拝啓 天馬 私、今とても落ち込んでいますⅡ
段々、バートが知ったら愕然とするようなご令嬢へと進化してしまっているソフィーだったが、勉学にはきちんと励んでいた。
というか、それ以外あまりすることがないのだ。リニエール商会の仕事はバートたちが完璧に動いてくれているため、手紙のやり取りだけで終わってしまう。
一度、バートにクリスティーナたちのことや、豊穣の女神のことを手紙に書いたのだが、心の叫びの百分の一くらいしか想いを綴っていないのに、返信を読んで驚愕した。
『ソフィー様、何を言ってらっしゃるのですか?』
なぜ理解されないのか、分からなかった。
美しいご令嬢たちが目の前にいたら、眼福だよね! 的なことを、ご令嬢らしい美文で書いたのに正気を疑われている。
ソフィーは驚いた。
いや、これは仕方が無いことなのかもしれない。
バートだって、見たことのない景色を手紙で伝えられても、簡単には想像が及ばないのだろう。美しく、光り輝くご令嬢など、早々会えるものではないからだ。そう結論付け、今度はもっと詳細に書いた。
すると、次の手紙ではご令嬢ばかりで気疲れし、脳まで疲れたのだろうと勘違いしたバートより、外国製の疲労によく効くお茶が届いた。
何だろう……気遣いがちょっとツライ。
(ま…まぁ、仕方ないわ。バートは、私レベルを世界一可愛いと口にしてしまうほどに、世界をまだ知らないのだから。いつか、この広い世界を見せてあげなければいけないわね!)
だが、ソフィーは忘れていた。バートが自分に付き添い、ルーシャ王国、ダクシャ王国と幾つかの国を巡り、オーランド王国でも外交官並に世界を知っていることを。
諸外国でも美しい女性はたくさんいた。世界の美女を知らないのではなく、バートが異端のお嬢様以外には目もくれなかっただけだ。
そんなことを全く理解していない鈍感なご令嬢ソフィーは、気を取り直し、バートから貰った疲労によく効くお茶をサニーに淹れてもらった。
口に入れると、思っていた以上に飲みやすく、美味しかったのでサニーと分け、自分の分は幾つか明日のお茶会に持っていくことにした。
贈られた木箱の中から持っていく分を取り分けていると、その中に書類が入っているのに気づく。中を読めば、それは王都の地図だった。地図には、書き込みがされている。
「あら、さすがバート! 仕事が早いわ」
入学前に自分がしていた作業を、代わってしてくれたうえに、こんなにも早く作り上げ送ってくれるとは。バートの仕事の早さに感服しながらも、ちゃんと休んでいるのかしらと心配になる。この疲労によく効くお茶を飲むべきは、自分ではなく、バートなのではないだろうか?
仕事の合間に自分の願いを叶えてくれたことには大変感謝しているが、次の手紙にちゃんと休みなさいと書かなければなるまい。
「ソフィー様、それは?」
サニーが気になったのか、首を傾げている。
「これは王都の地図よ。私が必要な情報を、地図に書き込んでもらったの」
ガサガサと地図を大きく広げれば、バートの文字が至る所に書き込まれていた。書き込まれているのは、主に水に関する情報だ。
給水栓からの水、井戸水、水汲み業者が汲んでくる水、それ以外でも排水溝、王都近郊の川や湖。
それらの水の質を知るために、バートには水の調べ方も教えていた。水の臭い、色、にごり、飲める水ならその味も。川や湖なら、水辺に住んでいる虫や動物、植物に至るまで。
細かく記されたそれは、バートだけではなく、商会の皆も手伝ってくれたのだろう。この短期間で、かなりの情報が網羅されていた。
情報を一つ一つ丁寧に読み、ソフィーは思案する。
どこにいようが、やると決めたことはやり通したい。環境が変わっても、自分の決めた決意は変わらない。
(これは、私と、祐の夢だもの)
水と共に生きる。そのために、水を脅威のものにはしない。水を恐れない。恐れれば、二度と踏み込めない領域を自分で作ってしまうから。
真剣に地図を眺め、バートが書いた文字の横に赤いインクで文字を書き足すソフィーの横顔を見ながら、サニーはそっと部屋を出た。
誰よりも敬愛するお嬢様の邪魔にならないように。
◆◇◆◇◆
それからまた一か月がたち、入学してからすでに二カ月が経過していた。
段々飽きてきたのか、ソフィーへの嫌がらせが前より減っていった。
それを大変残念に思っている、残念な思考のご令嬢ソフィーであったが、“豊穣の女神”リリナは相変わらず会えば嫌味や罵倒を口にしてくれるので嬉しかった。
リリナは嫌味や罵倒は口にするが、それ以外の嫌がらせはしないようで、教科書を破られ持っていなかったソフィーに、教室が違うというのにわざわざ貸してくれようとしたことまであった。
(ツンデレ? デレ? 豊穣の女神のデレ?)
思わず口走りそうになったほど驚いた。
しかし、正直に。
「あ、ありがとうございます。ですが、内容は入学前に読んで全て覚えているので、大丈夫です。お気遣いなさらずに」
と答え、リリナを震撼させた。
リリナはご令嬢の中では頭が良く、入学試験も次席だった。
優秀な子供だと、リリナは昔からそう言われ育った。入学するまで、自分が首席代表だと絶対的自信を持っていたリリナだったが、ソフィーに首席を奪われ、そのうえ教科書の内容をもうすでに覚えているから必要ないという発言に、彼女のプライドは大層傷ついた。
目に涙を浮かべ、プルプルと体が震える。
豊穣の女神の泣き出しそうな顔に、ソフィーが思わず手を伸ばすが、叩き落とされてしまった。
「あ…、貴女なんて…だいっきらいよぉおおおお!!!」
大絶叫で叫び、ドレスを翻して廊下を走っていく。
一瞬、泣き顔も可愛い! と思ってしまった。いやいや、そうじゃない。
正直、なにがリリナの怒りに触れたのか分からなかったが、とにかく謝らなければと後を追おうとしたが、リリナに置いていかれた取り巻きのご令嬢たちと目が合ってしまった。
取り巻きのご令嬢たちは、まるで化け物を見るような目でソフィーを見ていた。
(え? コイツ、泣かせやがったとか思われているのかしら?)
それにしては、まるで畏れるような瞳だ。
「あの…」
ついソフィーが声をかけると、ご令嬢たちは飛び上がるように逃げていった。
まるで猫がビックリして飛び上がるような見事な飛び上がり方と逃げ足に、ソフィーはお嬢様というのは身体能力が悪いわけではないんだと認識を改めた。
それからすぐに、一つの噂が流れる。
ソフィー・リニエールは、全ての教科書をすでに暗記しており、その優秀さはやはり本物なのだと――。




