拝啓 天馬 睡眠不足は大敵ですね
やはり人間にとって睡眠は大事だと、私は再認識しました。
体は元気のつもりでも、慣れない環境、思考を常に動かす状況。
その上、徹夜を三日も続ければ、さすがの私もちょっとうっかりを起こすものです。
まぁ、王の剣に来てからはうっかりが多すぎるような気もしますが……。
でもこれも男ばかりの環境のせいだと思うのです!
潤いのない生活は人の心を蝕み、知らず知らずのうちに、ストレスという名の毒が体を浸食していてもおかしくはないと思います!
…………と、つらつらと言い訳を書き散らしましたが、実際はただ単に、難易度の高いことは後回しにしてしまった己の不甲斐なさが敗因だということは分かっているんです。
ああ、こうなることは分かっていたことなのに……。
これだけは、あとでちゃんと準備しておこうと思っていたのに……。
その高難度さ故に、私は無意識にこの問題を先送りしていたのでしょう。
結果、私はいま――――バートの怒りをノーガードで受け止めています。
時間は、少し前までさかのぼる。
朝、学院に着くなりヴィンセントに呼び出されたソフィーは、兵士の駒を手のひらで弄びながら、目の前で仏頂面で構えている男を見やった。
「ヴィンセント講師。確かに対戦していただきたいとお願いしたのはこちらですが、学生たちの授業を妨害するつもりはありません。空き時間を少々いただければけっこうですから」
講義が始まる時間になってもゲームを止めようとしないヴィンセントに、ソフィーは呆れを含ませて伝えるが、返ってきたのは昨日と同じ言葉だった。
「勝ち逃げするつもりか?」
いかにもこちらに非があるとばかりに詰られ、ソフィーは「貴方、人の話を聞いてました?」と問いたくなる。
「いえ、私は学生たちの講義の時間をですね…」
「学生たちならとくに問題は無い。君が勝手に与えた課題ができると喜んでいるんじゃないか」
勝手に、の部分を強調し、ジロリと睨まれる。
そう言えば、金星と等しく銀星の生徒たちにもいくつか頼みごとをしていた。
(とくだん課題のつもりではなかったのだけど)
ファースたち銀星が、その為に自習時間や休みの日にまで集まり、知恵を絞っていることは知っていた。
自分たちの力だけで、ソフィーの期待に応えようと――――いや、それ以上の成果をあげるつもりで練っていることも。
「無為に過ごすなら時間の無駄だが、そうでないなら放っておいても問題はないだろう」
「そういうことでしたら、いただける時間はいただきます」
第一印象が悪かったせいだろうか、ヴィンセントならファースたちに依頼したものも一笑に付しそうだと思っていたが、そうではないようだ。
(ちょっと意外だったかも)
ヴィンセントへの認識を改めたソフィーだったが、三戦目が終わり、四戦目を続けようとする彼に、一抹の疑いが芽生える。
つっけんどんな態度は相変わらずなのだが、駒を移動させる指の動きや何気ない表情から、彼のリチュへの悦楽が感じ取れるのだ。
(この人、もしかしてただのリチュオタクじゃ……?)
どうやら、認識はもう一度改める必要がありそうだった。
「ソフィー様、勝負は五戦までにしていただけないでしょうか?」
八戦目を終え、やっと遅い昼食を口にしていたソフィーに、ジェラルドが言う。
(子供に説教する母親みたいなこといいだしたわね……)
ソフィーはサンドイッチを口にくわえたまま、咀嚼も忘れて護衛の小言を聞く。
自分は護衛中だからといって、食事どころか水すら一滴も取らないくせに、ソフィーが飲食を忘れることにはうるさいようだ。
「……仕方ないでしょう。負けていては話にならないし、かといって勝ったら勝ったらで勝ち逃げするなと再戦を挑まれるんだから」
再戦を断れば、今度はヴィンセントがうるさい。
(ここの男性陣って、めんどくさいのが多くないかしら?)
ジェラルドにヴィンセント、あの無駄にキラキラした男。極めつけはレミエル。
ソフィーは、サンドイッチを一人黙々と食しながらため息をはく。昨夜も徹夜してしまったため、脳の動きが普段より鈍く、食事を口に運ぶ指もいつもより緩慢だった。
「ソフィー様!」
そこへ、ジェラルドの無機質な声ではなく、もっと愛嬌のある声が飛んだ。
「あら、ルカ……」
「こちらにいらっしゃいましたか。いましがた……あの、大丈夫ですか?」
ルカは告げる言葉をいったん切り、ソフィーの身を案ずる。
どう見ても、いまのソフィーは普段と違い、瞳の焦点があっていなかった。
「三日間の徹夜と、連日のリチュは体も脳も酷使します。今日はもうお休みになってください」
ジェラルドの小言は終わっていなかった。
確かにリチュをしているときはそこまで気にしていなかったが、昼食で糖分を多量に摂取したこともあり、忘れていた眠気が襲ってきた。
さすがに今日は寄宿舎に戻った方が無難かと思いつつも、ルカが足早に自分を探していた理由の方が気になった。
「先にルカの用件を聞きたいわ。私を探していたのでしょう?」
「あ、はい。……ですが、ソフィー様がお疲れでしたら出直していただいたほうがよろしいでしょうか? リニエール家の方が、寄宿舎にてお待ちなのですが」
「!!」
それまで緩やかな動きだったソフィーが、野生動物のようにスタッと椅子から立ち上がる。
待ち望んでいた来訪に、眠気も吹っ飛んだ。
「誰が来ているの?!」
「従者の方としかお聞きしておりませんが、背の高い栗色の髪の男性と、彼より小柄な男性のお二人でした」
「バートとエリークね!」
ルカの情報だけで見当がついたソフィーは、爛々とした瞳で足を寄宿舎へ向けた。
駆けだしそうな勢いで踏み出すが、なぜかすぐにピタリと止まる。
「ソフィー様?」
ほんの数秒前まで嬉々としていたソフィーの背から、焦りのような緊張感が滲んでいることに気づいたジェラルドが、訝しげに名を呼ぶ。
「……しまった。 完全に忘れていたわッ!」
「?」
ひとり言のように、か細く呟くソフィーの声には、狼狽が多分に含まれていた。ジェラルドは昨夜のやり取りを思い出す。
忘れていたというのは、学院に来る前からあとで準備しようと思っていたという、アレだろうか?
「一体何をお忘れに?」
こちらで用意できるものならすぐさま用意するよう手筈を整えるつもりでジェラルドが問えば、ソフィーは苦悶の顔で振り返り、叫んだ。
「バートのお説教を回避する言い訳よ!!」
「――――は?」
それは、彼女が王の剣に来て以来、初めて聞く切羽詰まった声だった。
次回の更新は20日(土)くらいを予定しております(`・ω・´)ゞ




