拝啓 天馬 友人が敵となりましたⅡ
ソフィーにとってはどんなに人気作品でも、男と男の物語より、ご令嬢同士の物語の方が優先だった。
「これから偉業を成さなければならないソフィーのために、わたくしができることは多くはないけれど……。でも、できることは言ってね。絶対よ!」
優しい友人を安心させるように、ソフィーは頷いた。
その横で、友人の“姉”であるラナが、興奮したように言う。
「殿下も、ソフィーを辛い目に遭わせるようなことはされないわ。その証拠に、あのジェラルド様が護衛をしてくださるそうよ。“王の剣”をご卒業されて、今や憧れの聖騎士でいらっしゃるのに、ソフィーのために“王の剣”に戻すなんてすごいわ!」
「ジェラルド様…ですか?」
聞きなれない名前だった。首を傾げると、こそこそとリリナが教えてくれた。
「ジェラルド様は、あのレオルド様のモデルではないかと噂されている方なのよ」
それを聞いたソフィーは、内心げぇーと思った。
(レオレオのモデルなら、美形で気に食わない男ってことじゃない……マジか…)
急激に行く気が失せるソフィーには気づかず、ラナが興奮度を上げてソフィーの手を取り、ウキウキした声で言う。
「せっかく女人禁制の場所、“王の剣”へ行けるのだもの、ぜひとも男性たちをよく観察してきてちょうだいね! そこで男性たちの素敵な愛を見つけたら、わたくしに教えてちょうだい、絶対よ! 特に、ジェラルド様がニコルのような素敵な少年と話していたら、詳細に教えてちょうだい!」
行間は、どうやら現実の男にも適用されるらしい。
少しだけ、少しだけだが、見も知らぬジェラルドという男のことが可哀想になった。だが、美形、イケメンには手厳しいソフィーなので、優先するは美しいご令嬢のお願いだ。ここは強く頷いた。
「確かにそうね。せっかくだもの、楽しまなければいけないわ。ソフィー、学院の男性たちなら、誑し込めば後々まで役に立つわ。ここは一つ、ハーレムを作りなさい。ダクシャ王国では王一人に、たくさんの女性が仕えるハーレムがあると聞くわ。そのハーレムを“王の剣”で作ってきなさい。……あら、この場合は逆ハーレムと言うのかしら?」
セリーヌの恐ろしい言葉に、ソフィーの顔が引きつる。
(逆ハーレム……? ハーレムなら大歓迎だけど、男ばかりの集まりなんてイヤすぎる。それだけは絶対にお断りしたい!)
しかし、麗しい天女セリーヌに否とは言えず、口ごもっていると、クリスティーナが二人を咎めた。
「二人とも、ソフィーは遊びに行くのではないのよ」
クリスティーナのお叱りにも、二人はどこ吹く風だ。
ラナの言葉はともかく、セリーヌの命は勘弁願いたい。気づかれぬようにため息を吐いていると、クリスティーナがソフィーの前に短剣を差し出した。
「ソフィー。殿下から、帯剣を許されました」
受け取ると、美しい装飾がなされた短剣は、大きさもソフィーの手にしっくりとくるものだった。
「この短剣はわたくしが選び、ソフィーの身を守るよう祈りを込めました」
柄、鞘にも美しい薔薇のレリーフが施されたそれは、クリスティーナから貰った指輪と同じ、青色の宝石が彩っていた。大切に握りしめると、ソフィーは心からの感謝を伝えた。
「ありがとうございます、クリスティーナお姉様。大切に致します」
「……本音を言えば、貴女ばかりに荷を背負わせるのは心が痛いわ。けれど、貴女にしかできないことだわ。他の誰でもない貴女だから。ソフィーだから…」
ソフィーが愛する空色の瞳が、潤み揺れる。美しい“姉”が、心を揺れ動かしている様を見て、静かに言った。
「クリスティーナお姉様、王国を想う一人の女性として、そして私の敬愛する“姉”として、どうかこの“妹”にご命じください。無事に事を大成せよと。クリスティーナお姉様の命とあらば、必ずやご期待に応えてみせます」
淑女の礼を執りながらも、言っていることは騎士のような言葉だった。その言葉に、クリスティーナの表情が緩む。
「本当に貴女は…」
苦笑を交えた声は、すぐに優雅で、誰よりも美しい強さをもったものと変わった。
「ソフィー・リニエール、わたくしの愛する“妹”。王国と、その民のために、見事にこの事業を大成しなさい。紫星として恥ずかしくない働きを見せ、王国の女性の輝かしい一歩として、貴女が道を作るのです。誰でもない、ソフィー・リニエール、貴女が」
「承りました。このソフィー・リニエール、その名に懸けて事を成してご覧にみせます。お姉様方に、王国の淑女として恥じぬ働きをお誓いいたします」
下げていた頭を上げ、その真っ直ぐな瞳が、クリスティーナを見る。
可愛らしい淑女の顔をしながら、その心に誰よりも強いものを持つ“妹”を、クリスティーナは誇らしい気持ちで見つめた。
季節は春へと変わる。
優しい木漏れ日が、芽吹く花を照らす季節だ。
しかし、春は強い風が吹き、予期せぬいたずらを起こす季節でもある。
だが、たとえ目の前の少女に、いたずらな風が強く吹いたとしても、きっと大丈夫だ。
誰よりも確信を持って、クリスティーナは愛する“妹”を見送った。




