拝啓 天馬 男とは多少、鈍感にできている生き物ですよね?Ⅴ
伏せていた顔をガバリと持ち上げ、ソフィーはジェラルドを睨む。
「レオレオだって、ここまでひどくないわよ!!」
「レオレオ?」
「あのレオレオだって、一巻の最後にはニコルに心を開くのに!」
「はぁ?」
一体誰と比べて非難されているのか分からぬジェラルドが、間の抜けた返事をする。
自分の語る友情がどんよりと重すぎる事実には気づかず声を荒げるソフィーだったが、すぐ後ろで扉を守っているウォーレンの存在を思い出し、感情的な自分をグッと押しとどめた。
感情的になるのは淑女らしくない、というだけではなく、自分の過ちに改めて気づいたのだ。
(勝手にこの男と自分を照らし合わせて、過去に想いを馳せた私がバカだったんだわ! そうよ、私が愚かだったのよ!)
瞬時に考えを改めたソフィーは苛立った表情を消し、神妙な顔を作った。
「謝罪するわ」
コロコロと表情と情緒を変える少女相手に、先ほどから疑問符しか発することができないジェラルドだったが、謝罪という単語に眉根を寄せる。
「ソフィー様、何を…」
「私が間違っていたわ。バカな自我など捨てて、あの時ちゃんと黒星の謝罪を受けるべきだった。謝罪を受けなかったことを謝罪するわ」
この足で黒星の教室に赴き頭を下げると言うソフィーに、ジェラルドの目が大きく開き、すぐさま頭を振る。
「それは許されません」
「……許されない?」
思ってもいなかった反論に、ソフィーが首を傾げる。
「貴女が紫星である以上、謝罪を受容することは温情として許されますが、その逆は許されません。王族から賜った紫星の地位を軽んじる行為となります」
「ッ……」
ジェラルドのいう紫星の価値など一笑に付すこともできるが、後ろにはウォーレンがいる。ここで紫星の権威を蔑ろにし、またロレンツオの件を持ち出されても困る。
「とくに今回の件は、ソフィー様が謝罪されるべきものではありません。こちらの失態です」
「では黒星はどうするのよ? 貴方、結局あのキラキラした男と話し合っていないのでしょう?!」
「忠告はいたしました。それを行うかどうかは、彼ら次第です」
ジェラルドの言い方からして、やはり話し合いは決裂していたことが伺える。
(完全に拗れてるじゃない。拗れた男のプライドほど、あとで修復が難しいものはないのに……)
そうなってしまった原因が己にあるからこそ、頭痛がしてくる。
これが前世なら、自分が謝罪するなり、相手の好む対応をするなどしてうまく立ち回れたが、紫星の立場にある現在はそれが難しい。
(ルカやラルスなら、多少紫星の行動から外れても見逃してくれるけれど、聖騎士のジェラジェラ相手だとそれができないのがめんどくさいわねッ)
ならば、とソフィーは質問を変えた。
「忠告、ね。貴方の忠告通りに彼らが動かなかったら、どうされるのかしら?」
「その時は処罰いたします――――全員」
冷たい瞳が、鋭利に告げる。この時、ソフィーはつくづく思った。
(私、この男と絶望的にソリが合わなすぎる……)
黒星たちを切り捨てるような発言だが、その全員の中に己も含まれているのが、瞳の奥からなんとなく伝わるのが腹立たしい。まったくもって相性が悪いのに、言葉の中に混じる冷酷なだけでないこの男の本質が読み取れてしまうことに、ソフィーはイラッとした。
いっそ冷酷に他人を斬り捨てるような男なら、何の感慨もなく次の手段を講じれるのに。
「なにが友人じゃないよ。あの無駄にキラキラした男のことを信じているから、その時は処罰するなどというのでしょう。信じていなければ、昨日の時点で見切っていたはずよ」
「お時間をいただけるのであれば、これ以上、黒星の汚点を広げたくないだけです。そこに、個人的な感情は存在しておりません」
「感情を表に出してはいけない聖騎士らしいお言葉をどうも」
「本意です」
「それを本意だと信じているなら、貴方はもう少し自分に興味を持った方がよいのではない?」
「?」
毒ついたソフィーに、ジェラルドが真意の理解が難しいという顔をする。しかし、よく分からないのはソフィーも同様だった。
(本当によく分かんない、この男)
そもそも本当にジェラルドがエーヴェルトのことを友人だと思っておらず、またエーヴェルトも利害関係だけで共にいたと思っているのなら、それ自体が間違いだ。
エーヴェルトの、自分を見上げる紺色の瞳には、利害の一致だけではない感情が込められていた。数年を共にした友人を、害意なる者から排除したい。その気概は一目見ただけでわかる。
アレをそんな風にしか感じ取れていないのなら、この男は人の機微にも自分の感情にも鈍感すぎる。
「貴方、人に興味を持たなさすぎではないの。人に興味を持たない人間は、自分自身にも鈍感よ。見習うものがないから。自分の本当の気持ちも分からず、騎士とはそういうものだと、考えを放棄していない?」
先ほど、祐に似ていないとキレはしたが、こういう自分の感情にすら疎い所はやはり似ている。だが、この男は祐よりももっと難解だ。
その難解なものの先を追及しようと唇を開くが、自分がどれだけこの男のことを分析したところで意味はないことに気づき、ソフィーは唇をソッと閉じた。
これが女王の薔薇のご令嬢たちなら話は別だが、相手は可愛げなど一ミクロンもない男だ。詮索する必要なんて欠片も無い。
ジェラルドとて、たいして興味のない人間に分析されても不快なだけだろう。それに、これ以上ソフィー・リニエールらしくない行動は慎むべきだ。
「とにかく、私は貴方の意見に賛同できません。黒星の仲が修復するまで、私の護衛も禁止よ!」
らしくない行動は慎むべきだと思ったばかりなのに、唇から零れたのは何だか子供じみた言動だった。ソフィーは、ジェラルドを難解な男だと見立てたが、これでは自分もこの男からすれば面倒な女だと思われているだろう。その証拠に、
「ソフィー様、そろそろ本鈴が鳴る時間です」
またもやサラリと流された。
「私の話を聞いてた!? 私に、謝罪は紫星として許されないと禁じておいて、まず貴方が私のことを紫星扱いしていないじゃない!」
昨日もアレほど嫌味満載で伝えたというのに、まったくに意に介されていないことへ、ソフィーは異議を申し立てた。
「先日ご指摘いただき、悔い改める所存でしたが、ソフィー様の仰ることをすべて鵜呑みにしては、話が進まない事実に気づきました」
「――なッ、切り替えが早すぎるでしょう!?」
思わずツッコんだソフィーだったが、このぞんざいな扱いには既視感があった。
そう、バートがよく口にしていたセリフに似ているのだ。
『言っておきますが、ソフィー様が仰ることを妄信するほど、もう無知ではありませんからね』
幼少期は嘘か真か審議するほどの知識と経験を得ていなかったがいまは違う――と、冷ややかな視線付きで。
バートだけでなく、クレトまでそんなことを言うようになり、まるで自分が二人を騙してきたとばかりの言われ様に涙したものだ。
だが、バートとクレトの言葉は、出会って数年の月日の中で言われたもの。まさかまだ出会って数週間の男から断言されるなど、ショックを通り越してムカプンだ。
出会った初日からこの男にはムカプンしていたが、いまは可愛らしく表現するより、どちらかというと悪女としてこのムカプンを投げ飛ばしてしまいたい。
(ソフィー・リニエール歴十四年。ここまで他者に腹の立つ言葉を投げてやりたいと思ったことはないわっ)
こうなったら、多少淑女としての品位から外れてもいい。この男に何か痛烈な一撃を与え、嫌気がさして自分から護衛を退任させる――そんな魔法の言葉はないかと、ソフィーは無駄に頭を回転させた。
しかし嫌味の入り混じった返答は場によって口にしてきたことはあるが、子供じみた悪口を放ちたいと思ったのは前世合わせても初めてで、残念ながら語彙が出てこない。
(思い出すのよ、前世合わせて三十九年! その中で培ってきた記憶のどこかに、コレを言ったら相手の気分を害させる! って言葉があったはず……)
必死に記憶を手繰り、ハッと思い出した。
前世の自分に放たれた中で、一番気分を害したあの言葉を。
たとえそれが事実かそうでないか問わず、人の心を不快にさせる不愉快な一言。
そう、他人に言われたら、ムッとするトップスリーに入るであろう究極の悪口!
「――――なんて子なの、親の顔が見てみたいわ!」
ビシリと指さし、声高らかに告げると、ジェラルドは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。その瞳が、すぐに冷え冷えしたものに変わる。だが、それはソフィーの発言に気分を害したからでも、怒りを感じたからでもなかった。
扉の前で事の成り行きを見守っていた己の父親が、必死に笑いをかみ殺している姿が目に入ったからだ。
先ほどから、やけに好々爺の顔で二人を見守るような表情をしていたが、今や完全に面白がっている。
王の神馬まで上り詰め、王宮では決して感情を表に出さずに生きてきた父親だが、どうやら息子が同年代の少女と言い合っている姿はレアだったのか、随分とツボに入ったようだ。手のひらで隠してはいるが、その唇が上にあがっていることは嫌でも分かる。
まさかその親の顔が後ろにあるなどつゆとも知らず、見てみたいと豪語した少女は少女で、「これを言われて腹を立てない人はいないわ!」と確信顔だ。その割に、表情には満足よりもほのかに後悔が滲んでいるのが不思議で、少し唇が青ざめているようにも見える。
そんな両者を見比べ、ジェラルドは冷静に言い放った。
「ソフィー様、私もご覧頂きたいところではありますが、特段そのような価値もございません。それより時間が遅くなりますので参りましょう」
「え? え?」
スタスタと校舎に向かおうとするジェラルドに、ソフィーは呆気に取られて放心した。
(え、全然効いてない……? 嘘でしょう、普通ムッとするでしょう!??)
前世、幼い時に謂れのない場面で保護者の一人が祐に吐き捨てた言葉は、何十年とたち、生まれ変わった今ですらひどく苦く、不快な言葉として刻まれていたもの。
正直、言った傍から口に出したことを後悔して、自己嫌悪で鼓動が早くなっていた。
自分自身すら傷つけて吐き出した言葉に、ジェラルドが一つも心を動かしていない様に、ソフィーは慌てた。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい! 私は貴方とは行かないと言っているでしょう!!!」
少女の怒りを多分に含んだ叫びは、すがすがしい日の光の下、空しく響くだけだった――――。
この二人は仲良くなれるのか……、そんなことは森下だって知らないヽ(^o^)丿
今回は更新が遅くなりました!
次回は3月6日(土)には更新できるようにします('◇')ゞ




