拝啓 天馬 またもや私に僥倖が訪れました
天馬、私は先日初めて女性に指輪を贈りました。
この私が、前世では彼女の一人もいなかったこの私が、今世では美しい女性に指輪を贈ったのです。
すごくないですか!?
ああ、美の結晶であるクリスティーナお姉様に指輪を贈れたこの幸せを、いったいどうやって貴方に伝えたらよいのか。一生分の盆と正月と色々なものが一緒に来てもまだ足りないくらいです。
指輪と言えば、天馬ももう結婚したかしら?
貴方は憤りを覚えるぐらいにイケメンだったから、きっと美しい女性と結婚するんでしょうね。
ちッ、羨ましい……!
いいえ、でもいいのです! もし今世も男だったら、きっとムカムカぷんぷんしていたでしょうが、今世は女の子なので、羨んだりしませんわ!
逆に、女性として生まれながら、絶世の美女に指輪を贈るという機会を与えてくださったクリスティーナお姉様と神に感謝しております。
これは“豊穣の恵みにふれた祝福という名の僥倖”並の僥倖でした。
どちらも素晴らしい僥倖で、優劣をつけるのが難しいわ。
天馬はどちらが上だと思う?
やはり優劣をつけようとするのは浅はかな行いかしら?
うーん、悩ましいわ。
っと、いけない。伝えたいことはそれだけではなかったの。
今度“女王の薔薇”では、花の祭典があるそうなの。花の祭典と言っても、本物のお花の祭典ではないのよ。
女学院の生徒が、自分が作った作品を提出して、審査員がそれを評価するものらしいわ。作品はなんでもいいそうよ。詩でも物語でも、押し花をされる方もいれば、凝った刺繍を出される方もいらっしゃるとか。
リリナ様もとても張り切っていて、オーランド王国の女性が今まで上げた功績の年表を作りたいと仰っていたわ。
私は何にしようか悩んでいるの。クリスティーナお姉様の“妹”として、恥ずかしくないものを、と思ってはいるのだけれど。
…………私も、考えはあるのよ。けれど、さすがにちょっと悩んでいるの。
だって、『オーランド王国における下水道計画』なんて、ご令嬢としては夢が無さ過ぎるわよね?
私としては絶対叶えたいと願っている夢なのだけど。
計画書はほぼ完成しているといっていい出来にはなっているの。でも、中身を見ても、これを理解できる方はあまり多くはないと思うのよ。
活性汚泥法を用いた下水処理って、この世界ではオーパーツに近いものだと思うし。
でも、原理は一緒だから可能なはずなの。これが実現できれば、私の…祐の想いが一つ叶うわ。
天馬、貴方ならなんて言うかしら?
『やりたいなら、さっさとやれよ』と言われるかしら?
貴方は普段めんどくさがりのくせに、やると決めたら行動が早かったから、きっとそう言うのでしょうね。いつもグダグダしていた私とは違うところが、羨ましかったわ。
そうね……せっかくだもの、今世はグダグダなんてしないわ!
クリスティーナお姉様も、審査員は現実に囚われない自由な発想を好むと仰っていたから、夢物語を語るつもりでやってみるわ!
天馬、結果を楽しみにしていてね!
入学して五カ月が経とうとしていた。
季節はもうすぐ春になる。相変わらず風は冷たいが、目を凝らして外を見れば、小さく芽吹く花々を感じることができる。
そんなある日の放課後、一人の清楚なご令嬢が教科書を両手に持ち、ソフィーのもとへ訪れる。
「あの、ソフィー様…今日の授業で、分からない所があって…その」
恥ずかしそうに頬を染め、それを隠すように教科書を持ち上げる。
「お、教えていただけないかと…」
口ごもりながらも必死で言葉を伝えようとするご令嬢に、ソフィーはほほ笑んだ。
「私でよければ、ご一緒にお勉強いたしましょう」
「――ッ。ありがとうございます!」
歓喜の声を上げるご令嬢の後ろで、別のご令嬢が声を上げた。
「ズルいわ! ソフィー様、わたくしも教えていただきたいところがあるのです!」
「わ、わたくしも!」
数人のご令嬢が先を争うように、ソフィーのもとへ教科書を持って押しかける。数人が突然、取り囲むようにやってきたのは驚いたが、ソフィーは表情には出さず、先ほどと同様にニコリとほほ笑む。
「せっかくですから、皆さまご一緒にお勉強いたしましょうか」
愛らしい、けれど芯のある声は凛々しさを感じさせ、周りのご令嬢がその柔らかな頬を赤く染めた。
彼女たちにとって、男爵令嬢ソフィー・リニエールは、公爵令嬢クリスティーナ・ヴェリーンの“妹”にして、容姿端麗、いつも成績は首位、その上運動神経抜群の非の打ちどころのない少女だ。
とくに、彼女が馬に乗る姿は『金色の騎士と黒曜石の少年』の主人公ニコルにそっくりだと、その人気は高い。
最初のうちは男爵令嬢のくせにクリスティーナお姉様の“妹”になるなんて…、と遠巻きにしていた者も多かったが、今やソフィーに自分の名を覚えてもらおうと皆が必死だ。
クリスティーナの“妹”ということを抜きにしても、ソフィーの内面の強さに、か弱いご令嬢は魅かれるようで、嫌がらせを受けていた時でさえ、堂々と顔色一つ変えず、廊下を颯爽と歩く姿は人の目を引いていた。
しばらく続いた嫌がらせも、ソフィーの精神力の強さに、ご令嬢たちの方が音を上げ、一人一人と嫌がらせをする人間は減っていった。
良識あるクラスメートや、上の学年のご令嬢たちは、クリスティーナが騒動を収めようとはせず、放置している現状を憂い、ソフィーはすぐに退学してしまうのではと心配していたが、結果は彼女たちの想像を覆すものだった。
ソフィーはどんな場面でも感情をむき出しに怒ることは無く、一人のご令嬢として優雅さを失わなかった。
公衆の面前で伯爵令嬢リリナ・セルベルから批判されても、いつも笑みを絶やさず挨拶を返し、いつの間にかそのリリナの方が、彼女を慕うようになっていた。
戦わずして微笑で勝つ。その淑女として素晴らしいとされる姿勢に、クリスティーナが騒動を収めなかったのはこのためだったのかと、誰もがクリスティーナとソフィーを称賛し、さすがはあのクリスティーナ・ヴェリーンの“妹”だと言われるようになった。
しかし、当の本人はご令嬢たちからの惜しみない称賛には気づかず、ただただ思っていた。
(遠巻きに悪口を言われていた時は、ムッとしていたお顔が可愛かったけれど、頬を染めて恥ずかしそうに勉強を教えてほしいと懇願されるお顔もなんて可愛らしい! ああ、でもやっぱりもう一度だけでも、頬を膨らませてプンプンしているお姿を見られないものかしら!)
入学してもうすぐ五カ月が経とうとしても、ソフィーの思考は未だ残念なままだった。




