拝啓 天馬 ムカぷんですよ!Ⅱ
ソフィーの愛読書は、男同士の友愛なのか愛情なのかよく分からない『金色の騎士と黒曜石の少年』ではなく、美しい少女たちが織りなす『咲くも花、つぼみも花』なので、正直レオルドにも、ニコルにも興味は無い。が、目の前の美少年のあまりの酷似に、今日は早く帰ってラナに手紙を書こうと決意した。
「あの…申し訳ありません、ボクでは力不足かとご心配ですよね?」
「へ? ち、違います! すみません、ボーっとしておりました。そんなことありませんので、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
茫然としていたソフィーを、どうやら不満で押し黙ったのだと勘違いしてしまっているルカに、慌てて謝罪する。
淑女らしく裾を上げて挨拶をすると、やっとホッとした顔で笑顔を向けてくれた。
「ルカ様は、初めて私がこちらへお伺いしたときにいらっしゃいましたよね? 私、あの時はとても緊張しておりまして、実はあまり記憶が無くて…。大変申し訳ないのですが、もう一度ご紹介願えますか?」
「とんでもないです! ボクの方こそ、あ、ちがっ、私の方こそ申し訳ございません!」
先ほどからずっと“ボク”と口にしていたのに気づいたのか、ルカは口元を押さえ、失態を演じたとばかりに表情を曇らせた。
先ほどの挨拶では、自分のことを“私”と言っていたが、地はこちらなのだろう。
「構いませんので、いつも通りにお話しください」
「いえ、そういうわけには!」
「その方が、私も緊張せず助かりますから」
できるだけゆっくり、愛想の良い声でお願いすると、ルカは頬を赤く染めた。
「あ、ありがとうございます。…ソフィー様は優しい方ですね」
それだけのことで優しいと口にするルカの方が、繊細でそして儚く見えた。
「ボクは、ルカ・フォーセルと申します。未熟者ですが、銅星二つを賜っております。この通り若輩者なので、ご心配もありますでしょうが、この剣に誓って、心よりお守りいたします」
片膝を地面に着け、深々と騎士の礼を執る少年が、銅星二つという事実に驚いた。
確かに、黒星と銅星とでは、星の数が同じでも意味合いはまったく違う。銅星の数は、幾つであろうが、黒星一つに匹敵しない。だが、それでも学院内で星を得るのは三つが最高だ。この年で二つ賜るということは凄いことだった。
銅星は、平民が多いこともあり、完全な実力主義だ。例え貴族でも、腕がなければ星は増えない。
そこでふと気づく、姓があるということは、ルカは貴族だ。八割が平民で構成されている銅星の中で、貴族が入っているのは珍しい。
しかも、
(ルカ・フォーセル…フォーセルって…)
最近、同じ姓をもつとても高位な貴族にあった。そう、ルカもいたあの場所で、最初に挨拶をした人間が、同じ姓であった。
「あの、もしかして、ロレンツオ・フォーセル様の…?」
ご兄弟? と問う前に、ルカは笑顔で答えてくれた。
「ロレンツオ・フォーセルは、ボクの兄です」
ルカが侯爵家の者だということにも驚きだが、その侯爵家の人間が銅星に入学していることも驚きだった。
それが思いっきり顔に出てしまったのか、ルカが慌てて訂正する。
「あっ、でもボクは妾の子で、兄と呼ぶのも、フォーセルを名乗ることも本来ならおこがましい身なので、ボクのことは平民の出だと思ってください」
(いや、無理よ…逆にその微妙な立場で星二つって、どれだけ強いのよ)
どんなに黒星に劣ろうとも、銅星も星を増やすことは並大抵ではない。
銅星が星を賜るには、大抵一年に一度あるとされている、銅星恒例の武術大会で優勝することが必要だ。当然だが、勝敗を金で買うことはできない。全身全霊の真剣勝負のみ。二百名いる銅星の生徒たちの頂点に立つなど、そう簡単にできることではなく、星の数を一つも持たずに十八で卒業する者の方が圧倒的に多い。それ以外で星を賜るには、大きな貢献をしたものだが、学院内ではほぼ難しいことだった。
(体格は普通の少年レベルに見えるけれど、本当にそんなに強いの?)
「あの、ルカ様は、お年はおいくつなのですか?」
「いま十四になります。入学したのは十の時です」
入学の年が十四歳と決められている“女王の薔薇”と違い、“王の剣”は十歳から十八歳の間に入学試験に合格さえすれば、何歳からでも入学可能だ。また、星を三つ賜った者は、その時点で卒業が許される。“王の剣”は“女王の薔薇”とは、全てのシステムが異なっていた。
(たった四年で星二つって、二回優勝しているってこと?)
いくらフォーセル家でも、銅星は金では買えないだろう。
『金色の騎士と黒曜石の少年』の登場人物であるニコルは、頭はいいが、剣術はできない。物語の中で危険な目にあう時は、大抵レオルドが助けてくれる。
(そんなに強かったら、レオレオはいらないわね。道理で護衛に抜擢されるわけだわ…)
思わず感心してしまうが、どうしても不思議なのは彼が銅星であることだ。
「私と同じお年で、すでに星二つを賜っているなんて感服いたします。でも、ルカ様なら、黒星に入学されてもよろしかったのでは?」
妾の子であろうとも、姓を名乗ることを許されているなら、黒星への入学が許可されたはずだ。
「とんでもないです! ボクは兄上と違い、頭も良くありませんし、黒星に入学できるほどの人格もありません。ボクのような者が…あ、いえ、銅星には人格が必要無いというわけではないのですが!」
あわあわと訂正する少年に、思わず笑みがこぼれる。
(この子、とても真面目だわ)
貴族の子息たちは、自分で意識してはいなくても偉大な姓を受け継いだ父親という存在に忠実なものが多いが、ルカはその出生のせいか、父親や兄に迷惑だけはかけまいと必死なのだろう。
その健気さが、少しだけ祐とかぶる。
祐も捨てられるあの日まで、母親に捨てられまいと必死だった。
「あの、ですからボクのことは平民だと思って、どうかルカとお呼びください」
「…………」
「ソフィー様?」
「私、貴方のこと好きだわ」
「へ…?」
「お互い、頑張りましょう!」
勢いで握手を求めると、ルカは戸惑いながらも握り返してくれた。
だが、終わってからも頭に疑問符をつけたような顔で、己の手とソフィーに視線を交互に映している。
ソフィーはというと、ルカの手を握って、それが騎士の手だとよく理解した。
白く、柔らかそうな指を連想していたが、握った指も手のひらも固く、皮膚は厚くなっていた。見れば、細く見えた腕も筋が浮かんでいる。それは、彼の努力の証なのだろう。
(うん、少し気持ちが浮上してきたわ。やっぱり、努力している人をみると、こちらの向上心も上がるわね)
“王の剣”に来て、すっかり無くしてしまったやる気を思い出させてくれたルカに感謝しながら、ソフィーは笑顔で今日の予定を告げた。
「昨日は、黒星の授業を見せていただいたのだけど、今日は金星を見たいわ。この一週間は、とにかく“王の剣”での生活に慣れることを優先したいの。お付き合いいただける?」
「はい、勿論です」
「ありがとう、では行きましょう」
ラフな言葉で促すと、ルカも少しだけ緊張が解けたようで、笑顔で返してくれた。
ジェラルドと違って愛嬌があるうえに、見た目が可愛らしい美少年ルカは、きっと着飾ったら可愛らしい美少女に見えるだろう。
ソフィーとしては、ジェラルドの端整な顔立ちより、ルカの可愛らしい顔の方が、俄然好みだった。




