拝啓 天馬 己の不甲斐なさを実感しましたⅣ
第二王子の臣籍降下は、突然の話だったという。
王や王妃の承諾は事前に許可されたものだったが、臣下に伝わったのは青天の霹靂といえるタイミング。ちょうど、ソフィーが紫星に就任した辺り。しかも第一王子のフェリオにすら知らされていなかった突然の下達だった。
王より唐突に告げられたそれに一同が騒然とする中、何を思ったのかレミエルは自分の髪を切り落とし、立ち尽くすフェリオに差し出した。本来、髪を切ることも、それを第一継承者に捧げる行為も一切必要ない。
しかし、レミエルは己の独断で、長かった銀髪をバッサリと切り捨てたのだ。
ジェラルドの話に、ソフィーは開いた口が塞がらなかった。
あまりの情報過多に頭が処理を遅め、言葉も出てこない。
(変わった男だとは思っていたけれど、想像していた領域を軽く超えてくるわね……)
いっそ恐ろしいと顔色を白く変えるソフィーに、ジェラルドが問う。
「本当にご存じなかったのですか? レミエル様のことは、フェリオ殿下の書簡に記載されていたはずです。読まれていらっしゃらないのですか?」
「書簡?」
「ソフィー様が女学院からこちらへいらっしゃる際、お渡しする手筈に……受け取られていないのですか?」
「……はい」
記憶を思い返しても、そんな書簡は受け取っていない。
そもそもフェリオとのやり取りは、女学院を去る前にあらかた終わっていた。その後の連絡についても、現時点では特に必要がなかったため取り合っていない。
まさかソフィーが書簡を受け取っていなかったとは思いもよらなかったようで、ジェラルドの呼吸が微かに乱れる。
なんともいえない空気を破ったのは、またもやレミエルだった。
ポケットから白い封筒を取り出すと、「コレだ」と言ってソフィーに手渡した。
「は?」
王家の封蝋が目に入る。
だがそれはすでに開かれており、密封の意味を成していなかった。
「……レミエル様、なぜ貴方がそれを?」
「僕が止めたからに決まっているだろう。なぜそんな聞かずとも分かり切ったことをいちいち確認するんだ」
問うジェラルドの口元は引きつっていたが、レミエルの方はいかにもめんどくさいとばかりで、自分が事態の混乱を招いたことなど気にも留めていないようだった。
(頭痛がしてくる……)
さすがに、こんな訳の分からない量のデータを、瞬時に処理する能力は有していない。
ズキズキと大きく脈打つ頭を押さえ、封筒から洋紙を取り出す。
内容を要約すれば、第二王子が公爵家に降下したこと。降下先は、レミエルの母親でもある王妃の実家、カールフェルト公爵家であること。王の剣へ、銀星として入学したこと。
そして最後に、レミエルにも事業の参加を呼び掛けて欲しいという内容が記されていた。
(これは、確かにフェリオの筆だけれど……)
書いたのはフェリオ本人で間違いない。しかし、
「読めば分かるだろう。それは確かに兄上が書かれたものだが、内容は書かされたものだ。母上辺りが書かせたのだろう」
「王妃様が?」
呟き、そこでハッとした。
それは閃いたというよりは、第六感が嫌な予感を察したといった方が正しいだろう。
あまり確認したくなかったが、ソフィーはジェラルドの方を向き、問う。
「ジェラルド様、先ほど仰られたご下命、もしかして――」
「…………レミエル様の事業への参加です」
数秒の逡巡の後、ジェラルドが告げる。
できればそうでなければいいと願ったが、予感は的中し、ソフィーはより一層の頭痛を抱えた。
だが、少し納得した。ジェラルドが命を果たせなかったのは、相手がレミエルだったからだと。
自分のように相性が最悪だということではなく、そもそもレミエルはジェラルドの話を聞く気がない。聞く必要も感じていないのが見て取れ、これで任務を遂行するなど土台無理な話だ。
「雲隠れされてしまったので、探し当てることすら困難でしたが……」
それについてはなんとなく予想できる。書庫で出会ったとき、レミエルは鍵のかかった内側から忽然と消えた。
あの後、ソフィーは書庫の内装、図書館の外装をじっくりと眺め構造を目測した。
建物の構造を最初から不自然だと、頭から疑ってみたことによって一つ分かったことがあった。この図書館には、人間の心理として気づかれぬよう精密に造られた隠し通路があると―――。
外装は確かに美しいが、大きさのわりに窓は少なく、出入り口も一つ。円形の造りは三百六十度見渡せる、どこか要塞を感じさせる造り。この図書館は、王の剣の中でもかなり古い建造物だと聞く。ならば大昔、その役割を担っていてもおかしくはない。
勘がいい者なら違和感をもったかもしれないが、毎日通っている学生、司書ですら日常に紛れ見落としてしまうほどの緻密さ。だが、王家の人間であるレミエルなら、その存在を誰かから聞いて知っていたのではないだろうか。
(まだ幽霊の方が可愛かったわね……)
はぁと、ソフィーは何度めかの溜息を吐く。
「一つ確認ですが、なぜそこまでレミエル様を事業に参加させたいのですか?」
“様”をつけたのは、もちろんワザとだ。今さら敬称をつける気も、敬う気も一切ないが、面倒なのでそう呼んだ。
しかし、レミエルは不服だったようで、呼んだ瞬間に苦情が入る。「なぜ親友なのに、様をつける」と。
「敬称がいやなら、少し黙ってなさい。私は、いまジェラルド様にお聞きしているの」
「その問いは僕でも答えられる。事業に参加しろというのは、母上の命だ。兄上が任命した紫星に僕が手を貸せば、それは臣下として完全に降った証にもなる。それを狙っているのだろう」
ジェラルドの代わりに、レミエルがあっさりと聞いてもいない命を下した相手まで答えた。
(王妃様は、フェリオに文を書かせ、直々にジェラルドに命まで……でも、それは実の息子に対してあまりに非情ではないのかしら?)
臣籍降下しただけではなく、臣下としても働き忠誠を見せろ――――そういうことなのだろう。
だが、レミエルは権力の象徴でもあった長い髪まで切り落としているのだ。これ以上を求めるのは、いくら奇天烈な男とは言え、さすがにレミエルに対して酷のようにも思える。
持っていた厚手の洋紙を今一度確かめ、ゆっくりとレミエルに視線を移す。
「そこまで徹底して降った証が必要なの?」
「あの人は、何事も完璧を好む」
懊悩などまったく感じさせないサラリとした言い様に、ソフィーはもう少し探ることにした。
「……貴方は、臣下に降ってよかったの? 本当に、王位に未練はないと?」
それは口にするにはあまりに危うい問いだったが、息を呑む周りとは裏腹にレミエルは顔色一つ変えず、逆に質問を返した。
「君は、僕が統治者に向く男に見えるか?」
「いいえ。まったく。全然!」
一切の躊躇なくキッパリと断言するソフィーに、周りの方が騒めいた。
なぜこの少女は、レミエルの出自を聞いてもここまで態度を改めないのか。
これは二人が、本当に友人関係を成立させている故なのか。
そう思うほどに、レミエルはソフィーの暴言ともとれる発言にたいして無頓着だった。不快な感情を露にするどころか、納得して頷いている。まるで、さすが僕の親友だとばかりに。
「僕がどれだけ統治者として欠けた人間かは、僕が一番理解している。その点、兄上は僕とはみる視点が違う。“個”ではなく“集”を見ている。他者に耳を傾け、己の欠けた部分を補う度量もある。僕を王座に望む者は、よほどの愚者か自分の利益しか考えられぬ戯者だ。僕はそんな輩の駒になるつもりは毛頭ない」
本意なのだろう。嘘を言っているようには聞こえなかった。
それに、レミエルの声はいつも淡々として抑揚に欠けるが、フェリオの話になると心持ち熱量が入り、異母兄への尊敬の念が滲んでいた。
(確かに、フェリオに聞いた時も、兄弟で不仲という感じではなかったわね)
再会を果たしたあと、ソフィーも、一度だけ第二王子との間に確執があるのか遠回しに聞いたことがあった。だがフェリオは曖昧に笑い、
――――自分にもっと器量があれば、弟の気持ちを思いやれたんだが。
いがみ合っているなど一言も口にしなかった。そんな雰囲気もなかった。どちらかといえば、己の力不足を恥じていた様子だった。
「貴方は、フェリオ殿下を慕っているの?」
真っ直ぐに見つめて問えば、レミエルはなぜそんな問いを口にするのか分からないとばかりに首を傾げ、
「兄上なのだから、当たり前だろう」
さも当然のことのように答えたそれに、ソフィーは思う。
(もしかして、この男――――ブラコンなのかしら?)
一瞬頭をよぎったのは、ソフィーだけには思われたくないだろう言葉だった。
次回は5日(土)更新予定です('◇')ゞ




