拝啓 天馬 私も、もう十三歳。立派な淑女になりましたⅦ
しばらくしてから、エリークを連れてくるよう、使いに出していた御者が扉を開いた。開いた扉から入ってきたエリークは、夜遅くに呼び出されたというのに嬉しそうだ。
どんな時間でも、どんな場所でもソフィーに呼ばれることが大層嬉しいらしい。
ソフィーは夜遅くに馬車を走らせエリークを連れてきてくれた御者に礼を言い、ワインを一本渡した。先ほど飲んでいたフルーツワインとでは価値がまったく異なるものだが、平民ではそう口にできない上等なワインを貰い、御者はとても喜んでいた。
妻のいる彼は、非番の日にでも夫婦であれを味わうのだろう。つまみに高価な菓子を渡すあたり、本当にこのご令嬢は抜け目がない。明日も早い時間から働く御者を、遅い時間に拘束してしまったことへの配慮を忘れないのだ。
そのお嬢様に拾われた四人の元孤児は、拾われた幸せを噛みしめながら、誰よりも敬愛する少女の言葉を待った。
ソフィーは座り直し、今夜の一連の出来事を話す。
「由々しき問題が発生したわ。私は、あと数か月で女学院に行かなければならなくなったのよ!」
自分が“女王の薔薇”に入学することになってしまった経緯を説明すると、もっと驚くと思っていたが、四人には不思議と戸惑いや不安の表情は無かった。
「……皆、驚かないの?」
「想定内ですから」
「なぜ!?」
バートの返事に、ソフィーの方が驚く。
「なぜって、“女王の薔薇”は、優れたご令嬢が通う学院ですよね。なら、うちのお嬢様が行かずして誰が行くというのですか?」
断言され、ソフィーは唖然と口を開いた。まさかここまで親馬鹿だったなんて、さすがのソフィーも想像していなかった。
「バート……、貴方、普段私のことを異端のお嬢様と言っているじゃない!」
「ソフィー様は異端ですが、素晴らしいお嬢様であることは間違いありません」
何だ、このイケメン発言は……。
思わず、前世ではそんな発言一言もできなかった祐がヒョキッと出てきて『イケメン発言は慎むように!』と嫉妬してしまう。
「でも、三年よ! 三年は長いわ!」
この世界では学校への入学は全て秋にあたる。秋になればソフィーはもう十四歳となり、そこから卒業するまでは三年の時間を要することになる。時間の長さを指摘しても、四人の表情に変わりはない。
「実際、ソフィー様が指示さえ出していただければ、今いる人材だけで十分回していけます。現状維持でしたら、指示が無くても滞りなく行えますし。まったくの新しい事業となると難しいですが、それは三年後でも宜しいのではないでしょうか? ご不在の間も、できるだけ準備はしておきますので」
淀みなくバートが言う。
「そうそう。“アマネ”も他の農作物に関しても量産できているし、砂糖の方も十分良質な物が作れている。販売元も定着しているし、こちらは心配しないでいい」
タリスを管轄しているクレトも、難無く言い、紅茶を一口飲む。
「ソフィー様の念願だった“黒の珠”“黒の滴”も納得できる味になりました。タリスでもその味は絶賛されていましたし。王都でも、実演販売で使用例を提示しながらなら、十分な利益が見込めます」
普段あまり喋らないエリークも、商品開発のこととなるといつもより饒舌だった。“黒の珠”“黒の滴”は味噌と醤油のことで、味噌を珠と名付けたのは、丸い珠状にして売っているからだ。みそ汁のようにたっぷり使う方法ではなく、あくまで隠し味として定着させ、その味に慣れさせてからみそ汁などを展開していく戦略だった。
「貴方たち……」
感動したように目を潤ませるソフィーは、男三人を見つめ、声を上げた。
「もっと、私を惜しんでよぉおおお!! ばかぁあああああ!」
ワインを飲んだわけでも無いのに、なぜか酔っ払いみたいな絡み方をするご令嬢に、バートは「はいはい」と、とても杜撰な返事で返す。
こっちはアンタの顔を見られないだけで結構ツラいんだよ、と本心では思っているが絶対に言わない。言えるはずも無い。
「ソフィー様、サニーはいつまでもソフィー様のお傍におりますから!」
笑顔で宣言するサニーに、男三人の視線が一斉に集まる。
“女王の薔薇”にも、侍女は数人連れていくことができる。サニーは仕える場所が変わるだけで、ソフィーの傍にいつでもいられる立ち位置は変わらない。それが羨ましい男たちは、ちょっとだけ面白くなかった。サニーの言葉に、ソフィーが感動して打ち震えているのを無視し、バートは口を尖らせた。
「それよりソフィー様、絶対に“女王の薔薇”では大人しくなさっていてくださいね。ダクシャ王国でのような騒動はもう二度と御免ですからね」
灼熱の国ダクシャ王国の名に、ソフィーは訪れた日々を思い、懐かしさを覚えた。だが、ソフィーにとってはいい思い出なので、なぜ念を押されるのか分からない。ちょっと色々あったくらいじゃないかと。
「本当に、もう二度と起こさないでくださいよ。死ぬかと思ったんですからね」
「“女王の薔薇”は女学院よ。女学院でそんなことになるわけがないでしょう?」
「私は、そういう意味では貴女を信じていません」
「まぁ、バート。貴方やっぱり私のことを誤解しているわ。一度ちゃんと話し合いましょう。きっと分かってもらえると思うの。ええ、きっと」
「洗脳されるのは御免です」
洗脳と言い切るバートに、ソフィーは悲しいわとサニーに泣きついた。誰よりもお嬢様第一のサニーは、兄を睨んだが、睨まれた兄の方はどこ吹く風で、妹の淹れた紅茶を飲みほした。そうやって、夜は更けていった。
次回より、女学院編となります。
いっきに主人公の祐度(男度?)が上がりますが、ドン引きせずに読んでいただければ幸いです。




