拝啓 天馬 そう、すべては必然だったのですⅥ
指南書、戦略書、実践書。タイトルは多少異なるが、リチュに関わる本であることが一目でわかるラインナップだった。
「ありがとう、ルカ。重かったでしょう?」
「とんでもございません。ですが、本当に図書館にあるすべての関連書籍をお読みになられるのですか? これはまだ一部で、蔵書はまだほかにもあるそうですが……」
ルカが手にしている本だけでも二十冊は超えているが、学院内の蔵書量は王国でも随一。一般的に出回っていない書籍も多い。
「流石ね、読みがいがあるわ。では、これは明日の朝には返却するから、また別の蔵書を借りてきてもらえるかしら?」
「あ、明日ですか?」
ルカが驚いたように呟く。まだ日中とはいえ、一冊の厚みはけっして薄くない。それを明日までにすべて読むなど、徹夜と同義だ。
一昨日はレミエルによって安眠を妨害され、昨夜は黒星たちのカリキュラム作成で時間を費やしている。ソフィーはここ二日、ろくに寝ていないはずだ。
ジェラルドは慌てて止めるが、「速読できるから大丈夫よ」とあっさりと返されてしまう。どれだけバイタリティーがあるのか。
「けれど、やっぱり本だけではなく対戦相手も欲しいわね」
本だけの知識は、実践とはほど遠い。
誰かいないかしら、と二人を見れば、ルカが大きく首を横に振る。確かに銅星である彼に、悠長にリチュを嗜むような時間は皆無だろう。
それではとジェラルドに視線を移せば、こちらも不承知の顔だった
「私ではレミエル様には到底敵いませんし、幼少の頃よりお相手をつとめておりましたので、私の手癖は暗記済みかと」
レミエルはジェラルド自身のことはすぐに忘れても、そういったことは忘れないらしい。興味の指針は一貫しているようだ。
「では他にリチュを得意とする方に心当りとかないかしら?」
「それなら、兄はどうでしょう?」
ルカの嬉々とした提案に、ソフィーは食いぎみに叫んだ。
「ロレンツオ様はダメよ!」
「ダメ、ですか? 兄もかなりの腕前だと聞いたことがあるので、大丈夫かと思いますが」
「いえ、腕前を心配しているわけではないのよ。そうではなくて、ロレンツオ様にこのことが知れたら――――遊んでいると思われるじゃない!」
だからダメだというソフィーに、二人は思う。
ああ、遊んでいる自覚はあったんだな、と。
「星五つの方とかではなくて、もっと身近で気軽に頼める方がいいのよ」
それでいて腕前が立つ相手。難易度の高い注文だが、ジェラルドはふと適任者がいることを思い出す。身近と言えば身近だ。
「学院内に、腕が立つ方が一人おりますが……」
「ほんとう、どなた!?」
「ヴィンセント講師です」
「……え、銀星講師の?」
思いもよらなかった名に、ソフィーは目を瞬く。
聞けば、ヴィンセントは公式に行われるリチュ大会の優勝者であり、現在最高位のタイトル所持者だという。ロレンツオやレミエルは大会に見向きもしないため、王国一の腕前とは断定できぬものがあるが、才能は確かだと。
「そう……それは…」
ジェラルドの説明に、ソフィーのトーンは明らかに下がっていた。
視線もやや下に落ち、思案顔だ。
自分の知らぬところで、銀星講師となにか諍いがあったのだろうかとルカを見やると、動揺がそのまま表情に表れていた。
推測が的中したことを悟ったジェラルドは提案を撤回しようと口を開くが、その前にソフィーが笑う。
口の端をニンマリとあげて。
「――――好都合ね」
ふふふふふふと、唇から零れる笑みはまるで呪詛のようで、ジェラルドとルカはギョッと怯んだ。
――――コンコン。
扉を叩くと、中から入室を許す声が聞こえてきた。
「ごきげんよう、ヴィンセント講師。失礼いたしますわ」
ソフィーは優雅に扉を開くと、貴婦人さながらのあいさつを口にする。
そこではじめて入室者を確認したヴィンセントは、予期せぬ来訪者に一瞬固まった。
「なぜ君が……」
他の講師か生徒の訪問だと思い、入室の返事をしてしまったヴィンセントは、皮張りの椅子に座ったまま唖然と呟く。
「あら、歓迎していただけないのかしら?」
本来はここで立ち上がり来訪者に椅子をすすめるのが儀礼。相手が紫星ならばなおのこと。椅子に張り付いたままの姿勢で呆然としているなど、礼儀にもとる。
暗に礼儀知らずだと皮肉られたヴィンセントは口惜しそうに眉を寄せると、ソフィーに備え付けの応接セットを示した。
「それで、なにか?」
言葉少なに問う男の声は、まだ十代の少女相手には刺々しいが、そんなことをソフィーが気に病むわけもなく。逆にどこか楽しげだ。
「実は、諸事情によりリチュの対戦者を探しておりまして。聞けば、ヴィンセント講師は最高位タイトル所持者とか。ぜひお相手していただけないでしょうか?」
「……は? 君がリチュをするのか?」
ヴィンセントは怪訝な顔を隠しもしない。
(まぁ、これが普通の反応よね)
紫星を除外して考えれば、ソフィーは男爵家の娘だ。リチュを嗜む家格ではない。できて当たり前だとばかりに勝負を挑んできたレミエルの方が問題なのだ。
「お相手していただけますよね?」
しかし説明するのも面倒だと、ソフィーは話を進める。
細かい説得も懇願も彼には不要だ。
どうせ返事は分かっているのだから。
「断る」
予想通りの返答に、ソフィーは心の中で笑んだ。
相変わらず分かりやすい男だ。
プライドの高い彼の性格上、一度叩きのめされた相手をやすやすと受け入れはしないだろうことは想定内。ならば、こちらはこちらで行使できるものを最大限に生かすまでだ。
「あら、いまは空き時間だとお聞きして参りましたが、それでは別の時間に…」
「空き時間だろうが、君の対戦相手を務めるほど暇ではない。何度来ても同じだ」
ぞんざいな言いように、ジェラルドがピクリと動く。
「ヴィンセント講師、ソフィー様の肩書をお忘れですか。言葉が過ぎれば、こちらもそれ相応の対処をしなくてはなりません」
若いとはいえ、ジェラルドは聖騎士。
相手が王族でもなければ、紫星に対する無礼を処罰する権限を持ち合わせている身だ。
だがヴィンセントはふんっと鼻を鳴らし、かたくなな態度を改めようとはしなかった。
「星の剥奪でも好きにすればいい。言っておくが、君の傲慢な振る舞いに屈するつもりはない」
「イヤですわ、私がそんな命令を下すなどあり得ません」
そんな脅しを口にするつもりなど毛頭ない。
なぜなら、彼にとってもっとも厭わしい罰は星の剥奪などではなく。
「でも、そうですわね……。この紫星たる私に、ご指導されるほどヴィンセント講師はとても優秀でいらっしゃる。きっと私の才など凌駕するほどの頭脳をお持ちでしょう。ですから、――――医科学研究所へ推薦するのはいかがかしら?」
「――――ッ!?」
皮肉な響きなど一切感じられない柔らかな声で、ソフィーはヴィンセントの顔色を一瞬で変えさせた。
中途半端な長さになってしまったのでいったん切りました。
短いですが、残りは明日更新します('◇')ゞ




