拝啓 天馬 己の不甲斐なさを実感しましたⅢ
王位継承権第二位?
(え、どういうこと?)
それはつまり、レミエルは王族?
理解した瞬間、ソフィーの中であふれ出したのは、王族に対する恐れ――――などではなく、激しい憤怒だった。
「嘘でしょう!? 貴方、王族なの?! それで、あんなアホな言動しか取れないってどういうことよ!?」
淑女らしさを完全に忘れ、怒号の勢いで問いただす。うそ偽りのない本心が盛大に零れ……いや、零れたどころではなく大洪水。それほどの大絶叫だった。
「あ、アホって……」
エーヴェルトが唖然と呟く。態度を改めるどころか噛み付かんばかりの勢いに、周りが一斉に青ざめた。
さすがにマズいと思ったのか、ジェラルドが諫めるようにソフィーの名を呼ぶが、当のレミエルは白皙の美貌を歪めることもなくサラリと宣った。
「なるほど、アホと呼称されたのは初めてだ。君は、僕にいままでなかった知見を与えてくれる。さすがはソフィー、僕の親友だ」
「…………………………しんゆう?」
呟いたのは、誰だったのか。
数人だったのか、多数だったのか、分からぬほどにその場にいた全員がしめし合わせたかのように同じ言葉を口にし、まるでさび付いたオモチャのような動きで、レミエルからソフィーへと視線を動かした。
胡乱なまなざしは、暗に問いかける。
しんゆうとは、一体どういうことで――?
ソフィーは白い指を額にあて、疲れ切ったため息を怒りと共に吐き出した。
書庫室で行われた、ボードゲーム勝負。
勝利したレミエルの望み、それは――――ソフィーの“親友”という、友情関係だった。
「だから……、この男のどこがアホじゃないというの……」
(どこの世界に、出会って数度の男と親友になる人間がいるのよ!?)
同性同士でもこんな短期間で親友という関係は築けない。それが、男女ならばなおのこと。オーランド王国では、男女間の友情という概念すらほとんど確立していないというのに。
男と女が二人でいれば、恋情としての関係以外の選択肢が存在せず、相手に婚約者がいようものなら後ろ指を指されるのは目に見えている。
ソフィーも初めは意味が分からず、なぜレミエルが親友関係を所望するのか聞いたのだが、その理由が――――。
『君は以前、男女間での友情関係は存在すると言ったが、僕はそんなものは存在しないと考えている。だが、それは僕が無知なだけかもしれないと思い立った。ならば、どちらの意見が正しいのか、僕は君で実験することにした』
ソフィーは、静かにもう一度思った。
うん、やっぱりアホだ――――と。
しかも、事はそれだけではなく。
「突然わけのわからない勝負を仕掛けて、勝ったから今日から自分は私の親友だとかぬかし、親友だから遊びに来たと、真夜中の深夜に乙女の部屋にズカズカ入ってこようとするその神経は、王族由来だというの?!」
昨夜、突然現れたレミエルは、平然とボードゲームに誘ってきた。聖騎士たちの制止も厭わず、当たり前のように。
あの時は呆気に取られ、聖騎士たちの様子にまで気を回すことができなかったが、ウォーレンたちの隠しきれていなかった動揺と憔悴、そしてやたら謝罪された意味がいまになってよく分かる。聖騎士なら、レミエルの存在を認知していたはすだ。さすがに自分たちよりも格上の人間を制するのは難しかったのだろう。
ワナワナと拳を震わせ、放たれるレミエルへの苦情に、エーヴェルトが小さく呟く。
「すげぇ、聞きしに勝る奇天烈ぶり……」
黒星の立場から、ソフィーに対して苦言を呈したエーヴェルトだったが、実際レミエルの破天荒ぶりは有名な話だった。
自分が興味のあるものにしかその類まれな才能をみせず、興味のないものに対しては相手が誰であろうが関与しない。異母兄である第一王子の婚約者、クリスティーナ・ヴェリーンの名と顔をいまだに覚えようとしないこともまた、彼の異端ぶりを発揮する一つとして知られていた。
「初対面から名乗りもせず、いったい貴方は家庭教師から何を教わってきたの!? その髪の短さはいったい何? そもそも、なぜ王族が学院にいるのよ?!」
今度はソフィーが溢れる疑問を口にする方にまわったが、レミエルはそれには答えず、一瞬間を置いてしみじみと呟いた。
「ソフィー。君は、本当に僕のことを忘れているんだな」
「忘れている?」
どういう意味だ?
レミエルの言葉の意味が分からず首を傾げていると、
「――――ソフィー様!」
いままで呆気に取られ硬直していたルカが、珍しく大きな声をあげた。
その顔は真っ青で、何かを思い出し、必死にそれを伝えなければならないとばかりだった。
「ルカ、どうしたの?」
「……しゃいました」
絞り出すようなかすれ声だった。
「え?」
「いらっしゃいました…。レミエル様は、初日の挨拶にいらっしゃった方です……ッ」
「……え?」
初日の挨拶とは何のことか、すぐには理解できなかった。
「六人目の。最後のご挨拶をされた方なんです!」
そこまで聞いて、やっと王の剣に来た最初の日のことを言っているのだと気づいた。
(えーと……レミエルが、初日の挨拶にいた?)
あまりにしっくり来ずついジェラルドの顔を見れば、いままで見た中で一番驚いた顔をしており、青の瞳が見開いていた。その驚きように、ソフィーはスンっと理解した。「あ、これ本当にいたんだ」と。
「…………貴方、初日にいたの?」
恐る恐る問えば、レミエルは「ああ」となんの感慨もなく肯定した。
「記憶がないのだけど……」
「ソフィー、僕の親友よ。君は、僕を名も名乗らぬ礼儀知らずな男とばかりだが、君も一度した挨拶を忘れるくらいには礼儀知らずだと思う。きっと僕たちはよく気が合うだろう」
そんな気の合い方はまったく嬉しくない上に、淑女としては最悪だ。
淑女道が遠のいていく失態に気を失いそうになっていると、レミエルは顎下に指をあて少し考え込むように呟いた。
「まあ、僕も確かに忘れていいとはいったが、そこまでキレイに忘れられるとは思っていなかった」
「?」
どういうことかと問えば、レミエルの初日の挨拶はこうだったらしい。
――――レミエル・カールフェルトだ。だが、名を覚える必要はない。僕は君のやろうとしていることに一切興味がないし、君の存在を感知しない。故に、僕の存在も無いものとして扱って構わない。
なんとも初対面の少女相手に吐くセリフではなかった。
(つまり、私はその言葉をまともに受け取って、記憶から消してしまった、と?――――わけないわ! 完全に私の落ち度じゃない!!)
天国から男地獄へのあまりの落差に絶望し、嘆きのあまり現実逃避していたツケの代償が、こうも何度も降りかかってくるとは。
ふいに思い出すのは、二日前にも心をよぎった親友の言葉。
『お前、自分が思っているほど要領よくないからな。最終的に自分を曲げられなくて貧乏くじ引くタイプだし、ここ一番ってところで大ボケをかます』
(ここ一番ってところで大ボケをかます……つまり、私は最初の時点で大ボケをかましていたと?)
サーと血の気が引いた。
よもや、ここでまた親友の言葉通りとなり、胸を抉ってくるとは思わなかった。
しかし、わからないことがある。初日の時点では、レミエルは自分の存在を認めていなかったはずだ。なぜ今になってそれを覆してくるのか。
「忘れていたのは私の非と謝罪するけれど、でもそこまで興味がないと言っておきながら、なぜ私に勝負を仕掛けてきたのよ?」
興味がないならないで一向にかまわない。
未来永劫、存在を感知してもらわなくて結構だったのに。
「図書館で君に会った時、君は本当に僕のことを記憶から消していた。そこで僕は気づいた。よく考えてみれば、僕は僕にとって不要な人間を記憶から抹消することはあっても、抹消されたことはなかった、と」
普通はそうだろう。逆にそんな言われ方をして忘れることができる方が稀だ。
思い返せば書庫室でレミエルに名を聞いたとき、一瞬不思議そうな顔をしていたが、そういう意味だったのか。
「名を覚える必要がないと発したのは僕だ。君が覚えていないことに異論を持つのは間違いだと分かる。けれど、納得していない自分もいる。僕はなぜこんな矛盾を感じているんだと疑問をもった。そこが始まりだ」
「え……つまり、もし私が二度目に会ったときにちゃんと覚えていたら、興味を持たなかったってこと?」
「興味を持たなかったかどうかは定かではないが、わざわざロレンツオやアランに君のことを聞きには行かなかったかもしれないな」
「……ッ」
銀星最高峰、医科学研究所所長のロレンツオと、金星の第一人者とも称される金獅子のアランを当然のように呼び捨て、時間を消費させる。まさに、王族的思考だった。
(よりにもよって、なぜそのお二人に聞くのよ!!)
二人がソフィーについてどう語ったのかまでは分からぬが、レミエルがより一層興味を引く程度には、好意的な発言がなされたのだろう。
(あのときレミエルのことをちゃんと認識している言動をとっていれば、こんなわけの分からない絡み方をされることもなかったのに!)
過去の自分の迂闊さが憎い。
だが、悔いる前に聞かなければならないことはまだあった。レミエルは、カールフェルトの姓を名乗ったのだ。なぜ姓を偽ったのか。それがよく理解できない。
口に出して問えば、答えたのはレミエルではなく、ジェラルドだった。
「レミエル様は降下されていらっしゃるんです。ソフィー様が、女学院からこちらへ向かってすぐに、王族からカールフェルト公爵家へ」
「こ、降下!?」




