拝啓 天馬 またもや私に僥倖が訪れましたⅨ
しかし、フェリオは意に介さず強い言葉で言う。
「ああ、分かっている。だが、お前が大成すればそんなものは掻き消える。そのためにも、お前には多くの人間を巻き込み、大規模に動いてほしい。誰でもない、紫星を賜ったソフィー・リニエールが動き、指揮していることを公に知らしめてほしい」
次期王が、紫星を賜った女性がどれほどに優秀であるかを伝えるのだと、フェリオは言う。
「最初は、拠点をロレンツオ・フォーセルがいる医科学研究所にしようか考えたが、あそこはロレンツオの階以外は人の出入りが多い。危険性が上がる。何より、あそこで事を成せば、お前の名ではなくロレンツオ・フォーセルの名が上がるだけで終わってしまう可能性がある。それでは意味が無い。ロレンツオはあくまでお前の下に就かせる。これはロレンツオも納得していることだ」
お前の名声が王都に響き、紫星を賜るほどの人物だと広まれば、最終的には医科学研究所へ拠点を移すことも考えているが今はその時ではない、と続けるフェリオにソフィーの顔色が変わる。
稀代の天才の名は、爵位で買ったものではない。彼は本物の天才だ。その天才を下に就かせるのは、彼への侮辱に等しい。
「ロレンツオ・フォーセル様は、侯爵家の方でしょう。しかも稀代の天才と言われる方だと聞くわ。本当に納得しているの?」
「ロレンツオとしては、お前と話せればそれでいいそうだ。あのロレンツオが天才と称した人物は、お前が初めてだからな。正直、俺も驚くくらいにお前の“花”を褒めていた。そういえば、アイツの顔があんなに喜色に綻んでいるのを見たのも初めてだな……。ロレンツオのことは信じていい。アイツの価値観は、地位や品位ではなく、知性だ。頭の回る人間を、アイツは好む」
(逆に怖いわよ…)
あれは前世の記憶から作ったものだ。自分が新たに導き出したものではない。
稀代の天才にそこまで思われるほどの人物ではない我が身を思い、ソフィーは頭を抱えた。
「お前が事を成すために一番重要な星は、国の発展のために研究を行う銀星だ。銀星はロレンツオ・フォーセルが認めた者なら、たとえ女であろうと跪く。安心しろ」
頭を抱えながらも、ソフィーはその言葉に否を唱えた。
「いいえ、銀星だけではないわ。これは全てに係わることよ。下水道計画に必要な薬、物資、土地、それは机上の空論だけで語れるものではないわ。物をみる力のある金星も必要だわ。施設には、より強固なものを使用したいし、軌道にのればいずれは他国へ技術を売り出したいの。この国の経済を担う金星の力は、絶対的に必要なのよ。平民が多いとされる銅星とも話がしたいわね。現状の、特にスラム街の様子や生活は詳細に知りたいわ。……そうね、いらないのは黒星くらいかしら?」
「おい…。俺は、お前に護衛をつけるつもりだが、護衛は黒星だぞ」
「いらないわ、黒星なんて。皆、子爵以上のお坊ちゃまじゃない。聖騎士団の方なら、社会を知って見る力が養われているけれど、学院に通うお坊ちゃまレベルなら、たとえ剣技が素晴らしくても銅星にも同レベルの方はたくさんいるでしょう。正直、実戦に近い演習をしている銅星の方が、護衛としては優秀だと思うわ」
確かに、黒星の者は子爵以上の子息ばかりでプライドが高い。
たとえ黒星を卒業しても、聖騎士になれるものは片手ほどだが、王族直属の護衛である聖騎士団を育成している黒星は、どうしても授業は宮廷作法などを取り入れたものが多くなる。実戦で言えば銅星の方が頼もしいのは事実だった。
「大体、私が一番欲しいモノはその土地に根付いた地理と、確かな情報よ。貴族のもたらす情報なら、私だって手に入れられるわ。欲しいモノはそれではないの」
相変わらず、普通のご令嬢なら喜ぶものが効かない女だと、フェリオは思う。
まだ“王の剣”の生徒とはいえ、本来王族のためにある黒星を護衛にできる光栄を、不要だと切り捨てるとは。
だが、当然といえば当然かもしれない。護衛の星の数を、“グルグル”ができるかどうかで測っていた女だ。
「一応令嬢であるお前に、男ばかりの場所へ行けと言うのだ、できる限りのことは譲歩する、できるだけのことはしてやる。だが、ソフィーの護衛の責任者は俺が決めさせてもらう」
そこだけは引けないと、強く言う。
「“王の剣”で事を成すことは、令嬢にとっては過酷で体裁が悪いことは分かっている。リニエール男爵には、俺の方から説明する。もし、婚約者がいるならソイツにも直々に説明してやる」
「お父様はともかく、婚約者なんて私にはいないわ。貴方、私が言った言葉を忘れたの?」
「……そうか」
なぜか残念そうな顔をされた。
面倒が一つ無くて良かったと思うならともかく、その渋い顔はなんなんだとソフィーは首を傾げた。
フェリオが、まだテンマのことを想っているのか…と、心を痛めていることは知らず、ソフィーは今までの話を要約する。
(拒否権は、たぶんある…)
最高責任者になれというだけならまだしも、ご令嬢に男ばかりのところで事を成せと言うのは、どう考えても非常識だ。断ることもできる。
(祐、貴方はどうしたいかしら?)
己に問う。
夢は、ソフィーと祐のもの。
どちらも自分自身だが、まるで語り掛けるように祐に問いたかった。
(貴方は、自分の夢を叶えられなかった。私なら、ソフィーなら夢の一歩を踏み出せる。ねぇ、どうする?)
歩くか、止まるか。




