拝啓 天馬 またもや私に僥倖が訪れましたⅤ
目に見えて悲しそうにしているソフィーに、フェリオは椅子から立ち、無理やり自分の方を向かせた。
「お前っ、久しぶりにあった俺に対して、もっと歓喜の感情とかないのか!?」
「嬉しくないわけじゃないけど、今はそれどころじゃないのよ!」
「何がだ!?」
「貴方はクリスティーナお姉様の婚約者として、どれだけクリスティーナお姉様を幸せにできるというの!!」
「いや、だから何故そこに拘る? 今話すべきはそこではないだろう」
「なんですって、これ以上の重要事項がどこにあるというの!?」
「……昔から変わった女だったが、前からそんなだったか? 俺の中のソフィーが美化されているだけか?」
「リオ…いえ、殿下? 王太子殿下?」
混乱と動揺で適切な呼び方が分からず、ソフィーが迷っているとフェリオが言う。
「めんどくさいな、フェリオと呼べ」
「イヤですわ。クリスティーナお姉様の婚約者の方を、名でお呼びするなどできかねます。クリスティーナお姉様に対するとんだ不敬ですわ」
「おい、俺よりクリスティーナへの不敬なのか。大体、不敬と言うなら、最初から不敬だったぞ」
不敬はサラリと無視し、ソフィーは胸を張った。
「当然よ。私はクリスティーナお姉様の“妹”なんですから!」
「妹? …なんだそれは?」
「あら、姉妹の契りを知らないの?」
昔のように、ソフィーの言葉が砕ける。砕けるというなら最初から大爆発だったが、フェリオは咎めること無く説明を聞いた。“女王の薔薇”での姉妹の契りについて。
「というわけで、私はクリスティーナお姉様の“妹”になったのよ! これは一生の誓いよ! つまり、貴方は私にとって敵というわけよ!」
なぜ“妹”からすれば婚約者が敵なのか分からない。
普通“姉”の婚約者は敬うものではないのか。
「…………ソフィーを淑女として美化する出来事なんて一つも無かったというのに、今のお前を見ていると、昔の方がまだマシだったと心底思うぞ」
とても真剣に真顔で言われ、まるでバートに説教を食らっているような気持ちになり、ソフィーは少しだけ我に返った。
まだ、憤りの気持ちは消えてはいないが、とりあえず最初よりはまともになった。
「なぜかしら、そう言われると心が痛いような」
「思い当たる節があるからだろう」
昔はソフィーの方が精神的に大人だった気がするが、今や逆転している。
「大体、この現状を見て、もっと他に考えることは無いのか?」
「色々受け入れがたいわ…」
二人の間に、沈黙が流れる。
先に沈黙を破ったのは、フェリオの方だった。
「嘘をついて悪かった」
第一王子の身分を持ちながら、やはりこの友人は優しいのか、本来なら極刑レベルの不敬をとがめること無く、幼い日の事を謝罪してきた。だから、ソフィーも友人として返した。
「嘘なんてつかれてないわ。ただ聞いていなかっただけだもの」
「……悪い」
「私、怒ってないわ。貴方が言いたくないことを、私が聞かなかっただけよ。なんでも知りたいと聞きたがるほど、短慮ではないわ」
「そうだな。幼い時のお前は大人だった」
「どういう意味!? 今の私が子供だというの!?」
詰めれば、フェリオが視線を逸らす。
王子として教育されているわりには、先ほどから昔の癖がまったく直っていなかった。
「話を本筋に戻すぞ」
分が悪くなると、話を逸らそうとするのも同じだ。
「本筋?」
「おいッ、忘れるなよ。お前の計画したこれのことだ!」
そう言ってフェリオがテーブルの引き出しの中から取り出したのは、確かにソフィーが提出した“花”だった。『オーランド王国の下水道計画』は数十枚に渡る、ソフィーの中でも前世の記憶をいかした、知識と技術の集大成だ。
フェリオが、静かに席に着く。ソフィーも渋い顔をしながらも同じく席に座った。
「貴方は、私が書いたものだからと、これを実行しようと思ったの?」
「俺だってそこまで甘くない。読んですぐに画期的なものだと分かったからこそ、ロレンツオ・フォーセルに意見を求めた。これを書いたのが、お前だと知ったのは、ロレンツオがすぐに実行するべきだと進言してきた後だ」
クリスティーナは、ロレンツオの言葉を聞き、初めてフェリオに誰が書いたものか打ち明けたそうだ。
「正直、耳を疑ったよ。クリスティーナがお前のことを知っていたのも、お前がこんなものを書いたことも……」
「クリスティーナお姉様は、私が“女王の薔薇”に入学した初日に会いに来てくださったわ。貴方が話したのではないの?」
ずっと不思議に思っていた疑問は、リオがフェリオだと知った時に解けた。
きっと、フェリオがクリスティーナに自分のことを話したのだろうと。




