拝啓 天馬 一応問いますが……
天馬、いままで確認したことはありませんでしたが、一度ちゃんと聞いておきたいことがあります。
ある男のせいで、疑心暗鬼に陥ってしまった今だからこそ、聞いておかねばなりません。
私たち――――親友同士でしたよね?
いえ、親友でなかったとしても、友人ですよね? 友達になろう! なんて、お互い言い合っていませんが、友人ですよね!?
もし、シレッと「いや?」などと言われたら、前世の自分だったなら、ショックを受けつつもできるだけ表情には出さず、冷静な顔で「そっか」くらいで流したでしょう。そのあとも何事もなかったように談笑して流す。うん、容易に想像できます。
しかし、いまの私は可愛い女の子!
だからこそ、男のプライドなど持たずに本音を言います。
もし友人じゃないなどと言おうものなら、泣いてやるからな!! ガチでドン引くくらいに泣いてやるからなっっっっっ!!!!!
「初対面の時から薄々気づいていたけれど、さっき確信したわ。――――私が、あの男と気が合うことはないと!!」
普段柔らかな新緑の瞳が、憤怒の色を滾らせ断言する。
怒りを露わにそう告げたソフィーに対し、マルクスは一つも驚くことなく「ふーん?」と、雑な相槌を打った。
「まぁ別にいいと思うけどさ。でも、それ本人後ろにいるのに普通言う?」
ソフィーの後ろには、表情をピクリとも動かさないジェラルドが平然と立っていた。随分な言われようにも感情の乱れは一切感じられない。
「この男は直接言っても『申し訳ありません』『善処します』『許容できません』の三つしか話さないのよ!!」
「なにそれ、完全にあしらわれてンじゃん」
ウケる~と笑うマルクスに、ソフィーは膨れていた頬をより膨らませ、怒りを主張する。
早朝当番で馬の世話をしていたマルクスの元へ、殺気立った顔でやってきたソフィーを見た時は、いったい何事かと思ったが、話を聞けばわりと下らなかった。
「お嬢さん、朝っぱらから元気だねぇ」
マルクスがこの怒りを感知してくれないことに焦れたソフィーは、むぅと口をへの字にすると、一瞬視線を横に流した。
「もういいわ。――――ジェラルド様、少しここで待っていて下さる」
「……どちらへ?」
「お化粧室です」
ニッコリと笑うと、ソフィーはジェラルドの返事も待たずにスタスタと歩き出した。
その後姿が、「デリカシーの無い男ね」と訴えているようで、ジェラルドの足が止まる。動きが止まっても、頭はこの場所から化粧室までの道順を計算しようするが、すぐさまマルクスから「あ、そうだ」と話しかけられてしまう。
「ちょうどよかった。お前さ、お嬢さんに馬の世話はやめるよう言ってくンねぇ?」
マルクスの言葉に、完全に思考が雲散する。事も無げに言われたが、ジェラルドにとっては瞬時に理解できる範疇ではなかった。
「馬の……世話?」
「ああ」
もう少し頭が鈍っていたなら、愚かにも「誰が?」と問うところだったが、この学院の長い歴史の中で『お嬢さん』はたった一人しかおらず、そして馬の世話などという奇天烈な行いをする『お嬢さん』も、たった一人しか思いつかない。
「……ソフィー様が、馬の世話をしているのか?」
「そう言ってンじゃん」
あっけらかんと答えるマルクスに、ジェラルドは息を詰め、絞り出すように声を荒げた。
「ッ、紫星以前に令嬢だぞ!」
「うンなことは分かってるよ。しょうがねぇだろう。平民の俺たちが、貴族のお嬢さんを止められるとでも本気で思ってンのか? そういうのは、同じ貴族のお前らの仕事だろうが」
実際は、貴族のお嬢さんだからではなく、ソフィー・リニエールという不可思議な少女だから止められなかったのだが、皮肉を踏まえて伝えれば、ジェラルドが少し気まずそうに視線を逸らした。
「護衛責任者のお前がほっといたせいも少なからずあるだろ。――それに、そんなこと言ってられンのも、今のうちだけだと思うけどな」
「?」
マルクスの含みのある言い方に、ジェラルドは蒼の瞳を眇める。美しい造形は、少し表情を変えただけでもどこか人を居心地悪くさせるが、マルクスは一切気に止めず、ソフィーが去った方向に目を向けた。
「つーか、そろそろお嬢さんのこと追いかけなくていいのか?」
ジェラルドが無理を言うなと顔を顰めると、マルクスは小ばかにするようにハッと笑った。
「女相手だと鈍るのか? 何時間待ってもお嬢さんは帰ってこないぞ」
「……なに?」
「あのお嬢さん、お前から逃げたンだよ。行く時、そういう顔してただろ」
「!」
ジェラルドが、ソフィーの去った方向へ振り返る。よくよく考えれば、その先に化粧室はない。行くなら反対方向だ。
ソフィーが去って、すぐに声をかけたマルクスの行動はワザとだと一瞬で理解したジェラルドだったが、言い合う時間は無駄だ。脳を切り替え、バッと駆けだしたジェラルドの姿を見送りながら、マルクスはもう一度ハッと笑った。
「ジェラルド・フォルシウスも形無しだな」
ソフィーもジェラルドも、お互い厄介で面倒な相手同士だと笑うと、くるりと振り返り、茂みに投げるように声を放つ。
「で、本当にアイツから逃げ回る気か――――お嬢さん」
「さすが、マルクス! よく私の行動が分かったわね!」
茂みからバサリと音をたてながら、黒髪の少女が顔を出す。
先ほどはずっと不機嫌を白い細面に張り付けていたが、いまは初めてイタズラが成功して喜んでいる子供の顔だ。
「ああ、山岳演習を嫌がって逃げ出そうとするチビたちと同じ顔をしてたからな」
「あら。その子たちとは気が合いそうね。今度ぜひお茶にお誘いしたいわ」
悪びれもなく、ソフィーが言う。
「手伝っておいてなンだけど、ジェラルドから逃げ回るのはあんまおススメしないぜ」
異例の紫星、しかも女だ。なにか問題が起こってからでは遅い。その点、ジェラルドがいれば大抵のことは回避できるだろうと見積もっているマルクスに、ソフィーはむぅと口を曲げた。
「なんだかんだ言って、マルクスもジェラルドのこと好きよね」
「なにそれ? 誤解をまねく言い方だな」
「ああいう言葉は少ないけれどカリスマ性のある男って、男にも慕われるのよね」
コイツがいればとりあえず安心できる、という信頼感を、マルクスはジェラルドに対して持っている。ソフィーとジェラルドの相性が最低最悪だったとしても、それと安心感は別なのだろう。
「まぁ、しょせん俺たちは平民だからな。その平民相手でも、ジェラルドはまだ聞く耳をもつ方だぜ。ほかの奴らなら、敬称付けないだけでゴミ扱いだ」
「敬称付けないだけでゴミ扱いする人間の方がどうかと思うけれど……でも、そういう話をされると途端自分の稚拙さがイヤになるから胸が痛いわ」
胸に手をやり苦痛を表現するソフィーを、マルクスは今一度観察した。
この国一番の星を持つ少女は、自分の言葉に耳を貸し、言葉を聞き、考えを否定しない。
平民の自分にこれだけ許すのに、なぜ上位貴族であり、有り余るものを持っているジェラルド・フォルシウスにはああなのか、誰だって不思議に思うだろう。
「お嬢さん、何でジェラルド絡むと、そんなガキっぽくなるわけ?」
「……マルクス、自分でも不甲斐ないと分かっているけれど、言葉の殺傷力が強いわ。もっと私を可愛い女の子だと思って、優しく接してちょうだい」
「可愛い女の子は、聖騎士相手に喧嘩売らないンじゃない?」
淀みなくツッコまれるとさすがに居心地悪く感じたのか、言いわけするようにソフィーの唇がもごつく。
「一応、自分でも子供っぽい行いをしていることは重々承知しているのよ。でも、今日だけ。今日だけよ。ちょっと図書館で頭を冷やそうかと思って……」
「ならいいけど。あんまジェラルドだけにそういう態度見せてると、逆に好きなのかと勘違いされるぜ?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………へ?」
頭の回転が速いソフィーにしては珍しく、返答にはずいぶん長い時間がかかった。
「好き? なにそれ? どうしてそうなるの??」
「ガキがよくするじゃん。好きな子ほど邪険に扱うってやつ。金星や銀星の坊ちゃんたち辺りなら、ソレなんじゃないかって疑うンじゃね?」
「邪険に扱う? なぜ!? 普通、好きな相手には優しく接するものでしょう!?」
「だから、ガキは、って話」
ガキを強調されても、まったくピンとこなかった。
好意故の矛盾的言動などという感受性は、前世でも今世でも持ち合わせていない。とくに前世はそんな環境ですらなかった。
だが、問題は事実どうこうではなく――――
「つまりマルクスから見て、いまの私ってそんな感じなの?」
実際に、有らぬ疑いを抱かれているように見えるということだ。
どんな中傷よりも心をえぐられたソフィーが、ショックでよろけ、暗澹とした顔で呟く。
「今からジェラルドに土下座したら許されるかしら?」
「どげざって何?」
「……謝罪の一種よ」
「謝罪ぃ? 別にいいンじゃねーの、図書館で頭冷やすンだろ。今ジェラルドに謝ったところで、どうせすぐに機嫌が限界突破してスタート地点に戻るだけだって」
鋭い指摘はまったくもってその通りになりそうで否定できずにいると、それを肯定とみなしたマルクスが、ほら行こうぜと先を促す。どうやら図書館までの護衛を引き受けてくれるようだ。
「でもマルクス、今日は山岳演習の同行日じゃなかった?」
問えば、本人も忘れていたようで、うーんと考え込むように顎下に手をやる。
「じゃあ、途中でルカを拾えばいい。お嬢さんとルカは図書館に行く。でもって俺がジェラルド探して、お嬢さんが図書館にいることを伝える。それなら問題ないだろう?」
ジェラルドへのフォローまで引き受け、段取ってくれるマルクスに、ソフィーは驚いて軽く目を見開く。が、すぐにその表情はまろやかな笑みへと変わる。
「弟も妹も可愛いけれど、マルクスみたいなお兄ちゃんも欲しかったわ」
銅星の生徒たちに慕われる性格の一端を垣間見せるマルクスに、ソフィーが心からそう伝えれば、当の本人はゆっくりと考え込むように首を捻った。
「お嬢さんが妹ね。…………なんかイヤだな」
「なぜ!? 私はきっと可愛い妹になれると思うわ!」
その自信はどこからくるのか――――そうツッコもうとしたマルクスだったが、それよりも口から零れた“なんかイヤ”という己の感覚が、膜を張ったようにぼんやりとしていて、そちらの解読の方に意識がいく。
しかしいくら考えてもなぜイヤなのかよく分からず、マルクスは自分の目線よりもずっと下にある少女の顔をジッと見つめた。
「……うん、やっぱなんかイヤだな」
「二回もイヤって言わないで! 心が痛むわ!」
今日はショックなことが多い日だわと、ぼやくソフィーに、マルクスは首を傾げ、なんでだろう? と小さく呟いた。
何だかんだでマルクスのターンだったような(・ω・)???
さて、次回はちょっと始まり方がいままでと少し違います。
なんだ、これ?という感じで始まりますので、なんだ、これ?と思いながら読んでいただきたいです(・ω・)




