拝啓 天馬 またもや私に僥倖が訪れましたⅩ
フェリオはソフィーの戸惑いを感じながらも、どうしても言っておかなければならない非道な言葉を、意を決し吐き出した。
「ソフィー、俺は自分の地位を下げるつもりはない。お前が事を成せば、俺は初めて女性に紫星を与え、素晴らしい結果を残した王として名を刻む。お前には……、俺の駒となってもらう。拒否させるつもりはない」
「……駒、ね。その駒がしくじったらどうするの?」
「むろん、切り捨てるだけだ」
王族らしい言葉で、少女に告げる。
わざわざ言葉にしなくても、本来王族とは不要な駒はすぐに切り捨てるのが当然だ。
フェリオもそうあるべきだと教えられた。だが、王族として育てられても、根本にあるフェリオ自身の心がキリキリと痛んだ。
ショックを受けるだろうかと、少女の顔が青ざめるのを見たくなくて、目を逸らす。
しかし、返ってきた言葉はフェリオが考えていたようなものではなかった。
「ちゃんと、切り捨ててくれるんでしょうね?」
露悪的に吐いた言葉に、まったく怯むことなく、ソフィーが強い眼差しでフェリオを捉える。
「貴方はなんだかんだで優しいわ。でも、上に立つものなら、切り捨てる時には情などかけずに切り捨てなければいけない時がある。一縷の望みなどかけずに、ちゃんと切り捨ててくれるんでしょうね?」
一瞬、言葉に詰まったが、ここで怯んだらこの目の前の少女に負ける。
正直、王宮の古狸を相手にするほうがよっぽど楽だ。嘘と欺瞞に満ちた彼らの方が、まだ理解に容易い。
「…ああ」
どうしてこの少女はこうも強いのだろう。守ってもらう気など一つも無くて、それなのに突き放されているわけでもない。
自分を切り捨ててでも、守るべきものを一番に守れと念を押す、少女の強さにフェリオは舌を巻く。
フェリオが答えると、またソフィーが考え込む。
全体的に考え、計算し、最良を探し、問題点を出し、計画と対策を練る。
その真剣な顔は、とても少女のものとは思えなかった。
目の前の少女に畏怖の念を感じながら、フェリオはソフィーの答えを待った。
「私、負ける戦はしない主義よ」
ポツリとソフィーが言う。商家の人間らしい言葉だ。
これは拒否ということか…、とフェリオは唇を食んだ。
「“王の剣”の人材がいかほどか知らないけれど、不要な人間はどんな身分であっても切り捨てるし、逆に使える人間なら身分問わず力を借りるわ。あと、私はしょせん男爵令嬢ですもの、地位の低い女には従わないという輩には、紫星の権力も容赦なく使うわよ。あといくつか条件があるけど、それは書類にしておくから、目を通して許可できるか検討してちょうだい」
「ソフィー…」
サラサラと淀みなく言葉が紡がれる。
すでに目的の成功を確信している瞳は、宝石が輝くようで眩しかった。
もう彼女の中では始まっているのだろう。座っている暇も惜しいとばかりにソフィーが席を立つ。
「本当にいいのか? ……先ほど、ああは言ったが、正直“王の剣”にいる者たちも、紫星が与えられたお前に上辺では頭を下げても、実際は分からないぞ」
これ以上不安を煽るようなことは言いたくなかったが、事実は事実として告げることにした。事実を告げたところで、目の前の少女が怯む気がしなかった。
思った通り、怯むどころかまるで冷笑するかのような瞳で言う。
「あら、それはそれで楽しそうね。身分が高ければ高いほど、弱みとして価値があるわ」
恐ろしいことをサラリと言って、ニッコリと笑う。笑うたびに、恐ろしさが増した。
「おい…」
「こんなにか弱い少女に仇なすと言うのなら、当然でしょう。それに、相手が殿方なら容赦する必要が無い分、ご令嬢たちよりよほど気楽ね。それに…」
言葉と共に、視線が落ちる。だが、すぐに上がる。
まるで、遠い未来を見るかのような強い深緑の瞳が、まっすぐと前を向いていた。
「私はこの数年で、貴方以外にもたくさんの約束と誓いを交わしたわ。それは、全て最初に宣言した貴方との約束に繋がるものばかりだった。約束を遂行するためにも、私は普通のご令嬢ではいけないの。それでは負けてしまうから…」
自分に言い聞かせるように、ソフィーが言葉を紡ぐ。
しかし、次に出た言葉は、とても居丈高なものだった。
「だから――――貴方は玉座の前で待っていなさい。私が約束を果たす時を」
「……お前の規格外は、どこまでも俺を驚かせるな」
王子を目の前にして、堂々と威勢を放つ少女に負けたくなくて、フェリオも席を立った。
いい女になれと、王都にその名を馳せるほどにと言ったのは自分だ。
しかし、もうその約束は果たされているとフェリオは思った。
けれど、遥か上を目指す少女は、それで良しとはしない。
どこまでも強欲に、上を向いている。
「条件を書類にするわ。部屋に戻って準備するから、少し時間をちょうだい」
「ああ」
返事をきくと、ソフィーは扉の方へ歩き出した。
ドアノブに手をかけるが、思い直したようにフェリオの方を向いた。
「貴方のこと、クリスティーナお姉様の婚約者としては、まだ認めたくはないけれど」
「……本当にそこに拘るな」
フェリオはうんざりとため息を吐くが、ソフィーは続けた。
「当然でしょう、第一重要事項よ! …………でも、やっぱり会えて嬉しかったわ。会えるのは、もっとずっと先のことだと思っていたから」
ずっと先でも、自分にいつか会えると信じていた少女の瞳を見つめた。
幼い時に自分の心を救ってくれた少女は、新緑の瞳でいつだって自分を捉える。
「フェリオ、本当の名を教えてくれてありがとう。大切に呼ぶわ」
王子に対して淑女の礼も執らず、昔と変わらぬ態度で扉を開いて退出する少女は、相変わらず颯爽としていて美しかった。
思わず足が一歩後退し、そのまま椅子に倒れこむように座る。
「――――アイツっ!!」
その気など欠片もなく人を落とす少女に、フェリオは悪態をついた。
聞くもののいない呟きは、すぐに空気に溶けて消えていった。




