拝啓 天馬 楽園はここにありました!
天馬、日々をどうお過ごしでしょう?
涼香姉さんと、好みの髪型のことで揉めていませんか?
高校生の時、何気なく皆で見ていたテレビから、そんな話になりましたね。
涼香姉さんはふわふわパーマの可憐な髪型が至上だと豪語していたその横で『ふーん、俺は黒髪ショートカット以外に興味ない』と空気を読まない発言をして激怒されていた記憶が、なぜか今頃になって思い出されます。
見た目似ている姉弟なのに、好みはまったく似ていませんでしたね。
ちなみに、どちらの肩も持てなかったから、あの時は言えなかったけど、私はどちらかというと涼香姉さんと同じ好みでした。
ふわふわパーマの可憐な少女たちが目の前にたくさんいたら、きっと天国だろうなぁと昔はよく思っていました。
私、どうやら見つけたようです、楽園を。
天馬――――楽園はここにありました。
美しい花が咲き誇る庭園で、それは行われていた。
真っ白なテーブルクロスの上には、可愛らしい色とりどりのお菓子。淹れたての紅茶は香り豊かなローズティー。ティーカップは大輪の薔薇が描きつけられており、庭園でのお茶会に相応しい絵柄だ。
「あら、このお菓子はじめて見るわ」
赤みがかった黄色の髪と橙色の瞳をもつ、愛らしい顔立ちをした一学年上のお姉様、伯爵令嬢ラナ・バラークは、白い指で焼き菓子をつまむ。
焼き菓子の中央には、フルーツの砂糖漬けが入っており、花弁が包み込むような形をしているそれは薔薇菓子とよばれるものだ。
「本当、とても素敵な色のお菓子ね。まるで本物の薔薇を食べているようだわ」
鈍色の髪と同じ瞳をもち、気位の高さが美貌にも現れている侯爵令嬢セリーヌ・ベネシュが、ラナの言葉に同意する。セリーヌはクリスティーナと同じ、二学年上のお姉様だった。
「それはソフィーが用意してくれたものなの。わたくしが、薔薇が好きだといったら、お菓子にティーカップまで薔薇でそろえてくれたのよ」
美に愛された女神、公爵令嬢クリスティーナ・ヴェリーンが、どこか誇らしげに言う。
相変わらず、本日も黄金の髪の煌めきが美しい。その美しさは、時間を忘れていつまでも見ていたくなるほどだ。
クリスティーナの言葉に、セリーヌの鈍色の瞳が鋭く尖る。
「嫌だわ。姉妹の契りを交わした途端、この体たらく。氷の美女の名が泣くわよ、クリスティーナ」
入学当初は、姉妹の契りと言われてもピンと来なかったソフィーだが、今は少しだけ理解している。姉妹の契りは“女王の薔薇”で交わされる先輩と後輩の約束だ。
先輩が“姉”となり、後輩が“妹”となる。
それはまるで結婚の約束のように、一生の愛を誓うもので、“姉”は “妹”を想い、“妹”は一途に“姉”を慕う。
前世、男のソフィーにとっては不思議な約束だが、同時に美しい絆に興奮してしまった。
ましてや、ソフィーを“妹”に選んでくれたのが美しい女神クリスティーナだからこそ、余計にそう思ってしまう。
セリーヌの嫌味にも、クリスティーナはその美しさを損なわず、艶然とほほ笑んだ。
「あら。悔しいのなら、貴女も早く“妹”を探せばいいのではない、セリーヌ」
笑顔で対応する二人の間で、静かな雷がゴングを鳴らす。だが、無用な争いをしないのがご令嬢の嗜みだ。笑いあうだけで、醜い言葉の応酬が始まるわけではない。
「そうだわ、ラナ。貴女、セリーヌと姉妹の契りを交わしなさいな」
「嫌よ。ラナは言うことを聞かなすぎるもの」
クリスティーナの提案に、セリーヌが難色を示す。
「わたくしもご遠慮致しますわ。わたくし、“妹”になるより“妹”が欲しいのです。せっかく学年が上がったことですし、わたくしを全肯定して話を聞いてくれる、そんな“妹”が欲しいのですぅ」
「わがままな貴女を全肯定してくれる方なんて、貴女に騙されている可哀想な殿方以外にいるわけがないでしょう」
「まぁ、セリーヌお姉様ヒドイですわ! それに、わたくしは殿方を騙してなどおりません。勝手にあちらがわたくしに理想を押し付けているだけです!」
クリスティーナと違い、こちらは言葉の応酬が始まるらしい。
応酬といっても、頬を膨らませてぷんぷんしているラナの表情は可愛らしく、見ているだけで砂糖を口に入れているような気分になる。
三人の美しくも可愛らしいご令嬢をテーブル越しに見られ、ソフィーは幸せに酔いしれていた。その美しさを魂に刻むことに必死過ぎて、まったく喋らないソフィーに、クリスティーナが不安げに眉根を寄せた。
「ソフィー、つまらなかったら言ってちょうだい。次からは二人でお茶会をしましょう」
「ちょっと、クリスティーナ。わたくしたちがつまらない存在かのように言わないでほしいわ。ソフィーが黙っているのは、貴女が恐いからなんじゃないの」
「……まぁ、わたくしのどこが恐いというのかしら?」
「貴女は雰囲気が刺々しいのよ。その青い瞳が、人を見下しているわ」
「面白いことを言うのね、セリーヌ。今回の試験でも、わたくしに負けたことをまだ根に持っているのかしら? そんな取るに足りないことを気にするなんて、器が小さいわ。…あら、これは失礼」
「ほら見なさい。クリスティーナは本来底意地が悪いのよ! ソフィー、貴女も気をつけなさい」
セリーヌの忠告にも、ソフィーは目を潤ませるだけだ。
(女神と天女と天使は、争っていても美しい。なんて神々しい光景……)
完全にご令嬢ソフィー・リニエールを捨て、中村祐の思考が全面全開だった。
「あら、このお砂糖とても粒子が細かくて、均一だわ。それに不純物がまったくないのね。とても上等な物だわ」
紅茶に砂糖を足そうとしたラナが、気づいたことを口にする。
「それはリニエール商会が扱っているお砂糖なのよ。ソフィーがわたくしのために用意してくれたの」
「だから、なぜ貴女が誇らしげなのよ!」
ソフィーが黙っていても滞りなく続くお茶会は、侍女たちが迎えにくるまで続いた。




