拝啓 天馬 私 、女学院に通うことになりましたⅡ
それでも沈んだ気持ちを隠し、ソフィーは日々を淡々と過ごし、入学式のその日まで大人しくしていた。入学式での首席代表もソツなくこなした。皆、ご令嬢だけあって、堂々と文句を言うような者はいなかった。
もう、地味に生きるしかない。目立たず、騒がず、空気のように三年間を過ごし、シャバに出たら思いっきり事業を拡大できるよう緻密な計画を日々練って暮らそう。
そう決意したソフィーの目の前に、一人のご令嬢が立った。
げんなりと地面を見て歩いていたソフィーに、最初に目に入ったのは赤い美しいドレスだった。艶やかな赤いドレスの生地は最高級の物で、なかなか手に入らない生地だと一目で分かる。ドレスに施された金の刺繍は見事で、職人の魂が込められていた。それに映えるようにフリルもボリュームたっぷりで、気品の中にある可愛らしさを十分に発揮している。
思わず顔を上げれば、そこには見たことも無いような美しい女性がいた。
「はじめまして、ソフィー様。わたくしはクリスティーナ・ヴェリーン。わたくし、貴女にずっと会ってみたいと思っておりましたの」
目もくらむような女性が挨拶を口にしながら、小首を傾げると美しい金の髪がキラキラと煌めいて見えた。カールのかかった黄金の髪には、真珠の飾りを絡ませており、彼女の美しい髪とよく合う。瞳は心を癒す空の色をしていた。文句など一つもでないほどの、完璧な金髪碧眼の美女だ。
「先ほどの首席代表の挨拶も見事でしたわ。さすがね」
赤い果実が口を開くたびに、柔らかそうな舌が見える。
「ソフィー様?」
呆然としていたソフィーに、クリスティーナが声を今一度かける。そこでハッとした。完全にクリスティーナの美しさに魂を抜かれていた。
「申し訳ございません、ヴェリーン様! わたくしはエドガー・リニエールの娘、ソフィー・リニエールと申します。このような若輩者の名を覚えていただき、光栄でございます」
慌ててソフィーは淑女の礼を執った。
「まぁ。そんな堅苦しく考えないで、クリスティーナと呼んでちょうだい」
「恐れ多いお言葉です」
親しくもない間柄で、しかも初対面のどうみても年上を名で呼ぶなど失礼にあたる。
「わたくしも、貴女のことを名で呼びたいのよ」
固辞しようとしたが、優しく微笑まれ、美しさに目が溶けるかと思った。
「ですが…」
「どうか、クリスティーナと」
微笑まれ、妖艶な声でせがまれる。
「はい、…クリスティーナお姉様」
“女王の薔薇”では、先輩をお姉様と呼ぶのだという情報はハールス子爵夫人から聞いていた。それに倣い、ソフィーもお姉様と呼ぶ。
すると、まるで甘美な花が咲き誇るような顔でクリスティーナがほほ笑んだ。
また、目が溶けるかと思った。
「今日からわたくしの可愛い妹になる貴女へ、これを贈るわ」
クリスティーナは金色の指輪を取り出すと、ソフィーの右手の小指にそっとはめた。
「貴女に幸運が訪れ、そしてそれを逃がしてしまわないように」
指輪を贈られ、こんなものを貰っていいのかと焦ったが、クリスティーナはまた微笑を一つ浮かべると。
「ソフィー、それではまたお会いしましょう」
優雅な挨拶と共にドレスを翻し、去っていってしまった。
先ほどの様付けから一気に砕けて呼ばれたことに、魂まで抜かれそうになる。
クリスティーナの姿が見えなくなるまで見送ったソフィーは思った。
(え? いまの白昼夢? 私、白昼夢をみたの?)
夢か幻かと疑う美女に、夢だったのかもと結論付けようとしたその瞬間、周りにいたご令嬢たちが一気に騒ぎ出した。
「あのクリスティーナ・ヴェリーン様が指輪を与えられたわ!」
「そ…そんな…」
「嘘でしょう、なぜ姉妹の契りをあの子と!?」
「あの子、男爵家でしょう…?」
悲鳴にも似た声は大きく、何人かがショックのあまり失神するという事態になり、ソフィーは大いに慌てた。まったくどういうことなのか分からない。
「あの…、この指輪を頂いたのが悪かったのでしょうか?」
でも、あの場では断ることもできなかった。
思わず隣にいたご令嬢に問えば、
「貴女知らないの?! 公爵令嬢クリスティーナ・ヴェリーン様が指輪を贈る意味を。姉妹の契りを!」
「え?」
(姉妹の契り? なにそれ?)
いや、それよりも今とんでもない家柄が聞こえてきた気がする。そういえば、クリスティーナは自分の身分を口にしていなかった。
「公爵家…?」
「そうよ、あの方は第一王子の婚約者であらせられる公爵令嬢クリスティーナ・ヴェリーン様よ!」
「公爵…令嬢?」
驚きのあまり失神しなかった自分を、誰か褒めてほしいと思う。
(なぜ?! どうしてそんな方が、私に指輪を???)
まったく意味が分からない状況に、ソフィーは人生で初めて絶句し、立ち尽くしてしまった。




