拝啓 天馬 己の不甲斐なさを実感しましたⅤ
「僕はいままで兄上のお考えには概ね納得してきた」
(ふーん、ブラコンだから?)
「だが、銀星としてソフィー・リニエールの手助けをしろという命だけは拒否した。そもそも、僕は君を紫星に任命すること自体反対だったからな」
それは拒否して頂いて光栄だ――とは言わず、ソフィーはおざなりに「一応、理由を聞いた方がいいのかしら?」と問うた。
「理由は一つだ。すでにあの時点で、僕が公爵家へ降ることは淀みなく進んでいた。なにも異例の紫星を立て、兄上が危険を冒す必要はないだろう」
(なにかしら、もっともと言えばもっともなのだけれど、ただのブラコンにしか聞こえないこの感じ?)
異母弟のことを語っていたフェリオの表情や口調は、正妃の子であるレミエルに対して一歩引いた感情を抱いていることが伺えたが、こちらはわりと能天気なブラコンにみえ、随分と一方通行感がある。
「ソフィー?」
「え?」
ブラコンが頭を占めすぎて、つい会話の本質を見失っていた。
それが表情にも出ていたのだろう、聞いているのかとばかりに名を呼ばれる。
「あー、はいはい。つまり、失敗すれば大きな災難として降りかかりそうな女の紫星なんて立てず、お兄様には普通に王位を継いでほしかったってことでしょう?」
ひどく簡単に、しかもわりと適当さが滲んでいるソフィーの回答に、レミエルは深く肯定する。
誰がどうみても、紫星の少女の返事は雑だ。そんな奇妙なやり取りを、ジェラルド含む全員が奇異な瞳で見ていた。
この二人の会話は、これでいいのか――――?
しかし是非を問えば、レミエルからの顰蹙を買うのはこちらだ。会話に入ろうとしても入れない。膝をついていた黒星たちも全員が立ち上がり見守る中、ソフィーとレミエルの会話は続く。
「それに、君が策定したものを読んだが違和感があった」
「……違和感?」
自分の書いた計画書に不備があったのだろうか、この点についてはソフィーも耳を傾けた。
「あれには、知識、原理、計画、消耗品ともいえる小さな部品に至るまで、我が国にある物、または短期間で作成可能なものが記載されていた。だが、どこか仕方がないから代用品で済まそうとしているような節が見受けられる。これは書いた者は、本来ならもっと別の適応した物があることを分かっているのではないか、と――――ありていに言えば、模倣色が強い」
静謐な紫の瞳が、感情もなく言う。
思いもよらなかった発言に、ソフィーの細い肩がピクリと揺れた。
「これを策定した者は、何かを見て知識として“それ”を知っていた。“それ”はもっと高度で技術的に優れていたが、我が国には“それ”に変わるようなものがない。だから、代用品を使うことで能力としては劣るが、実現可能なものを造り上げようとしている。僕にはそう感じられた」
(この男……)
「ソフィー・リニエールは、アレを考えた作成者ではない。何かを模倣した、または誰かにそう書くよう指示されたのではないか――――」
そう思えたからこそ、紫星を授けることに反対したというレミエルに、ソフィーは薄く笑った。
一瞬ブラコン問題で気が緩んだが、レミエルはロレンツオとは異なる意味で厄介なタイプだ。
(いえ。ロレンツオ様やアラン様も、一度はそう疑っていてもおかしくはないけれど)
ただ二人は大人だ。例え疑いの心を持っていたとしても、できるだけ気づかれぬよう接してくれたのだろう。疑心は、質問をすることで昇華したというだけ。勿論、この先ソフィーの行動に問題があればすぐに対処するつもりで。
元々、原理や知識の源を疑われることは十分想定していた。模倣を指摘されたところで、驚愕や戸惑いはない。自分が偽りの天才であることは、誰よりも自分自身が理解している。
「――――別段、貴方にどう思われようが知ったことではないわ」
この事業を達成するためなら、百の偽りだろうがペテンだろうが完遂してみせる。その心づもりはもう出来ているからこそ、ソフィーは高慢に笑んだ。
「君が模倣したものが、どこかにあるのではないか?」
「では探してくるといいわ、世界中を――。貴方が死ぬまでに、見つかるといいわね」
ニッコリと、今度は少女の笑みで柔らかくほほ笑むソフィーに、レミエルは瞳を細める。
「……それは、もう存在していないということか?」
「いいえ、あるわよ。私の頭の中にいくらでも、溢れるほどに」
レミエルが思案するように、ソフィーを見つめる。嘘や偽りを見透かそうとするように。
それが分かっているからこそ、ソフィーは尊大を露わにした。
「代用品? そうよ。私が書いたものは所詮代用品よ。本来ならば、もっとそこに見合ったものがある。もっと求める先がある。けれど、時代がそこに追い付いていない。ただ、それだけの話よ」
「あくまで、君が真の作成者だと?」
「お好きなように取ってくださって構わないわ。貴方がどう思うがどう考えようが、貴方の心は貴方のものよ。私はそれを変えようとは思っていないし、私の目指すべき未来はなに一つ変わらない」
模倣したものが存在しない以上、詮索されたところで意味はない。もしも、それがあるなら話は別だが、そんなものはこの世界に存在していないことを、誰よりも理解している。
「では、質問を変えよう。完成形があるなら、なぜそれを先に用意しない。不完全なものからスタートしたところで、所詮はその程度の能力しか有していないものしか造れないだろう?」
「あら、完成形なんてこの先も存在しないわよ」
何食わぬ顔で否定する。よもや事業の要である少女が、不完全を肯定するなどありえない返答だった。
非難を露わにする一部の黒星の視線など気にもせず、ソフィーは続けた。
「貴方は、この世に完成形と言われるものを幾つ知っていて? 人は、求めることによって進化する。優良のその先を。そこに終着点などないわ、未来永劫ね。よりよいものを模索する心を諦めない限り、完成形なんてこの世に存在しないのよ。あるのは、現時点での優良だけ」
「なるほど。君の寿命の方が先に尽きるな」
身も蓋もないレミエルの言い様に、ソフィーは笑う。
そんなことは元より承知していることだ。
「そうよ。私が死ぬまでに、私の理想が真に実現できるかなんてわからない。私が作っているのは土台だもの。私が死んでもなお、残り続ける土台。その土台が、これからさき何十年、何百年と未来を刻む人たちの糧になればそれでいいわ。それさえ残るのならば、この先も希求は続くでしょう?」
ソフィーが持つ祐の記憶だってそうだ。偉人たちが残してくれた知識の財産は受け継がれ、形を変えて残っていった。それを、この世界でも残したい――――。
わずかな怯みもなく強く言いきる少女に、レミエルがしばし沈黙する。
質問ばかりの男が、珍しく問うことをしなかった。代わりに口にしたのは、相変わらず頓狂にも思える言葉。
「君が望むなら、親友として手伝ってもいい」
「――は?」
「兄上もそう望んでいるだろうし、君もその方がいいだろう?」
突然の助力の申し出に、ソフィーは首をひねる。
(親友はともかく、手伝ってくれるなら、それに越したことはないけれど……)
だが、君もその方がいいだろう、とはどういう意味だ?
なんとなく、レミエルの口調のニュアンスから、それが事業の手助けのことを言っているようにも思えず、不可解さが増す。疑問の答えは、すぐに彼の口から発せられた。
「君は、幼少期から兄上と恋仲なのだろう?」
「…………鯉、中?」
瞬間、池の中で泳ぐ鯉が浮かぶが、すぐに『いやいや、そうじゃないこと』と頭をふる。
恋仲とは、互いに恋い慕っている間柄のことだろうが、言葉の意味を理解してもなお分からない。
この男はなぜ、フェリオと自分が恋仲だと思っているのか。
(コイツ、マジでなにを言ってんだ?)
つい祐がぴょんと顔を出す。
呆れすぎて半眼した目が戻らなくなったらどうしてくれる。
次回、『あーあ、淑女の皮が……』(-ω-)/




