拝啓 天馬 己の不甲斐なさを実感しました
この数日における己の行動、そしてその結果。
率直に言って――――自己嫌悪で吐きそうです。
確かに“王の剣”に来てから、天馬の夢をよく見ていたわ。
けれど、まさか寝ぼけて夢と現実が分からなくなるなんて!!
醜態も醜態よ。可愛い女の子であるこの私が、あんな寝暗そうな男のトーンで、しかも天馬の名を呼ぶなんて!
ただでさえフェリオにも名を口にしてしまったばかりに、想い人なんて勘違いされているのに!
ああぁぁぁ、また無駄に黒歴史が増えていくぅううう。
「いやぁああああ!!!!!」
耐えきれず羽ペンを放り出し、テーブルに肘をつき頭を抱えてしまう。忸怩たる思いに苛まれながら、はぁと小さくため息を吐く。
「うぅ、なんでいまさらあんな夢を見てしまったのかしら?」
前世の一片。
名も覚えていない同級生と、失った親友の夢。
「今更あんな夢を見たところで……――――いえ、思い当たる節は」
あった。そう、不意に考えてしまう時があったのだ。
ラルスや金星の皆が意見を出し合い考えをまとめる姿。
ファースたち銀星の皆が、知識を深め試行錯誤する姿。
彼らを見ていると、ふと思ってしまった。
前の世界でも、こんな道があったのではないだろうか?
誰かと何かを成し遂げ、笑い合う。
もしも、もっと早く周りに心をひらいていれば、祐の前にも、こんな世界が広がったのではないか?
例えば、あのとき図書館で話しかけてきた同級生の言葉に、もっと耳を傾けていたら――――。
(なぜ暴言だと決めつけたのかしら?)
勝手に敵意を持って暴言だと決めつけたのは、自分の弱さが原因だ。
よく思い出せば、彼の口調は軽視の言葉ではなく、本当にそのままでいいのかと問う言葉だった。
もっと周りの人間に目を向けて生きていけという言葉は、親友からも助言されていた。けれど、否と口にしなくても、祐の拒絶の気持ちが伝わったのだろう。それ以来、彼がそういったことを口にすることはなかった。
天馬は、祐の踏み込まれたくない領域にズカズカ入ってくる人間ではなかった。そこを踏み込まれることに、祐の脆い精神が耐えられないことを、天馬は幼い時から分かっていた。
天馬も、祐とはまた違う意味で聡い子供だった。
強制しなかった。押しつけなかった。それがとても楽だった。ありがたかった。
(その優しさに甘えて、自分の殻にこもってばかりだった……)
だからだろう。健やかな精神で未来を切り開こうとするラルスたちを見ていると、まるで自分も学生時代を追体験しているような気持ちになれた。
手に入らずに終わったものが、もう一度手に戻ってきたかのような。救われたような気持ちになった。
「本当に、我ながら嫌になるくらい女々しいわね」
呆れと自嘲につい頬杖をつきそうになり、慌てていけないいけないと頭を振る。
この数日間、祐的思考や行動に偏った結果がすべてマイナスに動いている。
これではダメだ。気を引き締めて、もっと淑女として振る舞わなければ! と拳を握ると、同時に銀髪の男のことを思い出した。
「そうだった……とりあえず、目下の問題はレミエルね」
レミエルが口にした願いは、特段大きく害のあるものではなかった。心の底からアホだとは思ったが。
「うーん、放っておいていいかしら?」
というより、放っておきたい。
勝負の後も長々と続いたレミエルとの会話は、その独特の思考についていけず、逃げるようにして席を立った。
図書館の出入り口で待っていたルカと、マルクスから居場所を聞いてきたジェラルドにも、顔を見るなり体調を心配されるほどに疲れが滲んでいたようだ。
ジェラルドからは、きっと護衛から逃げたことへの説教の一つでも受けるだろうと、そのときはちゃんと謝罪はしようと思っていたのだが、それどころではないぐらいの勢いで寄宿舎に帰された。
「二人にレミエルのことを聞けばよかったかしら? でも、あの二人が銀星の生徒に詳しいとも思えないし、やっぱり明日ファースに聞くのが一番手っ取り早いわよね」
レミエルの奇想天外な思考回路について、誰かの意見が聞きたかった。
明日の予定を立てると、そろそろ横になろうかと椅子から立ち上がろうとした時、コンコン、とノックする音が室内に響く。
時計はもうすでに遅い時間を指していた。サニーだろうかと返事をすれば、返ってきた声は聞き覚えのあるものだったが、サニーではなかった。
「どうかされましたか?」
慌てて扉をあければ、そこには珍しく怪訝を隠しきれていない表情で立つ、聖騎士・ウォーレンの姿があった。
◆◇◆◇◆
「ソフィー様、大丈夫ですか?」
「え?」
――――次の日、ジェラルドから問われ、思わず言葉に詰まる。
「表情があまり優れていないように見えるのですが」
「気になさらないでください。ちょっと、夜に鳴く小鳥のさえずりが思いのほか耳に障っただけなので……」
「そうですか……。では、ソフィー様のご体調に支障がなければ、一つお伝えしたいことがございます」
「? はい」
なんのことだろう。一応、ジェラルドをまいて逃げたことへの謝罪は、朝、開口一番にしている。ジェラルドの方もマルクスから何か言われたのか、それ以上の言及はなかったのだが。
(この男の性格上、まいたことを蒸し返すとも思えないし。うーん、黒星たちのことかしら?)
他に思い当たる節もないと、ジェラルドの言葉を待っていると、傍にいたルカが、場を外した方がいいのだろうかと伺うような目線を送ってきた。
本来、ジェラルドが護衛につく場合、ルカにまで護衛をしてもらう必要性はない。
だが、昨日マルクスから『ルカにも護衛させればいいじゃん。紫星様なんだから、別に護衛が二人いてもいいだろう? お嬢さんはさ、ルカとか金星の坊ちゃんたちと一緒にいるほうが、タガが外れにくいと思うよ。ジェラルドと気が合わないなら、ルカいれて中和すりゃあいンだよ』と提案されたのだ。
聞いた時は、「さすがにそれは学生であるルカに迷惑よ」と答えたのだが、逆に笑って返された。
『ルカだって、兄貴の手前があるだろう。お嬢さんの護衛から完全に離れる方が、ルカにとってはわりと痛手だと思うけど』
そう言われると、確かにそんな気もしてくる。
ルカは、異母兄であるロレンツオに命じられてソフィーの護衛に志願した身。完全に取り上げては、確かにルカにとっては都合が悪いかもしれない。
そこで、ルカにジェラルドがいても一緒に護衛して欲しいと懇願すると、可愛らしい笑顔付きで了承してくれた。結果、今日からジェラルドとルカ、二人の護衛がつくことになったのだ。
(仰々しい気もするけれど、ルカが傍にいてくれると、確かにジェラジェラと二人きりのときよりも精神状態が安らぐわ)
ルカのマイナスイオン効果もすごいが、サラッと考えて提案するマルクスのバランス重視の考え方も抜群だ。
(マルクス、前から騎士職に就かないつもりなら、うちで働いてもらえないかなぁって思ってたけど、本気に引き抜いちゃおうかしら?)
「ソフィー様?」
つい気を散らしていたところをジェラルドに呼ばれ、ハッとして表情を引き締める。
「申し訳ありません、少しボーとしてしまいました。お話なら、ルカには退席してもらったほうがよいでしょうか?」
「いえ、構いません。彼にも偽りを伝えておりましたので訂正させて下さい」
「偽り?」
てっきり黒星の話だと思っていたソフィーが、首を傾げる。
「はい。ルカ・フォーセルには、フェリオ殿下より命を賜っていると伝えておりましたが、あれは偽りです」
淡々ととんでもないことを口にするジェラルドに、ルカはポカンと唇を開いたまま固まった。
第一王子の名を騙り偽りを口にするなど、完全なる極刑行為だ。
そんなことを事も無げに話そうとしているジェラルドに、ソフィーは待ったをかける。
「ちょっと待って下さい。それは、本当に私が聞いていいお話なのですか? 貴方に命じられた方は、それをよしとされていらっしゃるの?」
特段驚いた表情もなく問うソフィーに、ジェラルドの表情が動く。
「……気づいていらっしゃったのですか?」
「確証はありません。何となくです」
ジェラルドがフェリオからの命で動いていると、ルカから聞いた時からおかしいとは思っていた。
フェリオは、幼少期からわりと過保護なところがあった。孤児院に行くことすら心配していた彼が、自分が信用し、護衛責任者にした男に別件を命じるだろうか?
答えは否。フェリオの性格上、ないと言いきれる。
訝しく思いながらも、それでも疑問を口にしなかったのは、ソフィーにとっても都合が良かったからだ。ジェラルドが傍にいて、息の詰まる思いをしなくてもよいなら、それに越したことはないと。
そしてもう一つ。
(フェリオの名を騙れる方は、この国にはお二人しかいらっしゃらない)
堅物そうなジェラルドが、第一王子の名を偽る行為をするというなら、命じたのはもっと上の相手――――王か王妃のみだ。
次はちょっと短いかもしれませんが、ゴールデンウイーク中には更新する予定です('◇')ゞ




