拝啓 天馬 睡眠不足は大敵ですねⅣ
(そうだった。そもそもアイツも、ソフィーに勝てたことは一度もなかったな……)
王族という身分を知ったせいで、横暴な命をくだしたかのように錯覚したが、人はそう大きく変われない。
幼少期の彼は、ソフィーの一挙一動に動揺し、心配し、苦言を呈するも押し切られ――――正直、コイツも大変だなと同情したことは一度や二度ではない。
きっとこれから先も、頭を抱えるべきは彼女ではなく、彼の方だろう。
再会してから一体何度目だろう重いため息を零しながら、それでもバートは諦めず言葉を続けた。
「ソフィー様がくだんの件について、どれだけ大いなる理想を持ち、実現可能とするべく構想を重ねてきたかは重々承知しております。ですが……、仕損じれば身の破滅に繋がりますよ?」
事の重大性を強調し、悲惨な結末を暗に示唆すれば、少しは考えを改めてくれまいかと願って放ったが、ソフィーの瞳が動揺に揺れることはなかった。
「そうね。でも、成功すればこの国は豊かな水源を手に入れるわ。これが実現できるかどうかで、暮らしが大きく変わる。これから続く未来のためにも――――やり遂げてみせると誓うわ」
物言いは静かだが、断固とした口調に、バートは息を呑む。
けぶるような睫毛の奥に見える新緑の瞳は柔らかい色だというのに、初夏の陽よりも強い光を放っていた。幼い時からずっと見てきた瞳だ。
「貴方たちにもそれを理解し、手伝って欲しいの」
真摯に紡ぐ言葉には、熱があった。
難事さえ、この人なら容易く叶えてしまうのだろうと思わせる熱だ。
その熱に、一体どれだけの人間が敬愛を捧げてきたか――――。
バートは頭痛を堪えるかのように額を押さえ、無言で視線を絨毯に落とす。
普段はレスポンスの早いバートの沈黙に、ソフィーはうかがうように顔を覗き込む。
「えっと……ダメかしら?」
「……――ダメもなにも、私たちが否と言えるわけがないでしょう」
「そんなことないわ! 強要はしたくないもの!」
バートとエリークの手伝いがもらえないのは正直手痛いが、強制させる気はなかった。
ソフィーの理想に巻き込むには、今回の件はあまりに大事だ。
期間もどれほどかかるか分からぬ上に、いままでとは比べ物にならぬほどの高位貴族を相手にしなければならない。神経がすり減る場面は増え、知識の蓄積も必須となる。
「私の願いが、貴方たちにとってどれほど過重な負担になるかは分かっているわ。否という権利は十分に――」
「ありませんよ」
バートは、ソフィーの言葉を遮るように言い切った。
けれど、それは決して従者としての使命感ではない。
「ソフィー様が、私たちを王都に連れていくと仰ったあの日から、私たちは私たちの意思で貴女をお守りすると決めているんです。それは揺るぎません」
どこに行こうとも、何をしようとも、ソフィーが信念のまま動くというならば従うまで。
視線を真っすぐに誓言され、ソフィーは目を瞬く。
幼い時からずっと手を貸し続けてくれた。共にいてくれた。
今日まで、彼らの存在にどれだけ救われたか知れない。
それだけでも十分だというのに、未来の誓約までくれるというのか。
「…………ありがとう、とても頼もしいわ」
心からの笑みと感謝を捧げながら、ハタっと気づく。
バートは全員の総意のように告げたが、エリークからの承諾は受けていない。慌ててエリークに視線を移せば、彼はいつも通りの喜怒の見えぬ顔で、微動だにせず姿勢を正していた。
ソフィーと目が合うと、やっとその口を開いた。
「お話はどれくらいまで進んでいらっしゃるのですか?」
再会して初めての会話は、戸惑いなど一切感じられない淡々とした確認事項だった。
「えっと……、エリークも協力してくれるということでいいのかしら?」
「いいもなにも。エリークは、ソフィー様の発意に慣れておりますから、事態の飲み込みがやたらと早いんですよ」
バートが、心なしか不機嫌そうに言う。
幼い時から水事業における計画設計を一番身近でソフィーから見聞きしてきたエリークは、バートたちとは培ってきた土壌が違う。
「今回の件を聞いて、珍しく浮足立っているくらいです」
「あら」
バートからすれば、エリークの研究者気質も度が過ぎているように思えるが、育てたのがソフィーだと考えればなるようになった形ともいえる。
「――――では、前置きは割愛して単刀直入に言うわ。エリークには医科学研究所の試験を受けてほしいの」
合格すれば、学院と研究所の出入りを許される手はずであることを伝えれば、驚きの声をあげたのは、本人ではなくバートだった。隣に座るエリークを、気遣わしげに見る。
「それは、エリークでも……平民でも許されるのですか?」
「ロレンツオ様は、貴族のプライドよりも知識の渇望を優先される稀有な方だから安心して。エリークなら、彼にとっても不足はないはずよ」
いまは手紙のやり取りが主だが、エリークがロレンツオの質疑にいち早く答えられる距離にいれば、時差なく情報の共有が可能になる。この差は大きい。
ソフィー自身が赴くのが一番手っ取り早いのだが、紫星の立場上、あまり研究所を行き来すれば、ロレンツオの方を呼び出せと言われるのは必至。できればそれは避けたい。
「難役をお願いしていることは百も承知よ。それでも、受けてくれる?」
「はい。まずは試験に合格すればよろしいのですね」
「エリーク……」
いささかの迷いもないあっさりとした承諾に、ソフィーの方が心配になる。
「もっと悩んだり考えてもいいのよ?! 私の代理であるエリークに対して、粗雑な扱いはしないでしょうけど、研究所の方は皆貴族の子弟だし、銀星はわりと変わった方が多いわ!」
ロレンツオ、ネルト。研究所の人間ではないが、レミエルに、追加でヴィンセント。
ざっと頭をよぎった人物だけでも、全員が異色。変わり種でなければ銀星に成れぬのではないかと思われるほどだ。
「…………あら? 考えたら私のほうが不安になってきたわ。あの一癖も二癖もある人種の中で、エリークが歪に染まったらどうしよう。やっぱり別の手を考えようかしら……」
この期に及んで躊躇いだしたソフィーに、エリークは小さく首を振る。
「免疫があるので、ご心配には及びません」
「そういう点ではエリークは大丈夫ですよ。貴女より変わった方が、この地上にいるとは思えませんし」
表現は違うが、意味合いは同じに聞こえる二人の言葉に、ソフィーは真顔で思った。
(なぜかしら、大切に想われているのは間違いないはずなのに、言われていることはジェラルドや黒星たちとあまり変わらないような……?)
◆◇◆◇◆
扉が開く音と共に、ソフィーとその従者たちが部屋から出てきた。
話し合いはそれほど長い時間ではなかったが、なにか解せぬことでもあったのか、出てきたソフィーの表情は芳しくなく、腑に落ちないとばかりに頬を膨らませていた。反して従者の方はシレっとした顔だ。
リニエール家の侍従関係は、不可思議な彼女そのものをあらわすようで、ジェラルドは頭を捻る。
すると、さきほど声を荒げていた青年がこちらに近づき、目の前で止まると、恭しく腰を折った。
「先ほどは大変ご無礼を致しました」
激昂していた時とは打って変わって、整った声。元々の彼は、こちらを常としているのだろうことが見て取れる、礼儀正しい一礼だった。
「ですが、この方はリニエール家にとっても、私たちにとっても、命よりも大切な方――――どうか、お嬢様をよろしくお願い致します」
言葉少なに語る声と深く下げられた頭には、並々ならぬ想いが込められていた。
ソフィーもいたく感じ入ったようで、瞳を潤ませ従者の名を呼んだが、彼はすぐに「それはそれとして」と、話を続けた。
「私たちのお嬢様は、大丈夫だと判断した途端、奇想天外な方法で事を成そうと致します。調子に乗ると天井知らずで突き抜けていく方なので、どうか厳しく接してください」
「え……」
「言い様がひどいわ、バート!!」
ジェラルドは思わず「荷が重いです」と本音を口にしたくなったが、言ったが最後、目の前の少女から「どういう意味よ!?」と詰られそうで、グッと口を噤む。
申し訳ありません。
できれば終わらせたかったのですが、ここで諦めました( ;∀;)
次で終わらせます!




