ソフィー・リニエールというご令嬢~お姉様たちの自由時間~
女学院“女王の薔薇”には、有名な三人のご令嬢がいた。
伯爵令嬢ラナ・バラーク。
侯爵令嬢セリーヌ・ベネシュ。
そして、第一王子の婚約者である公爵令嬢クリスティーナ・ヴェリーン。
三人は、その美しさと家柄の高さで、社交界では敵なしのご令嬢だった。パーティーにその姿があれば、輝き、華やぎ、男女問わず皆その美しさの虜になる。
それは“女王の薔薇”のご令嬢たちも一緒だった。誰もが、美しい三人のご令嬢の“妹”になりたがっていた。
だが、家柄が高ければ高いほどに、契りを交わさずに卒業することは多い。
公爵令嬢であるクリスティーナ・ヴェリーンは、その家柄故に相応しい“妹”がおらず、このまま卒業してしまうのだろうと皆が思っていた。
まさか、今年入学してきたばかりの男爵家の令嬢と、姉妹の契りを交わすなど、いったい誰が予想していただろうか。
クリスティーナが、男爵令嬢ソフィー・リニエールと姉妹の契りを交わしたことによって、学園内には激震が走った。
驚いたのは、一般生徒だけではなく、クリスティーナの友人である二人も同じだった。
その日、クリスティーナの自室で、セリーヌとラナは優雅に読書をしていた。夕食が終わり、就寝前の自由時間を三人はこうして過ごしていることが多い。家柄だけでない関係がそこにはあるのだ。
だからこそ、自分たちになんの相談も無く、姉妹の契りを交わしたクリスティーナが、セリーヌは不思議でならなかった。
テーブルを挟んで、目の前で書き物をしているクリスティーナに、セリーヌが話しかける。
「ソフィーは今日もまったく喋らなかったけれど、あの子はああいう子なの? 可愛いだけのお人形さんかしら?」
しかしセリーヌの問いに、クリスティーナではなく、ラナが口を開いた。
「確かにソフィーは大人しいですが、話すと変わっていますわ。この前は、ダクシャ王国の話をしてくれたけれど、あれは本当に本で得ただけの知識なのかしら? とても詳しかったですわ」
「そうね。わたくしもそれは思ったわ。本人は本で読んだと言っていたけれど、あの知識はダクシャ王国を訪れた者だけが得られるものよ」
多くの書籍を読むセリーヌが頷く。膨大な量を読みつくした彼女だからこそ、断言できるのだろう。
「あの子は、面白い子よ」
サラサラと流れるように動かしていた羽根ペンを止め、クリスティーナが静かにほほ笑む。
「……解せないわ。貴女、ソフィーをどこで知ったの? 男爵令嬢が出席するようなパーティーに、貴女が行くとは思えないし。聞いた話では、あの子はずっとタリスの保養地にいたというじゃない」
「タリスって、あの“食のタリス”ですの?」
ラナの瞳が輝く。ラナは美味しい物が大好きだった。
「ええ、そのタリスよ。王都から離れたことのないクリスティーナが、いったいどこでソフィーを知ったのか、まったく分からないわ。わたくし、分からないことがあるのは嫌いなの」
「セリーヌったら、そんなにわたくしのことが気になるの? 心配しなくても、貴女はわたくしの大切な友人よ」
「ッ、そんなことは心配していないわ!」
ムッとして言い返しても、クリスティーナはただ笑うだけだった。そして、何事も無かったかのように、また白い紙を麗筆で黒く埋めていく。
長年一緒にいるセリーヌでも、時折この美しい友人の思考は分からないことが多い。今回はその最たるものだ。入学式早々に、右も左も分かっていないであろう男爵令嬢と姉妹の契りを交わすなど、正気の沙汰とは思えない。
まず家柄が合わないうえに、交わすのは普通、もっと相手を知ってから慎重に行うものなのだ。
姉妹の契りは何度もできるものではなく、一度してしまえば相手が死ぬまでそれは続く。“女王の薔薇”を卒業しても、契りは続くのだ。
姉は妹を想い、妹は姉を慕う。
その関係は、一生のもの。だからこそ、家柄が高い者はとくに慎重に相手を選ばなければならない。
「貴女があんなに早く姉妹の契りを交わしたせいで、あの子イジメられていてよ」
セリーヌの言葉に、クリスティーナの指が止まる。
「あら! なら、わたくしたちに相談すればよろしいのに。あの子いつも笑顔だから、まったく気づかなかったわ」
「ラナ、貴女も鈍いのね。普通分かるでしょう。公爵令嬢クリスティーナ・ヴェリーンが姉妹の契りを交わした相手よ。嫉妬の的になることくらい予想できるでしょう?」
「わたくし、そういう意地の悪い女ではありませんから、考えも及びませんわ!」
ぷんと横を向くラナに、セリーヌが『だから貴女は子供なのよ』と説教が飛ぶ。
いつもの二人の応酬を見ながら、クリスティーナはほほ笑んだ。
「いいのよ。あの子はそのままにしておけば」
「…………」
「まぁ! クリスティーナお姉様、ソフィーが心配ではありませんの?」
「ソフィー・リニエールがその程度のご令嬢なら、わたくしは姉妹の契りなど交わしていないわ。違うと思っているからこそ、契りを交わしたの」
二人をゆっくりと眺め、クリスティーナが冷たく笑う。その凍りつくような微笑が、彼女が氷の美女と言われる所以だ。
「……もし、その程度のご令嬢ならどうするの、クリスティーナ?」
「そうね、その時は…」
――――自由時間は静かに過ぎ、交わされる会話は闇に溶けていった。




