拝啓 天馬 己の不甲斐なさを実感しましたⅡ
「経緯をお伝えする許可は得ております」
「ではお聞きしますが、なぜフェリオ殿下の名を?」
「護衛責任者が早々に別件で動くとなれば、ソフィー様のお気持ちを害するのは当然。ならば、見知ったフェリオ殿下の命とお伝えする方が心象がよいだろうとのお考えだったそうです」
(一応、紫星を軽視していると思われたくなかったということかしら? 特段どなたが命じられても、害したりなんてしないけれど)
だが、ジェラルドも誰がそれを命じたのかまでは明言しなかった。ソフィーも問うことなく、代わりに別の質問を口にする。
「明かしてくださったのは、ご下命を果たされたということでしょうか?」
「……いえ、逆です。昨日、私では任務を遂行できない旨をお伝えいたしました」
これはソフィーにとって意外だった。
別件を命じられたとはいえ、ジェラルドは学院内にいた。つまり学院内で解決できるものだったはずだ。
(そんなに難しいものだったのかしら?)
気が合わないとはいえ、彼自身が無才な人間とは思えない。
訝しく思っていると、なぜかジェラルドが「申し訳ありません」と頭を下げた。
最初はフェリオの名を騙っていたことへの謝罪なのかと思ったが、ジェラルドの次の言葉でその意味を知る。
「私では力不足とお伝えしたところ、ならばソフィー様にお力添えいただくしかないと…」
「へ?」
淡々と事実だけを話す彼にしては珍しく目を伏せ、言いづらそうに言葉を紡ぐ。顰められた柳眉には遺憾が漂っており、その姿にソフィーは嫌な予感しかしない。
「ご下命は、どういったものだったのですか?」
「はい。ソフィー様もご存じの、初日でお会いした――」
ジェラルドの言葉は最後まで発することなく途中で止まり、色の濃い青の瞳が細く尖る。
その変化に視線の先を辿れば、そこには神妙な表情でこちらに足を進める黒星たちの姿があった。
あら…、と口する間もなく、あっという間に二日前の再現だ。膝をつく黒星の光景は、ソフィーにとっては二度目だが、事の経緯を知らされていなかったルカには十分異様な光景だったのだろう。声もなく、唖然としているのが伝わってくる。
何も知らずに見たい光景ではなかっただろうにと、心の中でルカに謝罪していると、静寂の中、第一声を発したのはエーヴェルトだった。
「ソフィー・リニエール様。紫星を賜るお方へ、度重なるご無礼失礼いたしました。浅慮な振る舞いを致しましたこと、黒星一同心よりお詫び申し上げます。どうかご寛大なご処置を」
どうやら、ジェラルドの忠告通り従ったようだ。
まぁ妥当な選択だろうとチラリとジェラルドを見れば、先ほどよりも表情が硬く、薄っすらと腹を立てているのがヒリついた視線から窺える。
(想定していたより謝罪までの時間が遅い、というところかしら?)
自分にも他人にも一定の厳しい基準を設けているジェラルドからすれば遅い行動にみえるのだろうが、ソフィーとしては思っていた以上に早かった。
まだ貴族の子弟としてしか扱われたことのなかった彼らが、年下の男爵令嬢ごときにあれほど矜持をギタギタにされたのだ。そのうえで、なお謝罪を重ねなければならない行為は苦痛でしかないだろう。正直、もっと時間がかかるだろうと踏んでいた。
(謝罪を発したのはエーヴェルト。ということは、彼が主に動いたのかしら?)
ソフィーとしては変に祐の人格を優先し、話をややこしくしてしまった手前、これでひとまず落着してくれるならどんな形でも構わない。ここは淑女らしい笑顔で受け入れようと、唇を開き声を発しようとした瞬間、
「ソフィー」
名を呼ばれ、遮られてしまう。
(もうっ、今度は何よ!? さっきから話が中途半端に邪魔されるわね!)
若干、不服さを顔に張り付けて振り返るが、自分を呼んだ人物が誰か知り、思わず「げ……」と淑女らしからぬ声が零れた。
紫星相手に敬称もなく、当然のように名を呼び捨てるような人物で気づくべきだった。そんな不遜な男は、いまのところただ一人しかいないことを。
「レミエル……」
絹糸のような銀髪をなびかせ、悠然とした足取りでこちらに近づいてくる人物はレミエルだった。
(いまは会いたくなかった。……いえ、いまでなくてもあまり会いたくなかったけど)
まだファースとも話ができていない状態で、レミエルと対峙するつもりなどまったくなかった。せめて、同じ銀星であるファースに聞いてからにしてほしかったと願わずにはいられない。
「なぜ図書館にこない?」
ソフィーの心中など知らず、レミエルは子供のように口をへの字にして、不機嫌に問う。
「なぜって……」
「早朝から待ったが、いつになったら君は来るんだ」
「そもそも、私は行くとは言っていないわ。というか、よくこの状況をまるっと無視して発言できるわね」
黒星たちの姿が見えないのだろうか。
黒星全員が膝をつき謝罪をするのは二度目だが、初見でこの光景に驚かない人間はいなかった。
だが、レミエルにとっては空中に飛ぶホコリよりも気にならないようだ。チラリと黒星たちを一瞥すると、また何事もなかったかのように視線をソフィーに戻す。
「では、何時だったらよかったんだ。いまからならいいのか?」
「いいわけないでしょう。貴方はまず銀星の授業にちゃんと出なさい」
「なぜだ? あんなもの、出る価値などないだろう」
非情なほどの断言だった。
「なるほど。つまり君は、あの授業に意味を見出せたということだな。それはどんな点だ?」
「…………」
疑問符責めに、ソフィーはげっそりする。これではらちが明かない。
(もう、レミエルのことは完全無視して、とりあえず黒星たちの方を――)
先に片付けよう。そう思って黒星たちを見れば、彼らは一様に目を見張り、レミエルを凝視していた。
空気を読まない奇抜さに呆気に取られているのかと思ったが、なにやら様子がおかしかった。
「レミエル様だ……」
「本当にいらっしゃってるんだ」
(ん? 本当にいらっしゃってるって、どういう意味?)
小さく呟く黒星たちの声に反応していると、ジェラルドが一歩踏み出し、レミエルに近づいた。
「レミエル様、いままでどちらへ?」
「ソフィー。なぜ僕の質問に答えない」
ジェラルドに問われても、レミエルの視線がソフィーから動くことはなく、当然のように会話が進められている。
完全にソフィーの存在しか認識するつもりはないようだ。
思わず、なんだこのカオス、とツッコみたくなる。
しかし気になるのは、ジェラルドがレミエルを様付けで呼んだことだった。
ジェラルドは伯爵家の中でも上位貴族、公爵家にも匹敵すると言われているフォルシウス家の人間だ。ならば、レミエルはそのジェラルドが敬称をつけ、敬意を表すだけの存在ということになる。
(そういえば、カールフェルト家の爵位は聞いていなかったわね。うーん、でもカールフェルト家って、どこかで聞いたような……)
必死に思い出そうとするが、すぐに思考はレミエルによって遮られてしまう。
「それで、結局いつからなら時間があるんだ?」
「……当分無理よ」
「当分とは、どれくらいの期間だ?」
「貴方が院卒するまでかしら」
「なら、明日院卒すれば明日から時間があるということか?」
なぜこんなに伝わらない!?
貴族の令嬢らしい、遠回しな言い方が悪いのか。ならばと、ソフィーは昨日からの鬱憤を込めて声を荒げた。
「レミエル、ちょっと黙ってて。貴方、遅いなぜなぜ期でも到来しているの?」
「なぜなぜ期とはなんだ?」
「だから、私のシンキングコストを安く見積もらないでちょうだいと言っているのよ!」
刺々しい言葉に反応を返したのはレミエルではなく、膝をついていたエーヴェルトだった。
「ソフィー様。お言葉ですが、さすがに王位継承権第二位をお持ちのレミエル様に、その発言はいかがなものかと……」
「え?」
険を含んだエーヴェルトの苦言に、ソフィーの頭がしばし停止する。
(なに? いまなんて言った?)
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