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ソフィー・リニエールというご令嬢~フェリオ・レクスの邂逅と絶望Ⅱ~


 気晴らしの外出中、馬車の中から外を見れば、一人の幼子がじっと川を見ている姿が目にはいってきた。


「あの娘は、何をしているんだ?」


 恰好から見ても、貴族の娘のように見える。


 すぐ近くに建てられている屋敷は、さほど大きくはないがまだ新しく、造りも十分立派なものだった。


「リニエール家のご令嬢でしょうか。侍女もいないようですが、本当に一人で何をしているのでしょうね」

「リニエール家?」

「男爵家ではありますが、エドガー・リニエールは商才のある有能な男です」

「ふーん…」


 家柄には特に興味も無く、ただじっと娘を見ていると、その娘が突然川に倒れた。バタバタと幼い手足を動かしているのが見える。


「おいッ、あれ溺れてないか!?」

「この川は浅いはずですが…」

「馬車を停めろ!」

「フェリオ様」


 護衛が名を呼ぶのは、駄目だという制止だ。


 しかし、フェリオは構わず御者に馬を停めさせ、護衛の声を振り切って外に出た。


 川は本当に浅かった。なぜこれで溺れるんだと思いながら、娘を救う。


「おい、大丈夫か!?」


 その体を持ち上げ、声をかければ、娘がうっすらと目を開けた。


 潤んだ新緑の瞳が見え、思わず息を呑む。


 幼いながらに、可愛らしい容姿の娘だった。


 一瞬だけ、こんな川で溺れたのは演技で、もしや自分に仇成す人間の手の者かと疑った。護衛も、それを疑ったから自分を止めたのだろう。


 しかし、よく見れば、息も絶え絶えの様子はとても演技とは思えなかった。


「意識はあるか?! いま、お前の家の者を――」


 意識が混濁しているのか、動かない娘に叫ぶ。


 すると、深緑の瞳から、水滴なのか、涙なのか分からないものが頬へと流れた。


「てん…ま…」


 知らない名を呼ぶ娘は、まるでこの世の幸福を甘受したかのような笑みを浮かべ、手を伸ばす。だが、触れる前に、手は落ちた。気絶したのだ。


 それから、娘は数日寝込んだ。


 




 


 その出会いは、いったいなんだったのか。


 まるで必然のような出会いだった。


 浅い川で溺れるような娘だ。きっととても大人しく、とろいのだろうと思っていた。


 しかし、回復した彼女“ソフィー・リニエール”は、とても浅い川で溺れるような娘ではなかった。


 こちらが一つ言えば、十倍にして返し、喜ぶだろうと思って差し出した言葉も、微妙な顔をする。


 行きたいところを問えば、真っ先に市場に行きたいといい、あろうことかその市場で色々買い込み、買ったもので次の日調理して食えと言うのだ。


(いや、さすがにこれは…)


 湯気が上がるそれを口にしていいのか、チラリと護衛を見る。


 さんざん毒味していない物を、口にするなと言われている。


 しかし、少女を目の前に、護衛に毒味をさせてから食べるなどできない。


 あとで護衛の説教を聞けばいいかと決意すると、隣で護衛が食べだした。しかも長々と感想まで言って。


 それを聞いて俄然興味が湧き、フェリオも口に入れる。


「うまい…」


 温かな食事を食べたのは、いつ以来だろう。


 フェリオにいつも出される料理は、スープ以外は基本冷たい。スープですら、配膳と毒味をしている間に冷えてさほど温かくない。ソフィーが作ったそれは、温かく、そしてとても美味しかった。王宮の一流の料理人が作ったものより、ずっと。


 どうだ、うまいだろう! と、自信満々の顔をする少女を見つめる。


 それはフェリオが、ソフィー・リニエールという少女は普通のご令嬢とは違う生き物だと感じた最初の出来事だった。




 ◆◇◆◇◆




 それから何度もソフィーのもとへ訪れた。


 護衛が、ソフィーに対して警戒心を持っていることは分かっていた。


 直接口にすれば、


「怪しまない方がおかしいではありませんか」


 そう笑って答えた。


 この護衛の怖い所は、どんな時も同じ笑みで笑っている所だ。


 だが、怪しまない方がおかしい。それは確かにそうだ。


 見たことも無い食材を使い、けれどそれを最初から知っていたかのように食材を使用し、食べたことも無い美味に仕上げる。どんな本にも載っていない菓子を作り、本に載っていたと嘘を言う。怪しいことこの上なかった。


 それでも、いつも小言がうるさい護衛にしては珍しく、会うなとは言わなかった。


 どんなに怪しくとも、ソフィー・リニエールには、悪意も策略も感じられなかったからだ。


 民全体に行き渡るような砂糖を作りたいと豪語し、そのための一歩として孤児たちに手伝いを求める。


 ただのご令嬢が、なぜ民を想うのか分からなかった。


 もしかしたら、仇なす者の手先ではなく、王妃の遣わした少女なのかもしれないと思った。王として成長しない自分を見兼ねて、素晴らしい資質をもった少女を近くに置くことで、その手助けをさせているのではと。


 しかし、それもすぐに否定した。


 ソフィーに、王宮の色など微塵も感じない。


 ソフィーには、“ソフィー・リニエール”という色だけが、いつも輝いていた。


 それが眩しくて、フェリオはいつも真っ直ぐにソフィーを見ることができなかった。


 比べてしまうのだ。


 何もかもがその手にありながら、ただの一つも自分のものではなく、何一つ自分のものにできない無力な自分と。


 何にも囚われない鳥のようなソフィーが羨ましく、自分を取り巻く籠を見ては、ため息が零れる日々。


 ふと、思ってしまう。


 王家や、貴族なんてものがなければ、自分は彼女とずっといられるんじゃないか? 地位や立場に影響されない世界なら……。


 そう思うことが多くなった。


 だが、それは自分の愛する少女によって否定された。


 幼い少女の言葉とは思えないほどに論破され、落ち込んだ。けれどすぐに気づく。ソフィーは、ただ自由に生きているわけじゃない。自分の成すべきことを探し、動き、そして達成しようとしている。


 強い心と、負けない自分を持っている少女が眩しくて、なぜか泣きたくなった。


 その時に、心は決まった。


 ――――王になろう。


 誰よりも、国と民を想う王になろう。

 誰よりも、強くあろう。

 いつの日か、自分の望む世界が訪れることを祈って、今を刻もう。


 少女に別れを告げた日から、弱さは捨てた。


 彼女に笑われないよう、必死に生きると決めた。


 彼女と交わした約束はきっと守られるだろう。


 その時に、自分も胸を張って彼女に会えるように。


 死ぬ前に、一度でも彼女に出会えれば、きっと自分は幸福のままその時を迎えることができるだろう。


 しかし、ひっそりと心の中で思っていた想いは、自分の婚約者が持ってきたある計画書によって、予期せぬものへと変わっていくことになる。 


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転生前は男だったので逆ハーレムはお断りしております 完璧淑女への
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