拝啓 天馬 ムカぷんですよ!Ⅲ
浮上した気分のまま、ルカと共に金星の教室を訪れたソフィーだったが、授業が始まるとそうそうに撃沈した。
(なによ…これ…)
邪魔にならないように教室の一番後ろに座らせてもらい、授業を聞いていたソフィーは愕然とした。
金星の生徒数は約四十人。
貴族階級も準男爵家から男爵家が一番多く、後は子爵家と少しばかりの伯爵家以上。伯爵家以上は皆、のちのち王宮に仕える者たちだ。
年は皆、大体十三歳から十六歳が多い。
年数が少ないのは、金星は“王の剣”の中で、唯一星を金銭で買うことができるからだ。
いくら星を金銭で買えると言われていても、王国の最先端の授業が聞けると思ってランランで訪れたというのに。講師が口にする授業の内容は情報が古いうえに、全て貴族主義で語られ、合理的な話とは言えなかった。
(国の経済を担う者を育成する金星のレベルが、これなの…)
今まで、ソフィーは個人間との取引ばかりが主だったため、契約にはお互いの利益を尊重して行った。しかし、教師が話す内容は完全に貴族優遇、平民冷遇だ。
これでは特権にあぐらをかく貴族と、能力がありながらも、それが活かされない現状に不満をもつ平民との階級間の対立がいつ起こってもおかしくない。
(今はいいけれど、凶作や不況が長く続けば、革命に繋がる恐れがあるわね)
前世、歴史の中で起こった革命、暴動、一揆が頭に浮かぶ。
正直ゾッとしたが、一介の小娘にすぐにどうこうできる問題では無かった。
(まぁ、しばらくは大人しくしておきましょう。金星の生徒も、どうやらあまり女の紫星にいい感情は持っていないみたいだし)
たまにチラチラと後ろを振り返る生徒たちが何人もおり、その全てが好奇のまなざしだった。
先が思いやられると、そっとため息を吐くと、ソフィーはその後も黙って授業を聞いた。
午前中の授業が終わり、昼になると皆が席を立ち、食堂へと移動する。
ずっと傍にいてくれたルカの手には、先ほど聖騎士が持ってきてくれたバスケットが握られていた。作ったのはソフィーだが、一応侍女が作ったという形で、昼食はこの時間帯に聖騎士がわざわざ持ってきてくれるのだ。とても勿体ない聖騎士の使い方だった。
「ソフィー様、お昼はどちらでとられますか?」
「そうね、天気も良いし中庭でいただくわ。ルカはいつも食堂なの?」
「ボクのことはお気になさらないでください。昼食は、取らないことも多いので」
「まぁ、成長期にそれはいけないわ! ルカだって、ニコルみたいに身長が止まったら困るでしょう?」
知らぬ名に、ルカが首を傾げる。
「あの、ニコル様とは?」
「私が多めにつく…いえ、侍女が多めに作ってくれたから一緒に食べましょう。さぁ、行くわよ」
「え? いえっ、ボクは大丈夫ですので!」
恐縮しているルカを引っ張るように、中庭へ行く。
天気の良い暖かな日だったが、皆食堂へ行くのか中庭のベンチは空いていた。
ベンチに腰掛けると、バスケットを開け、中からサンドイッチといくつかのおかずを取り出しルカに渡す。
「ソフィー様、本当にボクのことはお気になさらないでください!」
「食べたら感想を聞かせてね。改良点があったら参考にしたいから」
有無を言わさないソフィーの笑みと言葉に、ルカが焦る。
ジェラルドは無表情を崩さず、どんなに勧めても絶対口にしなかったが、ルカは断るのも無礼だと思ったのか、サンドイッチを口に入れた。同じ年の男の子だが、もぐもぐと咀嚼する姿が可愛らしい。
「うわ…おいしい…」
素で呟くのが、また可愛かった。
弟のミカルがご飯を食べている姿にも似ていて、ついたくさん食べるように促してしまう。
よほど気に入ってくれたのか、ルカは頬を緩ませて美味しいと食べてくれた。しかし、途中ハッと気づいたように声を上げた。
「申し訳ありませんッ、こんなに食べてしまって…!」
「今日のサンドイッチの具はね、照り焼きチキンとお野菜、たまごをサンドしたものなの。照り焼きチキンには“黒の雫”を、たまごサンドには隠し味に“黒の珠”を使っているのよ」
「てりやき?」
バート曰く、ソフィーお得意の話の焦点をずらす手法で料理の説明をすれば、ルカが初めて聞いた単語に目を白黒させる。
「どちらもリニエール商会が売り出している調味料なのだけど、味に違和感など無かったかしら?」
「いえ、すごく美味しかったです!」
「まぁ、嬉しいわ。また持ってくるから感想を聞かせてね」
「はい! …い、いえ、もう十分ですから!」
「ところで、ルカは普段外出できるのかしら?」
被せるように躊躇なく、相手の話を聞かないのがソフィー流だ。これがバートなら流してはくれないが、ルカはソフィーに対して免疫が無いうえに、遠慮があるため話を逸らすのも簡単だった。




