拝啓 天馬 またもや私に僥倖が訪れましたⅣ
確かに計画を練ったのは自分だ。関わりたいと思う気持ちもある。だが、実際問題それを実行できる権限も権力も無い。
この計画にはたくさんの尽力と、経費がかかるのだ。国家の一大プロジェクトに、男爵令嬢が出張っていいわけがなかった。
(それがクリスティーナお姉様に分からないはずがない……)
賢い彼女が、計画の破たんに繋がるような発言をするわけがない。それともこれは冗談なのだろうか。
「あのクリスティーナお姉様…」
「詳しいお話は、わたくしの婚約者の方にしていただきます。――殿下」
(……殿下?)
なぜここで殿下という言葉が出るのか分からずに目を瞬いていると、奥の部屋の扉が開いた。中から、一人の青年が出てくる。
現れたのは、クリスティーナと同じ黄金の髪と、空の色を瞳にもつ端整な顔立ちの青年だった。一歩前に進むだけで、まとうオーラが違うのもクリスティーナと同じで、二人が並ぶとまるで一対のお人形のようだった。
それを、ソフィーは呆気に取られて見つめていた。
「り……お?」
青年の顔立ちには見覚えがあった。
そう、昔の友人の顔にそっくりだったのだ。
彼は高慢なところもあったが、人の言葉に耳を傾けることができる少年で、別れが辛くてソフィーに嫁になって一緒に来いというくらいには、離れがたく思ってくれた。
「……え?」
彼がクリスティーナの横に歩むと、クリスティーナは当たり前のように席を立った。まるでそれが当然とばかりに、彼は先ほどまでクリスティーナが座っていた椅子へ腰かけた。
「ソフィー。この方はオーランド王国の第一王子、わたくしの婚約者でもあらせられるフェリオ・レクス様よ」
「は…?」
(第一王子? リオが?)
自分よりもずっと地位が高いのだろうと思ってはいたが、まさか王子だとは思っていなかった。
現実が受け入れられず、ソフィーは目を白黒させる。
「久しいな、ソフィー」
名を呼ばれた。その声は、昔聞いた友人とは違う大人の声だったが、その瞳の優しさは同じだ。
彼は確かにリオだ。幼き日の友人だ。
「貴方が、クリスティーナお姉様の婚約者…?」
「ああ…」
思わずつぶやいた言葉は、王子にかけるものとしては大変不遜だった。
しかし、彼は気を悪くするような顔はしなかった。その代わり、少し気まずいのか目を逸らされた。こういうところも、昔と同じだ。
(やっぱり、リオだ…。リオが第一王子?)
この国の第一王位継承者。
そして、クリスティーナの婚約者。
「――――嘘でしょうッ! クリスティーナお姉様の婚約者はもっと…、もっとこう! もっと…こうでしょう!」
我を忘れ、自分でも意味が分からない発言が口から零れた。絶望に、相手が王族だということさえ頭に入ってこない。
「……もっとこう、ってなんだよ。俺だと不満なのか?」
相手も、王子らしくない言葉遣いでムッとして言い返してくる。
「不満しかないわよ! クリスティーナお姉様の婚約者なのよ! クリスティーナお姉様を幸せにできる方にしか、クリスティーナお姉様を幸せにする資格は無いのよ!」
「……お前、何を言っているんだ?」
問いかけても、もっていき場のない思いに耐えているのか、ソフィーは聞いていなかった。仕方なく、横の婚約者に問う。
「クリスティーナ、コイツは何を言っているんだ?」
「く…、クリスティーナお姉様を呼び捨てにするなんて!!」
キッと、ソフィーが睨む。
「俺の方が立場が上なんだから、呼び捨てるだろう」
睨まれる意味が分からないフェリオは、自分の婚約者に視線で助けを求めた。
「まぁ、ソフィー。殿下にそのような口を利いてはいけないわ」
「も、申し訳ございません」
クリスティーナの苦言に、ソフィーはしおしおと謝罪の言葉を口にする。さっきまでのフェリオへの態度とはえらい違いだ。
「申し訳ございません、殿下。大変失礼いたしました。なにぶん、ソフィーはわたくしのことが大好きなものですから」
「……おい、悪意しか感じないぞ」
まさかの婚約者からの攻撃に、フェリオは頭を抱えた。
これでは話が進まないと呟くと、クリスティーナに命を下した。
「クリスティーナ、少し席を外してくれ」
「はい。失礼いたします」
クリスティーナは軽くドレスを持ち上げ優雅に礼を執ると、そのまま部屋を退出した。その後姿を、ソフィーは飼い主に捨てられた子犬のような目で追う。
キューンキューンと、哀れな泣き声が副音声で聞こえるようだ。




