拝啓 天馬 私も、もう十三歳。立派な淑女になりましたⅤ
「なんて光栄なことでしょう。思わず夢か現実か戸惑ってしまいましたわ」
まず、喜びを存分に表現する。表情も少女らしくうっとりと呟くように。
「……ですが、ロクに世間も知らず、年頃のご令嬢とお茶会もしたことのないわたくしでは、とても力不足ですわ。ハールス子爵様のお名前に傷をつけてしまうのではないかと、胸が震えてしまいます……」
次はまつ毛を震わせ複雑な思いを吐露し、怯えるように身を震わせる。今は前世と違い少女の身なので、少女らしさを忘れないのは大事だ。
可憐な少女の震える仕草に、ハールス子爵夫人が心配そうに指を口元にあてた。だが、当のハールス子爵は男性特有の鈍感さで、それを謙遜だと受け取ったようだ。
「いえ。貴女が耕地の件を携え、私の所へ訪れたあの時から、貴女の聡明さ、洞察力、行動力全てにおいて、私は称賛しています。失礼を承知で言うが、貴女が女性であることが悔やまれる。男児であったなら、私の養子にしたかったほどです」
養子と言う言葉に、父の頬が一瞬こわばった。妻と子供が命より大事な彼にとっては、冗談でもいただけない言葉なのだろう。しかしそこはさすがで、一瞬のこわばり以外は態度には出さなかった。
(それってご令嬢としては失格の行動ばかりなのだけど、良いのかしら?)
さすがに、普通のご令嬢は行動力を発揮して商売なんてしないだろう。バートとクレトに異端のお嬢様と呼ばれる所以を、ソフィーだって理解している。
ハールス子爵は馴染みの方だから好意的にとってくれているが、他の貴族はそうは取ってはくれないだろう。
記憶が戻った時から、ご令嬢として日々を生きると決めたが、結果ちょっと脱線しているのは否めない。そんな自分が、真のご令嬢たちの花園へ飛び込んで、やっていける気などまったくしない。
「ハールス子爵様…」
総攻撃をいま仕掛ける! と、意気込んで唇を開くが、カチャリと鳴る食器に止まる。
音の方へ視線を移せば、茫然とした母がナイフとフォークを皿に落としていた。礼儀作法は完璧な母にしては珍しい。
「お母様?」
思わず声をかけると、我に返った母がわななく唇に両手を重ね、歓喜した。
「なんて素敵なの。“女王の薔薇”に、ソフィーが入学できるなんて……」
「お、お母様?」
うっとりと夢見るように囁くその瞳は、まるで少女のようだ。
「“女王の薔薇”に入学を許されることは、オーランド王国全てのご令嬢の夢ですもの! わたくしも夢のようです! ソフィーが、ミリアお姉様と同じ学園に入学できるなんて!」
ミリアは、ハールス子爵夫人の名だ。
「わたくしもよ。本当は貴女と同じ学び舎で過ごしたかったけど、貴女は、資格はあっても体調がすぐれなかったから……。わたくし、いつもここに貴女がいてくれればと願っていたわ」
ハールス子爵夫人の言葉に、母は『まぁ…』と喜びと悲しみを帯びた瞳で夫人を見つめる。
(え? ……え?)
「わたくしも、旦那様からこのお話を聞いた時、なんて素敵だと思ったのよ。貴女の娘が、わたくしの学び舎であり、貴女の夢でもあった“女王の薔薇”で日々を過ごす。そう考えるだけで、わたくし、まるであの時代に戻ったようで」
過去を慈しむように話すハールス子爵夫人と母は、もう完全に少女時代に戻っているかのような顔で会話を繰り広げている。
目の前には紳士的笑みを浮かべるハールス子爵と、少女時代に思いをはせているハールス子爵夫人。横には、娘の入学を心から喜び、まるで自分の夢を叶えてくれたとばかりに喜ぶ母、そしてそれを涙交じりで見守る父。
(あ、やばい……これ断れないやつだ)
◆◇◆◇◆
夜も更ける頃、リニエール家の一室にバートはいた。
バートとクレト、そしてエリークには寄宿舎の部屋を一室与えられている。だが、それとは別にリニエール家の本邸にも部屋を貰っていた。
今夜は帰りが遅かったため、本邸の方へ泊まることにしていた。
本邸は広く、そして豪華だ。リニエール家の資産を考えれば当然なのだろう。しかし、リニエール家の主人は仕事で忙しく、そして奥方もあまり派手なことを好まないため、あまりパーティーなどを開かない。毎夜開く貴族もいるというのに。
バートのいる部屋は、リニエール商会の役職持ちか、執事だけが使用できる従業員専用の部屋だ。
薄茶色の絨毯を敷きつめ、木彫り職人が施した彫刻が美しいテーブルとソファーが設置され、部屋にはバーカウンターと蔵書まであった。下手すればどこかの貴族の応接室でもいいほどの広さと調度品が置かれている。部屋には暖炉もあり、メラメラと誰もいない部屋を暖めていた。
バートはこげ茶色のビロードが貼られたソファーには座らず、暖炉の前に立つと上着の内ポケットに入れていたカードを、火の中に投げ入れた。
「なんだ、返事してやらねーの?」
「お前か…」
後ろから声をかけてきたのは、クレトだった。クレトもまた内ポケットからカードを取り出すと、同じく火に入れた。
カードは、本日訪れた子爵家のメイドたちが先を争うように渡してきたものだった。カードには名前と住所、そして甘い言葉が書かれていた。
リニエール商会の役職持ちというだけで、彼女たちにとって、二人はこれ以上にない好条件の結婚相手となる。しかも二人とも顔立ちが整っている。収入も容姿も兼ねそろえた男には然う然う出会えない。メイドたちが必死なのも仕方が無いことだった。
「リニエール商会ってだけで、相手してくれンのはあり難い話だけど、俺が行き倒れていた孤児だって聞いたら、どんな顔するのやら」
「今がいいなら、過去は気にしない女は多いんじゃないか」
逆に、過去の不幸を憐れみ、今の出世を物語のように感じて素敵だと口にする女性も多いだろう。
クレトからすれば、ソフィーに拾われなかったら確実に死んでいた。とても笑えない話なのだ。拾われる前のことなど、正直思い出したくもない。
暖炉で燃えるカードを見ながら、ハッ…と、うつろな笑いが零れた。




