拝啓 天馬 己の不甲斐なさを実感しましたⅦ
二度目の静寂もまた恐ろしかったが、かき切ったのは先程のような風ではなくジェラルドだった。
「キース、エーヴェルト!!」
その声に、二人がはじかれたように動く。
明確な命令などなくとも、どういった指示かはすぐに理解した二人は、レミエルを持ち上げるようにソフィーから引き離すと、そのまま連れ去ってしまった。
その後姿を、ソフィーは茫然とした表情で見送る。
「ソフィー様…」
「――――ジェラルド・フォルシウス」
冬の凍てつく吹雪よりも冷たく激しい声が、ジェラルドの名を呼ぶ。
さきほどのジェラジェラはともかく、紫星の少女から名を敬称無しで呼ばれたのは初めてだった。
しかし、怒りで唇が震えているのが見て取れ、いつものように返事をすることができない。
返事はなくとも、ソフィーは構うことなくジェラルドに問う。
「臣籍降下されたとはいえ元王族に刃を向ける行為と、公衆の面前で女性の胸に手を置いて『本当は男なんだろう』と口にする行為、どちらがより無礼かしら?」
「…………」
答えられるわけがなかった。
ジェラルドからすれば、どちらも考えられないほどの無礼であり、愚行だ。
「申し訳ありません。レミエル様には、もう二度とこのような行いはせぬよう申し伝えますので」
なんとかそれだけ伝えると、紫星の少女が笑った。
かろうじて口元は笑っているが、緑の瞳には剣呑な光が見える。
「とても言って聞くような男には見えないけれど?」
聞かないだろう。それも今日、昨日の話ではない。幼少期から、レミエルはそういう人間だった。
その並外れた記憶力と不可解な言動から『異端の第二王子』と噂され、彼が原因で王宮を去った者、または去らざるを得なかった者は多い。
「……ですがソフィー様。貴女の行為は、いくら紫星といえど度が過ぎています。第二王位継承者に刃を向ける行為は有罪です」
ジェラルドの詰問に、ソフィーは薄く笑う。
「では、貴方たちのその不快な態度については無罪なの?」
底冷えする様な冷徹な声だった。
「私は三秒まったわ」
「?」
「その間も。その前も。貴方たちは、あの男を一度も止めなかった」
「――ッ」
数秒の間。
あれは、彼女の躊躇の時間でも、冷静さを保とうとした時間でもなく、ただ自分たちに与えられた猶予だったのだと、ジェラルドは悟る。
「あの男はいま公爵家の人間なのでしょう。第二王位継承者だからといってそれが何? ――――気をつけなさい、そのつもりがなくとも、フェリオ殿下が王位継承者から外れる前提のような物言いにも聞こえるわよ?」
王族から離れた王位継承権は、いわば保険。フェリオという第一王位継承権を持つ者がいる以上、あまり言葉を多用することは、そちら側の派閥だと疑われる行為だ。
「あの男は、クリスティーナ様を侮辱したわ」
クリスティーナを“あの女”と呼んだ意趣返しなのか、“あの男”と呼ぶ声には毒があった。
「規定に則れば、第一王位継承者の婚約者は、準王族としてお守りするのが貴方たちの役目でしょう。順当にいけば、国母となるお方が誹謗中傷されているというのに、第二王位継承者だからといって許すの? なぜ? それは、あの男と同じ想いがその胸にあったからかしら?」
弓張月のように目を細め笑む姿は、少女というより貴婦人のように堂々として美しいが、その唇から紡がれる言葉は瘴気よりも有害さを秘めていた。
この少女は、冷静に怒り狂っているのだ。
レミエルと――――自分たちに。
「その腑抜けた言動についてはどうなのかと聞いているのよ!!」
雷鳴が轟くかのように、一喝が落ちる。
「子を産めば誰でもいい? ふざけないでッ!! 代わりなど世界中をくまなく探してもいないわ! 私の愛しのお姉様は唯一無二の存在なのよッッ!!」
私の愛しのお姉様???
緊張感に包まれていた中で、突然意味不明な言葉が飛んだ。
「クリスティーナお姉さまは薔薇より気高く、蝶のように優雅で、宝石より輝く方なのよ! そんな存在がこの世にふたりといて?! いるものなら連れてきなさいよ!」
「はあ……?」
この紫星の少女の発言は、的を射た発言や分析力に長けた言葉が多いが、それ以上に理解不能なものが多く、その度に脳が理解しようとして理解できず混乱する。
そのうえこちらが言葉の意味を飲み込む前に、畳みかけるように次が発せられるため、余計に思考が絡まりもつれてしまう。
「貴方たちは、聖騎士を目指すために黒星に入ったのでしょう! 王宮でもその志で働くというの!? 笑わせないで、そんな体たらくで私の愛しのお姉様をお守りできると、で……も……」
突然、紫星の少女の瞳が、歯を剥く狼から子ウサギのようなくるりとしたものに戻った。
我に返ったというよりは、それ以上に大切なことに気づき驚愕しているといった顔だった。
「――――なんてこと……ッ。私は、なぜこんな大事なことを失念していたのッ!?」
瞳を大きく広げ、自分の失態を恥じるように両手を頬に当て、呟く。かと思えば、小動物が飛び跳ねるように、バッと身を翻した。
「ソフィー様!?」
突如走り出したソフィーを呼び止めるが、返ってきたのは寒々とした瞳と、「ついてくるな」という命令だった。
刃のように瞳を尖らせ、ともすれば舌打ちでもしたげな表情に、ジェラルドもさすがに足を進めることができない。代わりに走ったのは、ルカだった。
俊敏さはマルクスからも太鼓判を押されるルカだが、ソフィーを追いかけるときだけは自分の能力に疑念がわく。それほどに、必死で追いかけなければソフィーには追いつかないのだ。
「ソフィー様、どちらへ?!」
先ほど、ジェラルドに向けたような瞳をされたらショックで怯んでしまいそうだと思いながらも、ルカが声をかける。
「黒星の講師のところに行くわ!」
ソフィーの返事はいつもの声音に近いものだったが、どこか並々ならぬ決意が滲んでいた。
「黒星の? ……抗議、ということでしょうか?」
「抗議? そんな生ぬるいものではないわ!」
足を止め、クルリと後ろを向いたソフィーの瞳は、ひどく真剣な色を湛えていた。
「ルカ、私はこんな重大で最優先すべきことに気づいていなかったの、不甲斐ないにもほどがあるわッ!」
「え? ……どういうことでしょうか?」
「あの男たちは、聖騎士に合格しようがしまいが、いずれ王宮に身を置く者たちよ!」
「そう…、ですね」
黒星たちが、聖騎士試験に合格できなかったとしても、その称号がないだけで、ほぼ全員が王宮に勤めることになる。黒星が、銅星のように個人の護衛として雇われる例はない。退役していれば別だが、それも実例としては数少ないだろう。
「ましてや聖騎士になれば、クリスティーナお姉様を一番近くでお守りする任に就くのよ! アレが!? アレが、私のお姉様をお守りするの??!」
アレとは、黒星の生徒全員を指しているのだろうが、扱いがひどい。
怒りでいつもより語彙力が低くなっているのか、ソフィーはアレが…アレが…をうわ言のように繰り返している。その様子は、まるで呪詛を放つ怪しい呪い師のようだ。
「ソフィー様……」
名を呼ぶしかなす術がないルカに、ソフィーは続けた。
「アイツら全員、いまのままでは絶対に生かしてはおけないわ―――!!」
いつもよりも格段に口の悪いソフィーの断言と鬼気迫る迫力に、ルカは銅星ながら、黒星に同情を禁じえなかった。
全方向でお姉様優先!!!>>>>>(超えられない壁)>>>>>胸さわられた
頂いた感想でドンピシャあてられた方がいらっしゃいました。笑いました(*^-^*)
いままで頂いた感想を遥かに超える感想をいただきました。ビビりました(*^-^*)




