感服させた少女が何を考え、どう行動するのか、知識の源はいったいなんなのか。
知らぬことがあれば全てを暴こうとするのが、ロレンツオ・フォーセルという男なのだ。
情報を誰よりも早く、正確に欲しがる兄のために、ルカはソフィーの護衛に志願した。
(兄上、やっぱりこういう間諜みたいな活動はボクじゃ駄目です。まさか、初日でバレるなんて……)
情けなく、小さくため息をつく。
「あら。どうしたの、ルカ?」
「いえ…」
絶対に分かっていながら問う少女に、ルカはなぜか底知れぬものを感じ、少しだけ怖くなる。
「そう? ではそろそろ行きましょうか。せっかくだから、帰りに食堂を見ていきたいわ。あまり利用する機会はないでしょうけど、一度は見ておきたいの。今なら、人もあまりいないでしょうし」
本音と弱音を口にしたのも、計算だったのではないかと思うほどに、溌剌とした瞳だった。
目の前の少女がどういった人物なのかよく分からないまま、ルカは引きずられるように食堂へと連れていかれた。




