拝啓 天馬 またもや私に僥倖が訪れましたⅦ
「ああ、ダメだわ。やっぱりクリスティーナお姉様に一度ちゃんとご説明しなければ。私がクリスティーナお姉様を裏切るような行為は、過去一回も行っていないことをご理解いただかないと!」
「そうか…」
長々と続いた力説が終り、最終的にクリスティーナへの弁明を行うことを決めたソフィーに、フェリオはやっとこの下らないやり取りを終わらせる手段を思いついた。
「ソフィー、言っておくがクリスティーナは王妃となるべく育てられた公爵家の令嬢だ。王が愛妾や側室をとることを当然としている王宮での理も、十分理解している」
「……は?」
なぜここでそんな話になったのか分からず、ソフィーは意味がわからないと首をかしげた。
「俺の母親は順番を間違えたことで窮地に立たされたが、本来王が愛妾や側室を取ることはなんら支障ない。逆に、愛妾や側室の有無を王妃がとやかく言うことは恥とされている。王妃と言えど、口を出してはいけない領域なんだよ」
男爵令嬢として自由に育てられたソフィーには、理解したくもない話だろうと知りながら、フェリオは続けた。
「お前がどんなに弁明したところで、クリスティーナが言える言葉は限られている。それが王族となる女の宿命だからな。クリスティーナに弁明を行う行為は、クリスティーナにとっては口に出してはいけない領域を踏ませることになるぞ。そして、弁明すれば弁明するだけ、クリスティーナは俺に疑いを持つような、王妃には相応しくない女だと言うようなものだ。意味が分かるか?」
分かりたくなくても分かった。つまり、第一王位継承者であるフェリオの色沙汰にクリスティーナは関われない。関わってはいけないのだ。事実無根だと訴える行為すら、クリスティーナに対する冒涜になってしまう。
言い訳一つできないという事実に、ソフィーは絶句して固まった。フェリオはさすがに可哀想になり、フォローもしてやることにした。
「心配せずとも、クリスティーナはお前のことを疑ってなどいない。疑っているなら、お前と姉妹の契りとかいう誓いを交わすわけがないだろう。なぜ疑う女と姉妹の契りなど交わす」
フェリオの言葉に、ソフィーの顔色が明るくなる。
(クリスティーナの名を使えば、コイツちょろいな)
まさかそんなことを思われているとも知らず、ソフィーは拳を握った。
「そうよね。それに、最初の理由がどうであれ、現在私がクリスティーナお姉様の“妹”であることに変わりはないわ。“妹”としての“姉”への尊敬は、言葉ではなく行動で示すべきよね!」
ポジティブ思考でもって自分の気持ちを上げる少女に、フェリオは適当な相槌を打つ。
しかし、クリスティーナが疑っていないという言葉は嘘だった。
クリスティーナがなぜソフィーに近づき、“妹”にしたのか、フェリオには見当がついている。しかし、それが予想通りなら、とても恐ろしいことになる。正直、それだけは回避しなければならない。自分の身のためにも。
「ソフィー、頼むからそろそろ本題に入らせてくれ」
「そうね。心は決まったわ。私はクリスティーナお姉様を信じるだけ。そして“妹”としてこの想いを貫くだけだわ!」
そんな決意など聞きたくないから、心の中だけで思うだけにしてほしいと願いながら、それでもこれ以上の脱線を恐れ、フェリオは聞き流した。
テーブルに広げられたまま放置されていた計画書を指さし、フェリオが問う。
「それで、これはいったいいつから考えていたものだ。昨日今日の出来ではないだろう?」
「計画自体は昔から練っていたわ。どこの国に行っても下水処理がおざなりで、いつ病気が蔓延してもおかしくないと危ぶんでいたから」
「他国に行ったことがあるのか?」
貴族の娘が他国に行くことは、ほぼ無いことだった。旅行という名目でいけないわけではないが、国を出るためには、かなりの金額を供託金として払わなければならない。オーランド王国は十分栄え、手に入る物も多い国だ。供託金を払ってまで他国に旅行に行く令嬢など皆無だった。
しかし、目の前の少女はなんの感慨も無くうなずいた。
「ええ、幾つか。――――ああ、そうだわ! “アマネ”の件ではお世話になったわね、ありがとう。貴方とアルのお蔭で、私の願いが一つ叶ったわ。アルにもお礼を言っておいて。それとも、直接お礼を言える機会があるかしら? 今日は来ていないの?」
「アイツは、もう俺の護衛から離れている。知らん」
「なによ、その言い方。アルに愛想を尽かされてしまったの?」
「愛想を尽かすなら俺の方だろうが!」
なぜか怒っているフェリオに、ソフィーはいつか自分で伝えればいいかと結論を出し、話を続けた。
「ダクシャ王国もルーシャ王国も、その他の国も貴族街は美しいのよ。でも平民の、とくにスラム街となると酷いわね。正直、未だ疫病が発生しないのが不思議なくらいよ」
「スラム街に入ったのか!?」
「護衛も、バートたちもいたから私一人で行ったわけじゃないわ」
だから安心しろと暗に言えば、フェリオの目が大きく開いた。
「バート…? 未だにアイツらと交流があるのか?」
「あら、バートたちは今やれっきとしたリニエール商会の社員よ。お父様からも自分の従者にしたいと言われるくらいに優秀なんですからね! 勿論、今は無賃金で働かせたりなんてしてないわよ。ちゃんと管理職として、相応しいお給金を払えているわ!」
「そうか…。はは…」
自信満々に自慢するソフィーに、フェリオはなぜか突然笑い出した。
「なによ?」
「お前は…本当に面白い女だよ。決して夢物語も夢では終わらせないんだな」
孤児を教育させ、手元で働かせる者など聞いたことも無い。それが一人二人の話ならまだしも、何人も。
少しだけ、まだ迷っていたものがフェリオの中で掻き消えた。
(そうだ、コイツは誰よりも強く、賢い女だった)
忘れていたわけじゃない。だが、誰だって大人になるにつれ、心に恐れと弱さを飼うものだ。
別れて数年、その数年でソフィーも淑女として立派に育ったのだろうと思っていた。
下水道計画を立てた者がソフィーだと知り、しかも“女王の薔薇”へ入学していた事実を聞いた時、さすがのソフィーも貴族のご令嬢たちを数多く見れば、自分の異質さにも気づき、萎縮しているのだと思っていた。
だが、実際はどうだ。おかしさが倍増し、ご令嬢を見習うどころかまるで騎士のように守ろうとしている。
(大体、萎縮している女が、そこでこんなものを考え提出するわけがないか)
手にある彼女の“花”は、誰も見たことのない異質なものであり、誰よりも自由な発想と、力強い想いが込められていた。




